神聖教会との会談(切り札を切る)
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隔日で更新できるように頑張ります。
法王は小さくため息をつき、口を開いた。
「覇王丸さん?」
「何だ?」
「とても残念です。貴方とはもっと建設的な話ができると思っていました」
「こっちは建設的な話をしているつもりだよ」
「貴方がそのようなことを言うのであれば、神聖教会としても然るべき措置を取らざるを得ませんが、よろしいのですか?」
法王の言葉に、居並ぶ出席者たちから「そうだ」と便乗する声が上がる。
だが、俺は待ってましたとばかりに、法王の言葉に飛びついた。
「お。いいぞ。具体的にはどうするんだ?」
「それは……」
「勇者は人類の敵だと、新しい公式見解を出すのか? でも、それだと、そこにいる聖女様も人類の敵ってことになるよな?」
「馬鹿な!」
思わず叫んでしまったという感じで、出席者の一人が声を荒げた。
「聖女様が人類の敵であるはずがない! ふざけないていただきたい!」
「ふざけるも何も、神聖教会が獣人に対してやっているのは、正にそういうことじゃねーか。獣人は一括りにするくせに、勇者は一括りにしない理由は何だよ? もし、お前らの都合じゃないと言うなら、俺が納得するような理由を言ってみろ!」
俺が最後にほんの少しだけ語気を強めて怒鳴りつけると、神聖教会側の出席者は一様に押し黙った。
(どいつもこいつも……根性無しが)
誰からも反論が無いのであれば、後はこの不毛な議論をさっさと終わらせるだけだ。
俺は法王の隣に座っているヒナに目を向けると、神聖教会側に最後の一撃――――切り札を切って、トドメを刺すことにした。
「ヒナ」
「はい。何ですか?」
「人類の敵になって俺と一緒に旅をするのと、聖女様として不自由なく此処で暮らすのでは、どっちがいい?」
「覇王丸様と一緒に旅をします!」
即答。
正に即答だ。なんなら、俺が言い終えるよりも早く答えが返ってきた。
あまりに想定外の出来事に、居並ぶ出席者たちは驚いて声も出ない様子。
ゲンジロウ爺さんと法王は、さすがのポーカーフェイス。
ロザリアだけが口元をぴくぴくと震わせて、懸命に笑いをこらえている。
「人類の敵になっちゃうけどいいか?」
「世界中が敵になっても、ヒナは覇王丸様の味方です!」
(百点満点)
俺が思わず笑顔になって手招きすると、ヒナは周囲が止めるのも聞かずに、俺のところまで一目散に駆け寄り、抱きついてきた。
(その言葉が聞きたかったんだ。ヒナ、最高)
『十歳児の淡い恋心を政治に利用する外道』
(何とでも言え)
とにかく、これで神聖教会側に打つ手は無くなった。
元々、世界を救うために召喚された勇者と敵対すること自体、神聖教会にとってはリスクの高い行為なのだ。
それなのに、弾劾する対象に、自分たちが聖女と祭り上げていたヒナまで含まれてしまったら、信徒からの「何故?」という疑問にさえ、まともな回答ができなくなる。
自己矛盾と自縄自縛で、身動きが取れなくなるのだ。
「俺とヒナとこっちにいるゲンジロウ爺さんは、いわゆる同郷なんだよ。しかも、俺はヒナの命の恩人なんだ。だから、あんたたちよりも、俺の言うことを聞く。本人も希望していることだし、ヒナは俺が連れて行くぞ」
「そ、そんなことを認められるはずが……!」
「認めるも何も、勇者本人が魔王を倒すために旅立ちたいと望んでいるんだ。それを妨害するなんて、神聖教会はどっちの味方だって話になるぞ? 勇者を政治利用するなんて、とんでもない話だよなあ?」
「そのとおりです!」
ヒナが俺の膝の上に座り、悪女のようなドヤ顔で神聖教会の出席者たちを眺めている。
純粋無垢な聖女様から、まさかの裏切りを受けた神聖教会側の重鎮たちは、絶望の底に突き落とされたような顔をしていた。実際、ヒナを孫のように可愛がっていたのだろう。
それを裏切られちゃって。
正直、面白すぎる。
見れば、ロザリアは自分の手の甲をつねって、痛みで笑いを堪えようとしていた。
(ロザリアはゲラだな。間違いない)
『そんな分析はいいから、早く話をまとめてください』
山田の声に促されて、俺は法王に話しかけた。
「なあ、法王様」
「何でしょうか?」
「もう分かっていると思うけど、神聖教会側には二つの選択肢がある。俺たちと敵対するか、逆に俺たちを支援するかだ」
敵対を選ぶのであれば、俺たちは勇者と聖女の肩書きをフルに活用して、神聖教会の評判を地に落とすことになる。これは、ヒナがこちら側にいる以上、神聖教会は圧倒的に不利だ。
逆に支援を選ぶのであれば、聖女であるヒナの活躍は、そのまま神聖教会の名声につながる。俺たちも神聖教会の支援を受けられれば旅が楽になる。ウィンウィンだ。
「どっちが神聖教会にとって良いことなのか、考えるまでもないよな?」
「ゆ、勇者殿を支援すれば、神聖教会を貶めるような噂の流布は止めていただけるのですかな?」
「それは、あんたたちが公式見解をどうするかによる。当たり前だろ」
横から口出しをしてきた出席者の一人に、俺はぴしゃりと釘を刺した。
「……覇王丸さん。貴方の要求は、公式見解の完全な撤回ではなく訂正――――例えば、すべての獣人が敵ではないと言い換えるものでもよいのですか?」
「いいぞ。人間にも悪い奴はいるし、獣人にも善い奴はいるってことだからな。そっちにも体裁ってものがあるだろうし、それでも全然構わない」
「そうですか」
法王は頷いたきり、しばらく考え込むように瞑目していたが、やがてゆっくりとブレーグを見た。
「ブレーグ枢機卿」
「はい」
「私はこうなってしまった以上、我々が折れるより他に道は無いと考えます」
法王の言葉に、神聖教会側の出席者は落胆のため息をついた。
だが、反対の言葉を口にする者はいない。
「ですが、貴方の気持ちを無視して公式見解を覆すことは、私にはできません。貴方の率直な意見を聞かせてほしい」
「はい」
ブレーグは頷き、何か物言いたげな視線を俺に向けた後、諦めたようにため息をついた。
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