魔王軍の正体
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「まあ、それだけ魔法というものが、習得しにくいものだということだの。いつの間にか魔法を使えるようになっておるのは、森人と……あとは魔人くらいだろう」
「魔人?」
久々に聞き覚えのない単語が登場した。
「爺さん、魔人っていうのは何だ?」
「知らんのか? 森人などと同じように、人間から派生したとされている種族だ。少数部族と呼ぶには、数が増えすぎてしまったが……。魔法を得意とするため、魔人と呼ばれておるようだの」
「つまり、獣人や森人と同じってことか?」
俺が尋ねると、ゲンジロウ爺さんは「そうだ」と頷いた。
(魔法が得意だから魔人?)
この世界ではたしか、魔法は悪魔がもたらしたものだと考えられているはずだ。
ジョアンからその話を聞かされた時は、別に不思議とも何とも思わなかったが――――
(神様がもたらした……では駄目だったのか?)
そういうことにしてしまえば、神聖教会もわざわざ「奇跡」などという言葉を使って魔法を区別する必要はなかったはずだ。
でも、そうはしなかった。
魔法は悪魔がもたらしたものでなければいけなかった。
そうしなければいけない理由があったはずだ。
「もしかして、魔法って魔人が最初に使いはじめたのか?」
「さて……どうかの? ワシにもそこまでは分からん」
「――――もしかして、魔人の王様が魔王なのか?」
「何だ。知らんかったのか?」
ゲンジロウ爺さんの返答は、俺の質問を肯定するものだった。
俺はその事実に、大きな衝撃を受けた。
「ということは、あれか? 今まで魔王軍だの人類軍だの言っていたけれど、結局のところ、これは人間同士の戦争ってことなのか?」
「そういうことだ」
「ゲンジロウ爺さんは知っていたのか?」
「それはまあ。敵について知るのは基本中の基本だからの」
なぜ知らなかったのか、と。ゲンジロウ爺さんから逆に質問されてしまった。
(山田くーん?)
『……』
(おーい、やまだー)
『……』
(お前、都合が悪くなると逃げるその癖、マジでいい加減にしろよ!)
『ひぃぃぃぃっ!』
俺がブチ切れると、こっそり息を潜めていたと思われる山田の悲鳴が聞こえた。
『僕だってそんな大事なこと、忘れていたわけじゃないんですよ!』
(じゃあ、どういうことだよ)
『覇王丸さん、馬鹿そうだから、情報を少しずつ小出しにするつもりだったんです!』
(お前、絶対にぶっ飛ばすからな! 今夜、仕事部屋に呼べよ!)
『誰が呼ぶか! ばーか!』
山田はそう言い捨てると、今後こそ本当に職場放棄をして立ち去ってしまった。
「あの野郎……」
「どうかしたのか?」
「いや、何でもない」
ゲンジロウ爺さんが怪訝そうな顔で尋ねてきたが、この場にはライカとロザリアがいるので、俺は適当に誤魔化した。
俺たち勇者に守護天使がついていることに関しては、ゲンジロウ爺さんと話し合った結果、当面は秘密にすることになっている。
理由は単純で、その存在を証明することができないからだ。
(証明する方法なんてないよなぁ)
頭の中で天使の声が聞こえるなどと言ったところで、頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
ゲンジロウ爺さんの場合は特に、年齢的な理由でシャレにならない。
「おぬし、もしかして、魔王軍は人外の化け物だと思っておったのか?」
「いや、まあ、そうなんだけど……」
「覇王丸様がそのように勘違いをされるのも無理はありません。神聖教会は獣人について公式見解を出すよりもずっと昔に、魔人についても同様の見解を出していますから。国内にもそう思い込んでいる人は多いはずです」
バツが悪そうにする俺を見て、ロザリアが咄嗟にフォローを入れてくれた。
「同じ人間を相手にしていると思うより、化け物退治をしていると思った方が、気が楽ということなのだろう」
「そういうものか?」
「勿論。特に宗教においては重要なことだの。殺生を正当化するには、それなりの大義名分が必要になる」
その点、人間を殺すよりも、化け物を殺す方が、正当化しやすいということなのだろう。
「――――でも、魔王軍が人間だとすると、別に魔王軍が勝ったとしても人類が滅亡することにはならないよな?」
そもそも、負けたとしても農奴にされるだけで、全員が殺されるわけではないのだ。
今まで、すべての人類が農奴にされたら、それは滅亡したのと同じこと――――などという理屈で納得していたが、魔人が人間だと分かったことで、それも詭弁であることが判明した。
「なんだ。……もしかして、やる気をなくしてしまったか?」
「そういうわけじゃないけどさ」
むしろ、先入観がなくなって、心がニュートラルな状態になったというべきかもしれない。
少なくとも、俺の中で魔王軍だから無条件で悪だという図式は崩れた。
「……あの」
「ん?」
見れば、隣ではライカが不安そうに俺のことを見つめていた。
声を掛けたいけれど、かけるべき言葉が見つからない――――そんな感じだ。
「大丈夫だぞ」
安心させるように、ライカの頭を撫でる。
馬車の中ではシスターベールを外しているので、思う存分、獣の耳を撫でることができる。
そうすることで、ほんの少しだけささくれ立った気持ちを、落ち着かせることができた。
「安心しろ。この先、何があっても、俺はライカの味方だから」
それは、言い換えれば、ライカに危害を加える者はたとえ誰であろうと俺が敵対するという決意表明でもある。
わざわざ口にするまでもなく、今までもずっとそうだったような気もするが、言葉にしたことでよりいっそう決意が固まった。
「やれやれ……。神聖教会側との交渉が、空恐ろしくなってきたの」
考えるだけで胃が痛くなりそうだ、と。
唯一、俺の言葉の真意に気がついたらしいゲンジロウ爺さんが、ため息をついた。
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