キドゥーシュプカの大聖堂
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神聖教会の聖地キドゥーシュプカは、田んぼや畑が広がる長閑な農村だった。
王都エードラムとまではいかなくても、港湾都市オターネストくらいの規模の都市だろうと思っていたので、完全に予想がハズれた形だ。
「これなら、途中で立ち寄った町の方が大きかったな」
「元々、この辺りは山間にある小さな盆地ですから。神聖教会の自治領になる前は、隣国との国境を巡る係争地域でもあったようです」
俺とライカが窓から外の景色を眺めていると、ロザリアが簡単に解説をしてくれた。
要するに、交通の便が悪い上に、いつ戦争になってもおかしくはなかったため、町としては発展しなかったということなのだろう。
「今は神聖教会が、うまいこと緩衝材になっているわけだ」
「大陸中に広まった宗教の聖地に、軍を侵攻させるような為政者はおらんだろうからの」
そんなことをすれば国内の信徒が黙っていない、と。
ゲンジロウ爺さんが会話に加わってきた。
「神聖教会との関係が、そのまま内憂外患の問題に直結してしまうのは好ましくないが……。古来より、宗教とはそういうものだからの。まして、魔王軍に攻められている現状では、関係を疎かにするわけにはいかん」
「はい。今、アルバレンティア王国が魔王軍の侵攻を食い止められているのも、神聖教会から派遣される治癒魔法の使い手がいればこそです」
「まあ、神聖教会にとってもアルバレンティア王国を落とされるわけにはいかんだろうから、そのための支援は惜しむまいよ」
そのまま、ロザリアとゲンジロウ爺さんが難しい政治の話を始めてしまったので、俺は窓の外を見ているライカに話しかけた。
「何か珍しいものでもあるのか?」
「いえ。そういうわけではないですけど……。こういう機会は一生のうちに何度もないと思うので、景色をよく見ておこうかなって」
「そっか」
窓から見えるのはどこにでもありそうな田園風景だったが、余計な口出しはしない。
ここは獣人を敵視している勢力の総本山だ。
当然、この辺りに住んでいる者は、神聖教会の敬虔な信徒ばかりだろう。そういう連中は、公式見解を妄信している可能性が極めて高い。
ライカにとって、ここは比喩でも何でもなく危険な場所なのだ。
「こっちにいる間は、ライカは俺の従者ってことにするからな」
「はい」
「絶対に一人になるなよ。俺がいない時は、ロザリアか、ゲンジロウ爺さんの側にいろ。アホ兄弟は……何か問題を起こすかもしれないから、近づくな。無視しろ」
「無視はしなくてもいいと思いますけど……」
ライカは、俺の半分本気で半分冗談の忠告に、苦笑いしながら頷いた。
*
長閑な田園風景の中を進んで行くと、突如として前方に大型建造物が現れた。
敷地をぐるりと取り囲む壁の内側に見えるのは、左右対称の建物と天高くそびえる時計塔。
その威容を目の当たりにして、俺は最初、要塞が現れたのかと思った。
「いかにも観光名所って感じの建物だな」
「大きくて綺麗な建物ですね……。住んだら迷子になりそうです」
「住むための建物じゃないと思うぞ」
俺とライカの会話は、いつものように田舎者まるだしのものだったが、普段は冷静なゲンジロウ爺さんもすっかり見入っている様子だ。
「あそこが神聖教会の聖地、キドゥーシュプカの大聖堂です」
そう言って、ロザリアが懐かしそうに目を細めた。
道中は比較的軽装をしていたロザリアだが、今日はさすがにドレスを着ている。
「一日に一度だけ、お昼になると、あの時計塔の鐘が鳴るんです。とても遠くまで鳴り響くので、自治領で暮らす人は、太陽と共に働き、鐘の音と共に祈り、月と共に眠るなどと言われているのですよ」
「ふーん。ロザリアもここに来るのは久しぶりなのか?」
「そうですね。私も大聖堂を訪れるのは二年ぶりです」
程なくして、入場の手続きを終えた馬車は、外堀に架けられた橋を渡った。
「このへんの構造は、普通の城と同じなんだな」
とはいえ、景観を損ねないように、透明度の高い農業用水を堀に引き入れているようだ。
「もう何年も昔の話になりますが、ジョアンがこの堀のことを嫌っていました。外からの侵入だけではなく、内からの脱走も防ぐ檻のようだと」
多分、修道女だったジョアンを、ロザリアが強引に連れて帰った時のことだろう。
「実際、逃げる奴っているのか?」
「貴族の子女の中には殆どいないと思います。氏名を公表されれば、家に迷惑をかけることが分かっていますから。……清貧で規則正しい生活にさえ慣れてしまえば、ジョアンが言うような悪い環境ではないのですよ?」
「規則正しい生活とか、ジョアンには無理だろ。あいつ、自由すぎるもん」
俺がばっさりと切り捨てると、ロザリアはまったく反論できずに苦笑した。
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