獣人の少女のライカ
きりのよいところまで毎日投稿頑張ります。
荷物を抱えてやって来た少女を見て、俺は目を見張った。
背中まで伸びた白い髪に、小柄な背丈。くりくりした瞳。
年齢は、日本人だとしたら中学生くらいだろうか。
だが、最も目を引かれたのは――――
少女の頭からぴょこんと飛び出た獣の耳と、尻から生えた尻尾だった。
「犬だ」
「犬ではありませんっ! 狼です!」
馬鹿にされたと感じたのか、少女がむっとした表情で反論する。
だが、牢の中で座り込んでいる俺の姿を見ると、驚いて足を止めてしまった。
「森の中で倒れていた負傷者というのは、鬼人なのですか?」
「いや、違うんですよ、お嬢。図体はデカいですが人間です。……多分」
山賊のおっさんが慌てた様子で少女に近づき、荷物を受け取る。
「それよりも、なぜ、わざわざお嬢がここに?」
「私は父上から薬類の管理を任されています。夜警の貴方たちに、負傷者の手当てまでさせるわけにはいきません。もう、下がっていいですよ」
「い、いえ。俺は見張りですから。此処で待機しております」
山賊のおっさんはペコペコと頭を下げながら、荷物を足元に置き、牢の鍵を取り出した。
(犬娘の方が偉いのか。山賊のおっさん、下っ端だったんだな)
『いぬむすめって……。覇王丸さん、彼女は狼の獣人ですよ』
(獣人?)
『そのへんの説明、やっぱり必要ですよね』
毎回恒例、山田のワンポイント解説が始まった。
『覇王丸さんって、ゲームで遊んだりしますか? エルフは長身で耳が長いとか、ドワーフはずんぐりむっくりしていると言われて、頭の中ですぐにイメージできます?』
(できる)
別にゲームに限った話ではなく、最近は漫画や小説、アニメや映画などにも、エルフやドワーフは頻繁に登場している。もはや、ファンタジー作品の定番と言ってもいいだろう。
『それなら話が早いですね。この世界には、その手の亜人と呼ばれる人達がたくさんいます。獣人もその一つですね。ポイントは、彼らが人間とは異なる別種族ではなく、人間から派生した少数部族だということです』
(ただの人間から、枝分かれしたってことか?)
『そうですね。この世界は、地球よりも遥かに進化や突然変異が起こりやすいんですよ。そういう世界なんです。だから、環境によっては次の世代を待たずに、大人への成長過程でも進化が起こります』
例えば、人間の子供が森の中で狩猟生活を続けていると、大人になる頃にはエルフのような外見になってしまうのだという。
成長過程で、森林でも遠くを見通せる長身と、狩猟に適した身軽な体、小さな物音も聞き取れる長い耳を手に入れるらしい。
『ドワーフも同じですね。鉱山近くの町で暮らしている人間は、成長すると穴蔵での力仕事に適したずんぐりむっくりの体型になります。呼び方はドワーフではないですけど』
一般的に、エルフは森人や緑人、ドワーフは鉱人や土人と呼ばれているらしい。
(獣人は? 動物に育てられると獣人になるのか?)
『獣人は少し毛色が違います。森人や鉱人が環境に応じて進化した純粋な人間の亜種であるのに対して、獣人は魔王軍の幹部である獣王を始祖とする少数部族だと考えられています。獣王と人間の間に産まれた最初の獣人――――すべてはその末裔というわけですね』
ちなみに、獣の血が薄い場合は、目の前の犬耳の少女のように人間よりの姿なるが、反対に獣の血が濃い場合は、獣寄りの姿になるらしい。
『その見た目から、獣の血が濃い獣人を人間とは認めていない国家もあり、そういった差別に対する反発から、魔王軍に与する獣人も多いようです』
(じゃあ、鬼人は?)
『オーガのことを、この世界では鬼人と呼ぶようです。人間の血が混ざっているケースも稀にありますが、殆どの場合、知能がある化け物として扱われます』
(……)
その化け物に、俺は間違えられたらしい。そう思うと、ちょっと腹が立つ。
「お嬢、本当に中に入るんですか? 危険ですよ?」
牢の前では、薬を持って中に入ろうとする少女を、山賊のおっさんが引き止めていた。
「中に入らなければ怪我の手当てができません」
「いやほらでも、こいつ、何するか分からないですし」
「その時のために、貴方が見張っているのはないですか?」
「いや、そうなんですけど……」
山賊のおっさんが、とても情けない顔をして俺を見る。
――――なんとなく、考えていることが分かる。
(頼むから暴れないでくれ……と、思っていそうだな)
強面のくせに小心者とは、見かけ倒しもよいところだ。
すごすごと引き下がった山賊のおっさんとは対象的に、犬耳の少女は物怖じした様子もなく、荷物を抱えて牢の中に入ってきた。
「はじめまして。私は里長ボルゾイの娘、ライカと申します」
「俺は覇王丸だ」
「……名前が覇王なのですか? 立派というか、珍しい名前ですね?」
「そうかもな」
異世界の名前だから、さぞかし珍しいことだろう。
「それにしても、話に聞いていたとおりの酷い怪我ですね……。ちょっといいですか?」
ライカと名乗った少女は、沈痛な面持ちで俺の腕を手に取り、裂傷や痣のある箇所を丁寧に確認しようとする。
「ここは痛いですか?」
「痛い」
「ここは?」
「痛い」
ライカの質問に答えながら、俺はその頭上で揺れる犬耳を眺めていた。
『かわいいですね。ああいうのを見ていると、ほっこりしますね』
山田が気色悪い感想を述べているが、それよりも、俺には気になることがあった。
「お前のここ、どうなってんの?」
俺は不意打ちで手を伸ばし、ライカの頬の後ろ――――本来、人間の耳が付いている部分の髪の毛をかき上げた。
「ひゃあっ!」
びっくりして、小さく悲鳴を上げるライカ。
――――そこには、人間と同じ耳が付いていた。
「な、な、何をするんですか!」
「耳が四つある? どういうことだ? どっちが本物の耳なんだ?」
「こっちです!」
ライカは恥ずかしそうに頬を染めながらも、律儀に人間の耳を指差した。
「私は獣の血が薄いから、こっちの耳が機能しているんです! 獣人にとってそれは半端者の証で恥ずかしいことだから、普段は髪の毛で隠しているんです! 悪いんですか!」
結構、ぶち切れていらっしゃる。
「すまない。そんなに怒られることだとは知らなかった」
俺は素直に頭を下げた。
「し、知らなかったのなら、次から気を付けてくれればいいですけど……」
「それじゃあ、頭の上にある耳は聞こえないんだな」
「あ、駄目っ! さ、触らないでくださいっ!」
「じゃあ、尻尾を――――
「絶対に駄目です!」
ライカは顔を真っ赤にして、尻尾をスカートの内側に収納してしまった。
スカートの後ろに切り込みがあり、そこから尻尾を出し入れできるようになっているらしい。
「その服、うっかり尻がまる出しになったりしないの?」
「しません! 覇王丸さんには、デリカシーが無さすぎます!」
ライカはぷりぷり怒りながら、箱から取り出した瓶詰の液体をタオルに染み込ませた。
「それは何だ?」
「……」
ジロリと睨まれる。だが、無視するようなことはせず、きちんと説明をしてくれた。
見た目よりも精神年齢はずっと大人で、真面目な性格をしているようだ。
「……回復薬です。とても貴重な物なんですよ? でも、覇王丸さんは体中が傷だらけだから、特別に使ってあげます。感謝してください」
「ありがとう」
俺が棒読みで感謝を述べると、ライカは「どういたしまして」と棒読みで答えて、回復薬の染み込んだタオルを腕の傷口に押し付けた。
「お?」
回復薬の効果は、すぐに実感できた。ジンと痺れるような気持ち良さが患部から込み上げてくる。
例えるなら、湿布を貼った時の感覚に似ている。
ライカがタオルをどかすと、腕の裂傷はすっかり完治していた。
「擦り傷くらいの外傷なら、ものの数秒で治ります。でも、捻挫や骨折になると、患部に直接塗布できないので、効果は数段落ちます。そういう怪我を治すには、回復薬を飲んで、安静にしているのが一番です」
そう言うと、ライカは半分ほど回復薬の残った瓶を差し出してきた。
「余ったので、飲んじゃってください。体力も回復するはずです」
「……苦いのか?」
「味はただの水ですよ。回復薬というのは、水に治癒魔法をかけたものなんです」
飲んでみると、たしかに無味無臭。生ぬるい水の味だった。
「水に魔法をかけるだけなのに、貴重なのか?」
「治癒魔法は、使える人がとても少ないんです。だから、市場にもあまり出回りません」
『多分、国が魔法の使い手を囲い込んでいるんだと思いますよ』
山田の予想では、魔王軍との戦線を維持するために回復薬を大量に必要としているのだろうということだ。それだけ、人類は苦戦しているのだろう。
「はい。これで終わりです」
そうこうしているうちに、ライカは俺の右腕、背中、左腕の手当てを終えてしまった。
おかげで風呂に入ったみたいに体がさっぱりしたし、裂傷は殆ど無くなった。
「タオルをお渡ししますので、手の届くところは自分で拭いてください」
「分かった」
「次は服ですね。どうして、こんなにボロボロなんですか?」
「いろいろあった」
今、俺が着ている服は、病院の入院着だ。
上着のボタンは転移の際にすべて紛失しており、血と土で汚れてぼろきれ同然になっている。
ライカは箱の一番下から、一着の服を取り出した。
「父上の服ですけど。これしか合うサイズの服が無いと思うので、これを着てください」
「分かった」
「あ、す、すぐに脱がないでください! 私は出て行きますからっ!」
ライカは俺に背を向けると、バタバタと慌ただしく荷物をまとめて、立ち上がった。
ちなみに、俺は既に入院着(上)を脱ぎ捨て、タオルで胸と腹の裂傷を拭き取っていた。
タオルを押し当てるだけで傷が消えてなくなるので、はっきり言って超面白い。
「覇王丸さんには、いろいろと訊きたいこともありますが、今日のところは、ゆっくり休んでください。でも、明日、父上から呼び出しがかかると思いますので、その時は誠意ある対応をお願いします」
「……」
「覇王丸さん? 聞いているんですか?」
ライカが振り返った時、俺は入院着(下)を脱ぎ捨て、尻にできた裂傷を拭き取っていた。
「――――きゃああああ!」
悲鳴を上げて、狼なのに脱兎のごとく走り去っていくライカ。
だが、ちょっと待ってほしい。
俺は断じて露出魔ではない。
今だって、尻を出していただけで、股間をフルオープンにしていたわけではないのだ。
「おっさん、俺は悪くないよな?」
「いや、どう考えても悪いだろ……」
『脱ぐなと言われたのに、半ケツになっている時点でアウトですね』
無罪を訴えた俺の主張は、二人の陪審員により棄却された。
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