背に腹は代えられない
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ひととおり、希望者の診察と治療を終えた後、俺たちは住民から話を聞くことができた。
最終的に結構な人数を診ることになってしまったが、ライカとヒナの二人は、ガス欠になることもなく、希望者全員に治癒魔法を掛けることができた。竜王の治療という大仕事を経て、二人とも治癒魔法の使い手として成長したようだ。
今、二人はワタシの背中の上に座り込み、毛布にくるまって休憩している。ちなみに、毛布は住民が善意で貸してくれた物なので、少なくとも、ライカとヒナに関しては、住民から感謝されているし、信頼もされていると考えてよいだろう。
『最初からこのために、二人を連れて来たんですか?』
(そうだよ)
他人から信用してもらうためには、相手が困っている時に、必要なものを提供してやるのが手っ取り早い。
(喉が渇いていたら水、腹が減っていたらパン、襲われていたら敵をぶん殴って、怪我をしていたら治癒魔法を掛けてやればいい)
本当に困っている時、背に腹は代えられないので、人は比較的簡単に他人の善意を受け入れる。
そして、一度でも「恩人」だと認識されてしまれば、その信頼は、ちょっとやそっとのことでは揺らがなくなるのだ。
(治癒魔法や回復薬は、軽い症状の怪我や病気には効果てきめんだからな。身内に治癒魔法の使い手が二人もいるんだから、これを利用しない手は無いだろ)
『クズぅ』
(うるせーな。ムカつく言い方しやがって)
俺がそんな感じで、山田とくだらないやり取りをしている間も、ジェニオは住民の代表から詳しい経緯を聞いていた。
どうやら、魔王軍の本隊から離脱した独立派は、現在、主力である第二方面軍の本部として機能していた軍港を、活動拠点にしているらしい。
その軍港は、この集落の背後にそびえ立つ連峰の向こう側にあり、飛翔魔法で飛び越えでもしない限りは、船でしか行き来することのできない、陸の孤島になっているようだ。
戦争反対を掲げる征龍候の考えには、軍の内外を問わず、多くの賛同者が現れたが、彼らの大半は独立派と合流することも、その庇護下に置かれることもなかった。
陸路では立ちはだかる連峰を越えることができず、仮にできたとしても、すべての賛同者を受け入れるだけのキャパシティが、軍港には無いからだ。
「私を含めた多くの者が、家族と共に故郷を捨てて、第二方面軍の管理下にある港町に避難しようとしましたが、すぐに受け入れてもらうことは叶いませんでした。私たちは複数の集団に分けられて、山の裾野にある集落で待機することになったのです」
「ここは、その中の一つってことか」
ジェニオは、納得した様子で頷いた。
「ここで、ずっと暮らせって言われたのか?」
「いえ……。受け入れる準備が整いしだい、順番に迎えに来ると言われていました。軍人ではない私たちが本隊から攻撃される可能性は低いからと、言われていたのですが……」
「容赦なく攻撃されちまったわけだ」
その時に、住民と一緒に集落に滞在していた独立派の兵士は、一人残らず本国に連行されてしまったらしい。
「まさか、宰相様が直々に現れるとは、夢にも思わず」
「え? 本人が来たのか?」
それまで、予想通りと言わんばかりに話を聞いていたジェニオの表情が、初めて歪んだ。
どうやら、魔臣宰相は、竜の巣に侵攻した時の魔王と同じように、自ら部隊を率いて直々にこの集落に現れたようだ。
これには、大きな意味がある。
第三方面軍の総督が現場に現れることによって、これが末端の兵士が勝手に行動した結果ではなく、魔王軍の本隊としての正式な行動であると、知らしめることができるのだ。
もう、自分たちは、本国から完全に「敵」と見なされてしまった。
後悔したところで、今更、帰る場所は無い。他に行く場所も無い。
独立派は迎えに来ると言っているが、それがいつになるのかは分からない。
正に、八方塞がりの状況だと言えるだろう。
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