泥くさい
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「……つまらない話をしました。ですが、私は聖職者でありながら、決して人格者でも、人徳者でもないということを、覇王丸殿にお伝えしておきたかったのです」
「そっか」
それはつまり、明日の会談では、俺がどんなに正論を振りかざしたところで首を縦には振らないと、前もって宣言されたようなものだ。
どうやら、俺がしなかった先制攻撃を、ブレーグにされてしまったらしい。
(だからどうしたって話だけど)
『ふっ……。相手が悪かったですね。女児でもないくせに覇王丸さんの同情を誘おうとするとは』
(お前と一緒にするな)
俺がブレーグの話に同情しないのは、単純に優先順位の問題だ。
獣人すべての待遇改善の前では、初対面のおっさんの身の上話など、風の前の塵に等しい。
「それではまた。後ほどお会いしましょう」
俺との会話が完全に途切れたので、ブレーグは引き揚げることしたらしい。
踵を返し、この場を立ち去ろうとしたブレーグは、ふと俺の足元に転がる泥だんごを見て、足を止めた。
「おや。土の魔法の鍛錬中でしたか。これは本当に邪魔をしてしまったようですね」
「ああ、これか。別に気にしなくていいぞ」
「基礎鍛錬の反復は大事ですからね。その分なら、すぐに上達するでしょう」
――――それは、お世辞のつもりだったのか。
それとも単なる嫌味か。
あるいは適当なことを言ったのか。
最後の最後で、ブレーグはかなり的外れなことを言って、この場を立ち去った。
(時間が経って泥だんごが乾燥したのを、魔法で硬くなったと勘違いしたのか?)
試しに、俺が泥だんごを靴底で踏みつけると、表面が固まっただけの泥だんごはぐにゅっと簡単に潰れた。
「ライカ。あの枢機卿のこと、どう思った?」
「そうですね。悪い人ではないと思います。あと、ちょっと……土の匂いが」
「そりゃそうだろ。あんなに日焼けするほど土いじりをしているんだから」
どうやら、鼻の利く獣人にとっては、比喩でも何でもなくブレーグは「泥くさい」と感じるようだ。
お世辞にも枢機卿らしいとは言えない評価ではあるが、第一印象としては悪くなかった。
まあ、フランツのように貴族らしくない貴族もいるので、ブレーグの場合もそういうことなのだろう。
*
日が暮れて夜になり、俺たちは予定されていた食事会に出席した。
食事会はロザリアの言っていたとおり関係者だけを集めた小規模なもので、そこには法王や、ヒナや、枢機卿の姿もあった。
ヒナが俺を見るなり「また会えた」的なことを口走ったため、昼に非公式で訪問したことを伏せておきたい法王が若干焦るという一幕はあったものの、それ以外は終始和やかな雰囲気のまま、食事会は無事に終了した。
迎賓館に戻ると、応接室のソファに座っていたライカが俺たちを出迎えてくれた。
ライカは俺の従者なので、今回の食事会のような公式の場には連れていくことができない。
両国の要人が一堂に会する食事会で、従者であるライカが同じテーブルに着いていたらどう考えても悪目立ちしてしまうので、こればかりは仕方がない。
同様の理由で、明日の会談もライカは留守番をすることになった。
常に俺の近くにいられるように、従者に扮装させたことが裏目に出てしまった形だ。
「晩飯は食べたのか?」
「はい。使用人の方がこの部屋に運んでくれました」
「そっか」
獣人のライカにとっては敵地のド真ん中と言っても過言ではない場所で、一人で食事をするのは心細かったのではないだろうか。
(どうにかならないかな……。明日、ライカも会談に出席させろとごねてみるか?)
『逆に怪しまれるから、やめた方がいいですよ。ただの従者だと思われていれば、取りあえず安全なんですから』
(まあ、そうだよな)
俺が過保護に振る舞うことで、ライカが注目されてしまうのでは本末転倒だ。
(部屋は同部屋にしてもらえたから、それでよしとするか。念のため、朝、部屋まで起こしに来ないよう、使用人に言っておくか)
いくら獣耳を隠すためとはいえ、フードを被ったまま就寝するわけにはいかないので、そこは注意しなければいけない。
『朝、起きられるんですか?』
(ライカが起きるだろ。それか、ゲンジロウ爺さんかロザリアに起こしに来てもらう)
『お姫様は選択肢から外しましょうよ。王族ですよ?』
山田は呆れたように呟いて、この日は帰ってしまった。
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