一日目が終わって(天使視点)
きりのよいところまで毎日投稿頑張ります。
ようやく、長かった一日が終わった。
本音を言えば、さっさと帰宅して泥のように眠りたいところだが、覇王丸に早めに伝えたい情報もあるし、可能であれば今後の打ち合わせもしたい。
なので、僕は、覇王丸が就寝したタイミングで、もう一度、意識を呼び出すことにした。
「何はともあれ、お疲れ様でした」
「コーヒー」
「……」
開口一番、ドリンクを注文された。
「……いや、別に、コーヒーくらい出しますけどね」
ただ、もう少し言い方ってものがあるんじゃないですかね?
――――と言いたいところをぐっと堪えて、僕はコーヒーの用意をした。
もう二度と、あの殺人ビンタを食らうわけにはいかない。
「僕の安いプライドなんてどうでもいいんです。覇王丸さんが異世界で活躍してくれるなら、僕はそれで幸せですから」
「なんだよ。気持ち悪いな。殺すぞ」
「僕に対する殺意、高すぎませんか!?」
今までのことを水に流してくれたとは、とても信じられない。
「マジで勘弁してください。手短に用件を伝えますから」
僕は平身低頭の姿勢でなるべく目を合わせないようにしながら、覇王丸の前にコーヒーと、折り畳まれた地図を差し出した。
「これは何だ?」
「この世界の地図です。覇王丸さんの現在位置が判明したので、お伝えしようかと」
百聞は一見にしかずとばかりに、テーブルの上に地図を広げてみせる。
「どこだ?」
「二つある大陸の、小さい方の……この辺りですね」
覇王丸が転移した世界には、小さな島を除けば、大小二つの大陸が存在する。
大きい方の大陸はトレンタ大陸。
小さい方の大陸はオット大陸。
「トレンタ大陸は、ほぼ全域が既に魔王軍の支配下にあります。こっちのオット大陸が人類にとって最後の砦だったのですが――――数ヶ月前、最前線である海峡を大きく迂回した所に、魔王軍の橋頭保を築かれてしまいました」
分かりやすいように、地図の該当箇所を指して説明する。
港湾都市の一つを落としたことにより、魔王軍は侵攻の足掛かりを得た。
今は人類側の地上部隊が数的有利を活かして互角以上に渡り合っているが、戦線を押し返すには至らず。
増援が到着すれば、戦局は魔王軍有利に展開するだろうというのが、大方の予想だ。
「覇王丸さんがいるのは、魔王軍に占領された港湾都市の西側に広がる大森林です。ぎりぎりですが、森の中は魔王軍の支配領域ではないみたいですね」
とはいえ、安全な場所というわけでもない。
人の手が入っていない森林は、侵入者を容易く遭難させる天然の迷宮であり、野生の獣や人外の化け物の巣窟になっているからだ。
「結果論ですが、遭難したり、夜行性の獣に襲われたりする前に保護されたのは、幸運だったと思いますよ。あんな森の中で生活できるのは、森人か獣人くらいですから」
「は? 山賊のおっさんは、ただの人間だろ?」
「――――そうでしたっけ?」
思わず、間の抜けた返答をしてしまった。
言われてみれば、たしかに、そうだったような気がする。
「ということは、獣人と人間が同じ集落で暮らしていることになりますね」
しかも、山賊っぽい外見の男は、ライカのことを「お嬢」と呼んでいたので、両者の間には明確な上下関係が存在することになる。なかなかに奇妙な話だ。
「何か事情があるのかもしれません。明日、詳しい話を聞いてみたらどうですか?」
「そうだな」
覇王丸はあまり興味無さそうに生返事をすると、コーヒーを一口飲み――――顔をしかめて角砂糖を追加した。
*
「――――そういえば、俺は地球では死んだことになっているのか?」
砂糖をたっぷり投入したコーヒーを飲み終える頃、覇王丸が思い出したように口を開いた。
「言いませんでしたっけ? 転生ならばそうですけど、覇王丸さんは生きたまま転移したので失踪したことになっています」
ちなみに、最初に約束したとおり、覇王丸の家族や友人がストレスを受けないように、既に「記憶の風化」の奇跡を使用済みだ。
おかげで「自動翻訳」の奇跡使うために奇跡ポイントを前借りする羽目になってしまったわけだが。
「悲しみや怒りの感情って、ピークの状態で長続きはしないじゃないですか? 僕が使用した奇跡は、その感情をピークが過ぎたところまで強制的に持っていくものなんです」
「つまり、どういうことだ?」
「覇王丸さんがいなくなったことに対して、家族や友人の反応がとても淡泊になります」
ぶっちゃけると、家族や友人の中で覇王丸の存在は早くも思い出に変わってしまっている。
「もしかすると、捜索願いすら出されずに放置されるかもしれませんね。あはははは」
「笑ってんじゃねぇよ」
「いだだだだだ!」
調子に乗っていたら、頭を鷲掴みにされた。アイアンクローというやつだ。
「いったぁ……。覇王丸さん、握力いくつあるんですか?」
「小学校の体力測定の時は八十キロだった」
「……」
リンゴを握り潰せる小学生とか、もはや恐怖の対象でしかない。
「その翌年からは、ずっと計測不能だったな」
「……まあ、小学生が使う機材ですからね」
通常は、百キロくらいまで計れれば十分なはずだ。
小学生の集団にゴリラが紛れ込んでいるとは、誰も夢にも思うまい。
「まあ、そんなわけで、家族が酷く悲しむとか、そういうことはないですよ」
「そうか。まあ、悲しまれるよりは、気にされない方がマシだな」
そう言って、ソファに深く座り直した覇王丸の表情は、言葉とは裏腹に、やはり、少しだけ寂しそうだった。
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