里帰り(スエービルランス王国 朝チュン未遂事件 ニ)
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(なんで、こっちのベッドに移動してんだよ)
俺が寝落ちした後、夜中に目を覚ましたフィオレが、寝惚けてこっちのベッドに移動してきたのだろうか? それだけならば、まだ「気を付けようね」で済む話なのだが。
(まさかとは思うけど、エロいことをしてないだろうな)
――――いやいやいや。
さすがに、それは無いだろう。眠っている間にすべてが終わっているとか、そんな理不尽な朝チュンを、俺は断じて認めない。
俺は自分の体を触って、衣服を着ているかどうかを確認した。
(……よし。服は、ちゃんと着ているみたいだな)
着衣に乱れがないことは、俺が無実であることの状況証拠になるはずだ。
問題は、フィオレが下着姿であること。
もし、今、使用人が俺たちを起こしにきて、半裸のフィオレを目撃したら、確実に事後だと判断するだろう。
ここは、フィオレを起こして、さっさと服を着てもらうべきだ。
そう判断して、俺は再び毛布を捲り、フィオレの肩を揺すろうとしたのだが……。
(――――は?)
なぜか、フィオレが下着すら身につけていないことに気が付いて、愕然とした。
慌てて、隣のベッドにもう一度目をやると、脱ぎ捨てられたと思われる下着のような物が、毛布と一緒に丸まっている。
(なんでだよ……!)
なぜ、わざわざ下着を脱いでから、俺のいるベッドに潜り込んでくるのか? ここまでくると、もはや、俺を陥れるためのハニートラップではないかとさえ思えてくる。
俺は懸命に、この逆境を乗り越えるための道筋を探ろうとしたが……。
相部屋。同衾。全裸。昨夜は酔っぱらっていた――――
(全部、駄目じゃねーか!)
すべての状況証拠は、俺が有罪であることを物語っている。
もし、今、使用人が俺たちを起こしにきて、全裸のフィオレを目撃したら、確実に事件だと判断するだろう。
(あかん……)
俺は、絶体絶命の状況に絶望して、すやすやと穏やかに寝息を立てているフィオレを恨みがましく睨み付けたのだが――――たまたま(本当に他意は無く、やましい気持ちも無く、たまたま)胸に刻まれた魔力痕に目がいってしまった。
フィオレが、最後の勇者と戦った時の記憶が、蘇ってくる。
兄の体を乗っ取り、行方をくらませた最後の勇者を捜索するため、軍に入ることを決意したフィオレは、不足する実力と経験を補うために、自らの体に魔力痕を刻んだ。
魔力痕のルーツは、恐らく、奴隷の烙印だ。焼け爛れた皮膚が治癒する過程で、傷口に魔力が集まり、黒く変色した痣のような魔力痕になる。
体に刻まれた魔力痕は、外付けの魔力タンクのような役割を果たすため、魔力痕を体に刻んだ魔人は、魔法使いとしての実力を底上げすることができるのだ。故に、多くの魔人にとって魔力痕は「戦場で武功を上げるため(出世するため)のドーピング」であり――――それが百年前は、人類軍との数の差を、個々の実力で引っ繰り返す「反撃の狼煙」になったのだろう。
人類が、奴隷の印として魔人の体に刻んだ烙印が、巡り巡って魔王を生み出し、形勢が逆転するきっかけになってしまったのだから、皮肉な話だ。因果応報とも言うが。
それはともかく、自分の体に、自分の意思で、焼き印をするのだから、想像を絶する痛みに耐えるだけの、相当な覚悟が必要だったに違いない。
まして、フィオレは女性なのだ。自分の体の目立つ場所に、消えない傷を作る行為に、抵抗が無かったとは思えない。
事実、最後の勇者に何を言われても、怒り以外の感情を見せることのなかったフィオレが、胸の魔力痕を侮辱された時だけは、辛そうに顔を歪めたのだ。
あの時のことを思い出すだけで、今でも最後の勇者に対して怒りがこみ上げてくる。
胸の魔力痕のせいで、フィオレは仲間の女性陣と一緒に風呂に入ることもしないし、昨日の晩さん会のような公式の場でも、ドレスで着飾ることができないのだ。
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