竜の巣訪問 再三の注意喚起
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
次回の更新は明日です。
「そうだな……」
正直に言えば、異常は無いわけではない……というか、異常はある。
以前から、眠気や空腹を感じなくなっていることだ。目を閉じていれば眠れるし、腹が減らないだけで食べることはできるので、正常なふりをしていれば誰にも気づかれないし、仲間でこのことを知っているのはフィオレくらいだが。
この症状が、覚醒の副作用(代償)であることは間違いないだろう。単純に力が強くなったり、傷が回復したりするだけではなく、不眠不休でも戦い続けることができるように、肉体が進化しているのだ。
今の俺が人間かどうかを客観的に判断したら、恐らく、ぎりぎり人外の判定を受けてしまうのではないだろうか? 睡眠や食事を必要としない人間など、この世に一人も存在しない。
今の俺は、人間のふりをしている別の生き物――――姿形を擬態した化け物なのだ。
「……最近は眠れなかったり、食欲が湧かなかったりすることはあるかな」
「え? 大丈夫なんですか?」
俺の言葉を受けて、即座にライカが心配そうな視線を向けてくる。
「問題無いよ。毛布にくるまって地べたに寝るのは嫌だなって話だから」
俺もライカに余計な心配をさせないように、冗談めいた返答をした。別にこの件で、心配や同情をしてほしいわけではないのだ。
むしろライカには、いつもどおりに接してほしい。
「今度から遠征の時には、野営で使う用のベッドをワタシに運んでもらおうかな? 他の仲間が地べたに寝ている横で、俺とライカだけベッドで寝られるようにさ」
「それは……。気を遣って、逆に眠れなくなると思います」
「繊細だから、ベッドじゃないと眠れないって言うんだよ」
「ベッドを屋外に運び出す時点で、もう繊細ではないと思いますけど……」
やめましょうね? と。
ライカからガチなトーンで説得されてしまった。
どうやら、ライカは俺が本気でベッドを野営地に持参しかねないと考えているようだ。さすがの俺も、そこまで非常識ではないのだが……。今後は少しだけ、日頃の行いを改めるべきかもしれない。
「――――まあ、あれだ。今後は、軽い気持ちで覚醒するなって話だろ?」
「ソノトオリデス」
話を要約して、俺が結論を口にすると、竜王は頷いた。
たしかに、最近は覚醒すること自体に慣れてしまった感がある。
俺が初めて覚醒の扉を開いたのは、港湾都市オターネストの攻防戦で、元獣王のレグルスと戦った時だ。あれからしばらくの間、俺は覚醒することに多少の抵抗というか、恐怖を覚えていた。ゲンジロウ爺さんからも、多用するなと言われていたはずだ。
「以前モ説明シマシタガ、世界ノ門ヲ開キ、世界ト繋ガル行為ハ危険ナノデス。肉体ニ掛カル負荷ガ大キク、イズレハ身ヲ滅ボシテシマウ」
「ああ」
「ソモソモ、覇王丸サンノヨウニ、覚醒スルカドウカヲ、自ラノ意思デ制御デキルコトガ異常ナノデス。適性ヤ耐性ニ個人差ガアルニシテモ、明ラカニ常軌ヲ逸シテイル。ドチラカト言エバ、勇者デハナク百獣ニ近イ特徴ダト言エマス」
「さらっと化け物認定しないでもらえるか? さすがの俺も傷付くぞ」
「ソレホド危険デ、アリ得ナイコトナノデス」
竜王は真面目な口調で俺を諭そうとしたが、言われるまでもなく分かっていることだ。
例えるなら、覚醒は深い水の底に向かって、ゆっくりと沈んでいくような行為だ。これ以上は後戻りができなくなるというデッドラインが、明確に存在する。
今まで、俺はその境界線すれすれのところで戦ってきたつもりだが、残念ながら、それでも暴走しかけたことは一度や二度ではない。結果論で助かってはいるものの、魔王軍との戦いはいつでも命懸けだったのだ。
だが、それも、もう少しで終わる。
「……ま、危険な領域に足を突っ込むのは、次が最後だから安心してくれよ」
あと一回。
魔王との直接対決に勝利するためには、どうしても、あと一度だけ、限界まで深く、世界の深淵に潜る必要がある。
「そもそも、そうしないと魔王には勝てないからな」
「……ソウデスネ」
竜王は頷くと、目線を動かしてライカを見た。
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