修道女に話しかけられる
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木製のバケツに汲んだ水を撒いて花壇の土を湿らせると、俺は土をこねて泥だんごを作成した。
この泥だんごが乾燥するまで「硬くなれ」と念じながら魔力を注ぎ込み、泥だんごが叩いても潰れないくらい硬くなっていれば成功、簡単に潰れたら失敗と、土の魔法を習得するための訓練は、成否が分かりやすい。
毎日、ちょっとずつアプローチの方法を変えて、成功した日のやり方を何度でも再現できるようにすることが魔法習得のコツだとジョアンは言っていたが、残念なことに俺は今まで一度も成功したことがなかった。
それはつまり、今までのやり方はすべて駄目だということだ。
(今日はどうするかな……? 硬い壁を何度も殴りつけるイメージで……)
泥だんごに手をかざしながら、俺がアプローチの方法を考えていると、通りかかった二人の修道女から声を掛けられた。
「あの……。何をしていらっしゃるのですか?」
「ん? 魔法の練習だよ。この泥だんごを土の魔法で硬くする練習」
振り返ると、二人のうちの一人は黒い目隠しを付けていた。二人とも俺と同年代だ。
「土の魔法が得意なのですか?」
「全然。ちっとも使えないから困っているんだ」
「そうなのですか? この子が貴方のことを枢機卿と間違えたから、きっと凄い魔法使いなのだろうと思っていました」
「どういうこと?」
そう言って俺が立ち上がると、目隠しをしていない方の修道女が、驚いて後ろに一歩だけ、下がった。
「背が……」
「先に言っておくけど、鬼人じゃないぞ」
バケツの水で手を洗って、服に擦りつけて水気を拭き取る。
「俺は歴とした人間で、名前は覇王丸だ」
「もしかして、アルバレンティア王国から来ている勇者様なんじゃ……?」
目隠しをしている方の修道女が、小声で呟いた。
「そうだぞ」
「うそっ? ホントに?」
途端に、二人の修道女は年相応の女子のように色めき立ちはじめた。
「あ、握手をしてもらってもいいですか?」
「いいぞ」
「腕の筋肉を触らせてもらってもいいですか?」
「いいぞ」
「お姫様だっこをしてもらってもいいですか?」
「……結構、自由なんだな」
俺はライカの尻尾が不穏な動きを見せないか横目で警戒しつつ、リクエストにお応えした。
ジョアンから聞いた話では、修道女たちはもっと抑圧された生活をしているものと思っていたが、そんなことはなさそうだ。
「それで、なんで俺を枢機卿と間違えたんだ?」
「あ、それは私が……」
「この子、もう少しで治癒の奇跡を覚えられそうなんです!」
お姫様だっこをしてもらった方の修道女が、友人の修道女を指差して自慢げに言った。
獣耳をシスターベール風のフードで隠しているものの、隣でライカがぴくりと反応したのが気配で察せられる。
「そうなんだ。凄いじゃん」
「ですよね!」
勇者の俺と友人に褒められて、目隠しをしている修道女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
(目隠しをした状態で恥ずかしがるのって……なんだかエロいな)
『そこに気が付くとは……。さすが、お目が高い』
二人とも、まさか目の前の勇者が頭の中でこんなくだらないことを考えているとは露ほども考えていないだろう。
「治癒魔法を覚えられそうなことと、目隠しをしていることは関係があるのか?」
「あ、はい。私もいつもは、祈りを捧げる時にしか目隠しをしないのですが、今は目隠しをしていても「見える」状態になっていまして……」
「へぇ」
俺は、ジョアンから聞いた話を思い出した。
目が見えない状態が長時間続くと、たまに「見えないけど分かる」という不思議な状態になることがあるらしい。
ジョアンはそれを「魔力をはっきりと知覚している状態」ではないかと推測していた。
「この状態だと、遠くにいる人の気配まで分かるというか……不思議な感覚なんです。特に法王様や枢機卿は他の人よりも大きく見えまして。それで」
「俺も大きく見えたのか?」
俺が尋ねると、目隠しをした修道女は「はい」と頷いた。
「ちなみに、俺の従者はどう見える?」
「普通の大きさですね」
どうやら、俺だけが特別に大きく見えるらしい。
(どういうことだ?)
『ジョアンさんの言葉を信じるなら、覇王丸さんの体内にある魔力は、法王様や枢機卿と間違えられるくらい大きいということですね』
それはつまり、俺には魔法の才能があるということではないだろうか?
(どうして、俺は魔法を覚えられないんだ?)
『そんなのこっちが聞きたいですよ』
何かコツのようなものを掴めばすぐに習得できそうな気がするのだが、今は手探りの状態なので、どうにもならない。
「治癒魔法を使えるようになった先輩から、ヒントみたいなものを聞いてないか?」
「魔法ではありませんよ。治癒の奇跡です」
「!?」
急に横から話しかけられたので、俺は驚いて声のした方向を見た。
修道女の二人……ではなく一人も、俺と同じように驚愕の表情を浮かべている。
ただ一人、目隠しをした修道女だけが、最初から気づいていたように男に頭を下げた。
「ブレーグ枢機卿。こんにちは」
「はい。こんにちは」
土の付着した祭服を身にまとい、すっかり日焼けして黒くなった壮年の男は、穏やかな声で修道女に挨拶を返した。
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