沢渡陽菜
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
隔日で更新できるように頑張ります。
沢渡陽菜。十歳。
それが、神聖教会が召喚した勇者であり、いきなり俺に抱き着いてきた幼女の名前だった。
その正体は――――
「道路に飛び出して、動けなくて、トラックに撥ねられそうになっていたヒナを、覇王丸様が助けてくれたんです」
「ああ。お前、あの時の小さな女の子か」
「それがヒナです!」
俺が思い出すと、ヒナは満面の笑みを浮かべた。
俺にとってはトラックに撥ねられただけの嫌な記憶だが、ヒナの中ではヒーローに命を救われた感動の名場面になっているらしい。
今、俺たちは応接室のテーブルを取り囲むように座って、プチ座談会を開いている。
正直、明日の会談をキャンセルしてもよいくらいのメンツだ。
「あの時、覇王丸様は怖くて震えていたヒナの体を、優しく撫でて励ましてくれました」
(実際には、もう死ぬと思って尻を触っていただけなんだけど)
どうやら、ヒナの頭の中では、俺に関する記憶は美化されまくっているようだ。
「ちょっと待て。覇王丸、おぬしトラックに撥ねられたのか?」
横合いからゲンジロウ爺さんが、聞き捨てならないとばかりに口を挟んできた。
「そうだけど」
「それならば、おぬしは転生しているはずではないのか?」
「死ななかったんだよ。めちゃくちゃ痛かったのに、打撲と脳震盪だけでさ」
その後、テンパった山田に無理やり転移させられたというわけだ。
「なんと……」
ゲンジロウ爺さんはそれだけを呟くと、眉間を指で揉みほぐしながら黙り込んでしまった。
いろいろと、深く考えるのをやめたのかもしれない。
「あの……。先程から皆さんが口にしているトラックというのは何なのでしょう?」
今度は、ロザリアが遠慮がちに挙手をして、素朴な疑問を口にした。
地球の出身者が三人も一堂に会したので、ついついロザリアやライカには意味の分からない単語を使ってしまっていたようだ。
「ヒナが言うには、暴走する馬車のようなものらしいですよ」
俺が説明するよりも早く、法王がトラックをこの世界に存在するものに例えて、ロザリアの質問に答えた。
「なるほど。覇王丸様はヒナちゃんを庇って、暴走する馬車のようなものに撥ねられたのですね?」
「まあ、そういうことになるな」
「身を挺して女の子を助けるなんて、さすが覇王丸様ですね。これが他の人ならば、ただでは済まなかったと思います」
「俺もただでは済まなかったけどな」
ロザリアは納得したように頷いているが、そもそも、俺ならば馬車に撥ねられてもセーフだという前提が間違っている。
『そのうち、誰からも心配されなくなるんじゃないですか?』
(それは嫌だな……)
それはそれとして、ヒナが勇者だということは、あの時、俺はヒナがトラックに撥ねられて転生するのを、邪魔してしまったのではないだろうか?
そのことについて言及すると、ヒナはぶんぶんと首を横に振った。
「覇王丸様が気にすることではありません。覇王丸様に助けてもらったおかげで、元気なまま転移できたのですから、ヒナはラッキーでした!」
ヒナの話によると、やはり、ヒナの担当の守護天使は、俺の予想どおり、ヒナを交通事故に巻き込んで転生させるつもりだったらしい。
だが、俺と山田のせいで計画がパーになったため、やむなく、山田が俺にしたようにヒナを仕事部屋に呼び出して、協力を要請したとのことだ。
その時に、ヒナが提示した交換条件は一つ。
命の恩人である俺と再会すること。
「覇王丸様のことを調べてもらって、そうしたら、入院した病院からいなくなっていることが分かったので、もっと調べてもらって、覇王丸様も勇者だということが分かったんです!」
『多分、覇王丸さんが失踪したのに、全然、病院が大騒ぎになっていないから、もしかしたら奇跡が使われたのではないか……という疑念が生じて、正体がバレたのだと思います』
(なるほど)
興奮するにつれて要領を得なくなってきたヒナの説明を、山田が的確に翻訳してくれた。
「じゃあ、やっと俺に会えたわけだ」
「はい! これからは覇王丸様と、ずっと一緒にいられます!」
「え?」
想定していなかったヒナの言葉を受けて、俺が法王に視線を送ると、
「覇王丸さんには、ヒナをお預けしようと思っています」
法王はしれっと爆弾発言をした。
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