里帰り(スエービルランス王国 墓参り)
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
次回の更新は明後日です。
午後、日が暮れる前に、フィオレと一緒に墓参りに行くことになった。
敷地内にたくさんの墓標が並ぶ共同墓地の一角。名前の彫られていない小さな墓石の前に、フィオレが花を供える。
この名も無き墓の下に、フィオレの兄であるブラトは埋葬されているらしい。
最後の勇者に体を乗っ取られていたブラト(魔人)の遺体は、スエービルランス王国が起こした先の戦争に、魔王軍が関与していたことを裏付ける証拠になるものだ。本来ならば、丁重に埋葬されることなどあり得ないのだが、俺たちと最後の勇者の戦いを見守っていた皇太子の計らいにより、共同墓地で静かな眠りにつくことができた。
「俺、少し離れていようか?」
兄妹二人きりで話したいこともあるだろうから、と。
墓前に酒瓶を供えた後、俺がそのように提案すると、フィオレは意外そうな顔をした。
「貴方って、そういう気遣いができる人だったの?」
「失礼すぎるだろ」
いくら俺でも、知り合いの墓前で悪ふざけをするような真似はしない。
「頻繁に墓参りできるわけじゃないし、多分、これが魔王軍と決着をつける前に来ることができる最後の機会だからな。積もる話もあるんじゃないかと思って、気を遣ったのによぉ」
「少し、からかっただけよ。……ごめんなさい」
憮然とする俺を見て、フィオレは素直に謝った。
「もし、よければ、貴方も話をしてあげて。兄も退屈していると思うから」
「そんじゃ、何か適当に話し掛けておくよ」
「そうね。お願いするわ」
フィオレは穏やかに微笑むと、両手を胸の前で組んで、静かに祈りはじめた。
俺も、フィオレから一歩だけ後ろに下がると、両手を合わせて黙とうする。
(……とはいえ、特に話すことは無いんだよな)
俺がブラトと話したのは、今際の際に、本当に二言三言だけだ。
フィオレのことを支えてほしいと、そんなことを頼まれたような気がする。
奇しくも、モーティナと同じことを、兄であるブラトからも頼まれたわけだ。
たしかに、あの時のフィオレは精神的に追い詰められており、かなり危険な状態だった。
実際に、すべての問題が片付いた後は、俺たちの前からこっそり姿を消すつもりだったのだと、フィオレ本人から告白されている。
父親の仇を討ち、兄を救出するために、過去の自分も、未来の自分も、すべてを捨て去り、目的達成後には抜け殻になるはずだったフィオレを、この世に繋ぎ止めてくれたのはブラトの言葉だ。
生きてほしい。幸せになってほしい。いつか笑って話せる日がくるから、と。
真っ白に燃え尽きたはずのフィオレの心は、その言葉に縛られ、自棄になることができず、俺たちと行動を共にしてくれているのだ。
(だからこそ、支えてやらなくちゃいけなかったんだな……)
今、改めて振り返っても、自分が十分にフィオレをフォローできていたとは思わない。
むしろ、あらゆる場面で、俺の方が助けられていたような気がする。
フィオレは凄い奴なのだ。
俺が支えるまでもなく、自分の力で、自らの居場所を作り出してしまった。
少なくとも、俺の仲間の中には、単純に「魔人だから」という理由で、フィオレを差別する者は一人もいない。ファシルやオルツのように、魔王軍との因縁を考えると、打ち解けることすら難しそうな相手とも普通に接しているし、ライカやマキちゃんという特に仲の良い友人もできて、日々の生活の中でフィオレの笑顔を目撃する機会も少しずつ増えてきた。
――――今のフィオレなら、辛かった過去を乗り越えたと言えるのだろうか?
笑いながら、当時のことを振り返ることができるのだろうか?
さすがに、それはまだ、無理かもしれない。
でも、いつか――――
いつか、そんな日が本当にやって来るのだとしたら、その時まで、俺はフィオレの隣にいて支えてやらなければならないのだろう。
「…………うわっ!」
そんなことを考えながら、黙とうを止めて薄目を開けると、こちらの様子を窺っているフィオレと目が合ったため、俺は思わず声を上げてしまった。
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