里帰り(大森林 ウォートシエイラの町 七)
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
次回の更新は明日です。
「この歳になると、たまに昔のことを思い出して、誰かと話したくなる時があるのだ。だが、私の周りには、気がねなく昔話のできる者がいなくてね」
「……」
「そんな時、覇王丸や、ハウンドや――――君の娘の口から、白銀の狼の獣人の話を聞いて、当時の記憶が蘇り、懐かしくなってしまったのだよ」
だから、視察というのは単なる口実なのだ、と。
ウォートランド侯爵がネタばらしをしたことで、ようやく、フランツは執政官をクビになることは無さそうだと、理解できたようだ。人知れず、安堵のため息を吐いている。
「あの頃から、お互いに歳を取った。もし、君さえよければ、年寄りの我が儘に付き合って、共通の知人の思い出話をしてもらえると嬉しいのだが」
「……私などでよろしければ、喜んで」
ボルゾイも、ウォートランド侯爵が(ライカに悟られないように)慎重に言葉を選びながら話していることに、気が付いたのだろう。もう一度、深々と頭を下げた。
「それは良かった。では、後ほど、君の屋敷を訪れるとしよう。――――ふふ。断られたら、どうしようかと思ったよ」
「断ろうはずがございません。……最近は私も、優秀な執政官殿に仕事を奪われて、すっかり暇を持て余しておりますので」
「そうかそうか」
ボルゾイの口から冗談が飛び出したことで、ウォートランド侯爵も顔をほころばせた。
(なんだかんだ、楽しみなんだろうな)
なにしろ、自分の娘が駆け落ちをした後、どのような人生を辿ったのか、顛末を知ることができるのだ。親として、気にならないわけがない。
「そういうことなら、いくら口実とはいえ、大森林にここまで立派な町を作り上げてしまった執政官の仕事ぶりを、視察しないわけにはいかなそうだ」
「立派……? 私がですか!?」
「君ではなく、この町がね」
褒められて即座に調子に乗るフランツをあしらうと、ウォートランド侯爵は「ではまた」と言い残して、町の視察に向かってしまった。
なんとなく、お開きのような雰囲気になり、住民たちが三々五々に普段の生活に戻っていく中、俺は「お疲れ様」の意味を込めて、ボルゾイの背中を軽く叩いた。
「まあ、そういうわけだから、俺とライカは、今日は来客用の宿泊施設に泊まるよ。今夜は酒でも飲みながら、思い出話で盛り上がってくれ」
「……これは、君が企んだことなのかい?」
そう言いながら、ボルゾイは咎めるように俺を睨み付けてきたが、別に怒っているわけではなさそうだ。咎めているとしたら、ウォートランド侯爵が一緒に来ることを伏せていたことについてだろう。
「企んだというか、提案しただけだよ。余計なお世話かもしれないけどさ。一度、腹を割って話した方が、いろいろとすっきりするかなと思って」
「……まあ、そうだね。この町が日ごとに発展していく中で、私だけが古い置物のように、過去に留まり、前進しないわけにはいかない。……そう考えると、機会を設けてくれた君には、感謝すべきなのだろうね」
「感謝はいいよ」
俺としても、ボルゾイとウォートランド侯爵には、良好な関係を築いてほしいというのが、偽らざる本音だ。
「いつか、俺とライカの結婚式をすることになったら……というか、きっとすることになると思うけど、絶対に侯爵も呼ぶことになるからな。その時になって、二人で気まずそうにされたら、こっちも困る」
「なるほど……。それは、私としても避けたい事態だ」
「だろ? だから、今のうちに昔話ができるくらいには、打ち解けておいてくれよ。ちょうど話のネタになりそうな「共通の知人」もいるんだろ?」
「……そうだね」
ボルゾイは俺の言葉に、微笑みながら頷いた。
「そう考えると、私も楽しみになってくるよ。普段は、誰にも話さないことだからね」
今夜は飲み過ぎてしまうかもしれない、と。
ボルゾイが冗談を口にしたところで、
「ふーん……。それなら、俺も一緒に話を聞こうかな。高い酒も飲めそうだし」
空気を読むことのできないアホのハウンドが、飛び入り参加の意思を表明した。
「待て待て。お前は、今夜の寝床を探すのが先だろ」
「なんでだよ。俺も来客用の施設に泊まらせてくれよ」
「もう満室なんだ」
「嘘つけっ! 前回も、前々回も、余裕で泊まれただろうが!」
だから、今回も泊まれるはずだ、と。
ハウンドは過去の経験則に基づいて、タカを括っていたようだが……。
「もう満室だね」
「嘘だろ!?」
施設の管理人から、俺と同じセリフで宿泊を断られてしまい、ハウンドは仰天した。
どうやら、ウォートシエイラの町に移住してきたばかりでまだ持ち家の無い住民のために、来客用の施設が開放されていることが原因らしい。
宿泊を断られたハウンドは、故郷で野宿をする羽目になるという最悪の事態を回避するために、片っ端から知り合いに声を掛けて回り、最終的に独身男性が共同で生活をしているという山賊のアジトのような場所で、一泊することになった。
後から聞いた話によると、皆で安酒を飲んで、深夜まで馬鹿騒ぎをしたため、それはそれで楽しかったらしい。
ちなみに、俺とライカは滑り込みで最後の一室を確保することができたため、無事、施設に宿泊することができた。
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