前哨戦 平和のために姿を消す
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
連休なので明日も更新します。
「――――あ。思い出した」
伝えるべきことを思い付いた俺は、赤髪侯の息子であるフエーゴに話し掛けた。
「なあ。俺、お前の親父が使っていた籠手を持っているぞ」
「……何だと?」
まるで世間話でもするかのような口調の俺を、フエーゴは眉間にシワを寄せて睨み付けた。
「お前の親父、最後は自分の体を魔法で燃やしたのか、全身が炭みたいになって死んじゃったんだけど。籠手だけは燃えずに残っていたんだ」
たしか、戦利品として持ち帰った赤髪侯の籠手は、アルバレンティア王国の王城にあるはずだ。預けているだけなので、俺が使うと言えば、問題なく返してもらえるだろう。
「今、この場には持ってきていないけど、形見の品だと思うし、必要なら後で返すよ。今すぐは無理だけど、この戦争が終わったら……」
「ふざけるなっ!」
俺が最後まで言い終えるのを待たずに、フエーゴは怒声を上げた。
「戦争が終わったらだと? 我らが、いったい何のために貴様を呼び出したのか、分からないのか!? それまで、自分が生きていられるとでも思っているのか!」
「……あー。まあ、そういう反応になるよな。……仇討ちが目的だもんな」
物凄い剣幕でまくし立てるフエーゴを見て、俺が残念そうに呟くと、
「さっきから、随分と呑気なことを言っているようだけど」
後ろに控えているフィオレから、緊張感が無さすぎると、口頭で注意されてしまった。
ちなみに、魔王軍から見た場合、魔人であるフィオレは裏切り者ということになってしまうため、毎度お馴染みいつもの仮面で顔を隠して、正体がバレないようにしている。
「別に、ふざけているわけじゃないけどさ」
このような時、俺まで感情的になってしまったら、後は殺し合うしか選択肢が無くなってしまう。そうなる前に、何かできることがあれば、やっておきたいと考えただけだ。
分かり合えなくても。
許し合えなくても。
言葉を交わすことに、意味はあるはずだ。
「先に言っておくけど、俺は、お前の親父の件、悪いことをしたとは思っていないぞ」
「何だと、貴様……」
「だって、そうだろ? これは戦争で、俺とお前の親父は敵同士だったんだから。戦場で敵と出会ったら、殺し合うだろ。どっちが悪いとか、そういう話じゃねーよ」
お互いに、相手に殺意を向けていた以上、先に殺そうとした者が殺人罪に問われて、遅れて殺意を抱いた者が正当防衛になるとは思わない。
奇襲を仕掛けることも、数的有利を作り出すことも、戦闘における戦術の一つなのだ。同じ土俵に立っている以上、搦め手が卑怯だと責められる筋合いは無い。
「――――ただ、その理屈が絶対に正しいとも思わないけどな」
もし、戦争だからという理由ですべてが正当化されるのであれば、遺族には怒りや悲しみの感情を吐露する権利すら無いことになってしまう。
――――そんなはずがない。
俺は、父親の仇を討つという使命に囚われていた頃のフィオレを知っている。
理屈では分かっていても、感情的な部分で割り切れないのが、人間というものだ。
「お前が俺を恨むのは当然だと思うし、仇討ちをする権利があると思う。だから、お前が俺を殺したいと思うのなら、いつでも相手になるぞ」
「偉そうに……。おとなしく首を差し出すとでも言うつもりか!」
「そんなわけないだろ。殴るだけならともかく、殺すつもりなら、抵抗もするし、反撃もするよ。だから、お前も返り討ちにされる覚悟くらいはしておいてくれ」
そして――――その上で、一つだけ。
どうしても、約束してほしいことがあるのだ。
「お前の仇討ちは、お前だけのものにしてほしいんだ」
「……どういうことだ」
「恨みつらみの感情を、他人には引き継がせないでくれってことだ。お前の復讐は、お前だけのもの。それでいいだろ?」
そうしなければ、復讐が連鎖して、終わらなくなってしまう。
百年前から続くこの戦争のように、当事者がいなくなった後も、負の感情が呪いのように残り続け、延々と殺し合わなければならなくなる。
(……要するに、平和な世界には、魔王も勇者も必要無いってことなんだよな)
以前、マキちゃんが、魔王を倒した後に、転移した勇者は地球に帰れるというようなことを言っていたが、それがベストな選択なのかもしれない。
平和のために、敵を殺して、殺して、殺して――――膨大な恨みを一身に背負った勇者は、最後に世界から姿を消す方が良いのかもしれない。
きっと、それが最も合理的な「世界を平和にする方法」なのだ。――――悲しいが。
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