枢機卿ブレーグ
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
隔日で更新できるように頑張ります。
突然、雲の上の存在である枢機卿が話しかけてきたため、二人の修道女は、何か大事な話があるのだと判断したようだ。
挨拶もそこそこに、気を利かせて立ち去ってしまった。
「せっかく若者同士で話をしていたところを邪魔してしまいましたな。申し訳ない」
「別にいいよ。あんた、枢機卿?」
「はい。ブレーグと申します」
ブレーグと名乗った男は、右手を胸に添える仕草をしつつ、軽く頭を下げた。
「貴方は勇者の覇王丸殿ですね?」
「そうだよ」
「話は法王猊下より伺っております」
「俺も、あんたの話は聞いている」
お互いに相手を牽制するような言葉を交わした後、ぷつりと会話が途切れた。
意図せず、明日の会談のキーマンに邂逅したわけだが、だからといって、何か先制攻撃的な話をするわけではない。
多数派工作の真似事も、事前の根回しも、俺にはできないし、するつもりもないからだ。
(それに、このおっさん一人を納得させればいいって話でもないし……)
だとすれば、今日と明日で同じことを話すのは、ただの二度手間だ。
「あんた、偉い人なのに土いじりなんかしてるのか?」
ひとまず、俺は関係ない雑談をして様子を窺うことにした。
「枢機卿のあんたがやらなくても、他の人に任せればいいんじゃないか? そんなに日焼けするまで頑張らなくても」
「それはそうなのですが……。可能な限り、人任せにはしたくないのです。実はこの庭園は、昔からあったものではなく、私が一から作りはじめたものなのですよ」
「そうなのか?」
てっきり、半分道楽のような形で、仕事の片手間に足を突っ込んでいるのだと思っていたので、それは意外だった。
「最初は、この場所で何かと不自由な生活を送っている若い修道士や修道女の気持ちが、花を見ることで少しでも安らげば……と思って始めたことなのですが。思いがけず、多くの人が手伝いを申し出てくれたため、少しずつ規模を拡大して、気が付けばこのとおりです」
今では普通に予算が組まれて、公費で花の種や苗を購入しているらしい。
「で、あんたがその責任者ってわけか」
「そうですね。元々、植物を育てるのは好きなので、楽しみながらやっております」
そう言うと、ブレーグは泥の付いた自分の掌を見つめて、自嘲気味に笑った。
「本当は、この仕事に専念するため、枢機卿の地位をお返しすることも考えたのです。治癒の奇跡を使えなくなった私には、枢機卿の資格はありませんので」
(あ、そっち方向に話を持っていくのか)
どうやら、ブレーグは最初からこの話をするために、俺に話しかけてきたらしい。
「辞めたわけではないんだろ?」
「はい。法王猊下をはじめ多くの方に慰留していただきましたので、恥ずかしながら。以来、再び神の祝福を得られる日が来ると信じて、手の空いた時間のすべてを祈りと、庭園の管理に費やしております」
「手の空いた時間全部かよ……」
魔法を習得する段階で、既に弱音を吐いている俺とは大違いだ。
ただ、それだけ多くの時間を祈りに費やしても、ブレーグは一度失った治癒魔法の力を取り戻すことができていないらしい。
恐らく、治癒魔法を習得するための鍵は、祈るだけではないのだ。
先程の目隠しをした修道女が満たしていて、ブレーグやライカが満たしていない条件とは、いったい何なのだろうか?
ライカの努力が無駄にならないように手助けをしてやりたいとは思っているのだが、プロのスパイでも暴き出せない秘密を、俺ごときが突き止められるとは思えない。
それに、たまたま修道女としての生活が治癒魔法を習得するための条件を満たしているだけで、その具体的な条件については法王も含めて誰も知らない――――だからこそ誰にも盗まれていないという可能性もあり得る。
「覇王丸殿は、私が治癒魔法を使えなくなったきっかけはご存知ですか?」
「話だけは聞いている」
「そうですか。……あの日以来、私の心の奥底には獣人に対する恐怖と怒りの感情が、消えない炎のように燻っているのです。きっと、その感情を消し去ることができない限り、私が再び治癒の奇跡を授かることはないのでしょう。このような花畑を作ったのも、自らの心根の醜さから目を逸らしたい一心だったのかもしれません」
「……」
最後の方はブレーグの独白に近かったので、俺は特に何も返答をしなかった。
評価、ブックマーク、感想などをもらえると嬉しいです。
 




