ナイフは効かない毒は効く
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「触るなっ!」
「おっと!」
男が懐から何かを取り出して攻撃してきたので、俺はとっさに腕を引っ込めた。
その直後、ジャリッという金属音がして、脇腹に軽い衝撃があった。
「ナイフかよ」
「……鎖帷子かっ!」
男が隠し持っていたナイフは、服の下に着こんでいた鎖帷子に阻まれて、俺の体を傷つけることはなかった。早速、ゲンジロウ爺さんに貰った装備が役に立った形だ。
『危なっ! ちゃんと避けてくださいよ!』
(無茶言うなよ。不意打ちだぞ)
しかも、男の身のこなしはかなり素早い。
不意打ちが失敗したと見るや、すぐに俺の攻撃が届かない距離まで、間合いを広げた。
(すばしっこい相手に、重いメイスを振り回して戦うのは不利だな)
分が悪いどころか、当たる気がしない。
この手のタイプは、ゲンジロウ爺さんかハウンドの方が相性は良いはずだ。
ここは無理をせず、男を逃がさないことに気を配ればいいだろう。
そのうち、二人のうちのどちらかが、異常に気が付いて戻ってきてくれるはずだ。
焦る必要はない。長引けば長引くほど、不利になるのは男の方なのだから。
「おとなしく捕まって、洗いざらい吐いた方がいいと思うぜ。拷問は嫌だろ?」
「……」
「そんなナイフじゃ、俺は止められないぞ。刺し違えたら、死ぬのは体の小さいお前の方だからな」
「近づくなっ!」
男は手にしたナイフを突き出して牽制するが、はっきり言って何の威嚇にもなっていない。
鎖帷子を身につけている以上、顔面への攻撃にさえ気を付けていれば、俺が致命傷を受ける確率は限りなく低いからだ。
それが慢心につながったのか、不用意に前に出た男を捕まえようと腕を伸ばした瞬間、振り回したナイフの切っ先が、鎖帷子にも籠手にも守られていない二の腕をかすめた。
「ちっ!」
だが、今までに味わった数々の激痛に比べれば、大した痛みではない。
俺は男を強引に掴もうとしたのだが、すんでのところで避けられてしまった。
異変は、その直後に起きた。
「――――っ!?」
左腕の肩と肘関節に力が入らなくなり、結果、腕がだらりとぶら下がったのだ。
それを見て、男は陰鬱に口元を歪めた。
「毒かよ。……セコい真似しやがって」
「じきに全身に回る。動くと命にかかわるぞ。死にたくなければ、じっとしていることだ」
言うなり、男は身を翻してこの場を走り去ろうとする。
トドメを刺さないということは、放っておいても俺が死ぬと思っているのだろうか?
いずれにしても、即座に逃げを選択したということは、それだけ男に余裕が無いということだろう。
(逃がすかっ)
俺は男の忠告を無視して、遠ざかる背中を追いかけた。
一歩、二歩と助走を付けて、右手に握ったメイスをやり投げのごとく投擲する。
「――――ぐがっ!」
鈍器であるメイスの重さは、多分、三キロ程度だろう。
簡単に行ってしまえば、後ろから鉄アレイを投げつけられたのと同じだ。
今回は背中に命中したが、後頭部なら普通に死ぬ。
男の体は宙に浮き、勢いあまってゴロゴロと地面を転がった。
「ぐ……! う……ぐあっ!」
すぐに走り出すどころか、立ち上がることすらできず、男は陸に打ち揚げられた魚のようにのたうち回った。毒の塗られたナイフも、地面に落としてしまっている。
それを確認した俺は、安心して男を地面に抑えつけた。
「貴様……毒が……死ぬ気か……!?」
「死なねぇよ。さっき、言っただろ? ――――相討ちなら、死ぬのはお前だって」
言い終わると同時に、俺の渾身の頭突きが、男の額を強く打ちすえた。
石と石を激しくぶつけあうような、思わず顔をしかめたくなるような音が響き、
「どうだ。頭の硬さには自信があるんだよ」
先程まで背中の痛みに悶絶していたはずの男は、白目を剥いて気を失っていた。
(地球にいた頃、数えきれないくらい鴨居に頭をぶつけたからな)
山田の話では俺の勇者の特性は前代未聞レベルのガバ判定らしいので、それが原因で石頭になった可能性がある。
『マジでその可能性が高いんですよね。……というか、毒は大丈夫なんですか?』
(ん? ――――左腕が痺れて全然動かせない)
『毒が回ってんじゃねぇか!』
先程までは肩と肘の関節だけが動かせなかったのに、今では指すら動かせなくなっている。
(あれ? 左って……心臓、近いな。ヤバくない?)
『やべぇんだよ! 早く! 誰か! スタッフ呼んでください!』
(誰だよ)
俺は失神した男の腹の上に座り込み、幌馬車が逃げた方向に目をやった。
ちょうど、ハウンドがこちらに走ってくるところだった。
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