魔法について教えてもらう
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「さあ、ここからは少しだけ真面目な話だよ」
ジョアンは、コップに入った水を目の前に置いて、話しはじめた。
動作が淀みないので気づかなかったが、いつの間にかまた両目を閉じている。
「まず、この世界では、魔法は悪魔がもたらした法則だと考えられている。だから、悪魔の法則で「魔法」であり、魔法を使うための力を「魔力」と呼ぶ。もっとも、神聖教会では魔法を神の御業だと考えているので、魔法ではなく「奇跡」と呼んでいる。私は、どちらも言い方を変えただけで同じものだと考えているけどね」
「どうでもいいけど、なんでまた目を瞑っているんだ?」
「昔の癖なんだ。魔法を使う時は、こっちの方が集中できる」
そう言って、ジョアンがコップに手をかざすと、コップの水に変化が起きた。
かざした掌に吸い寄せられるようにして水が上昇し、一滴もテーブルに零れ落ちることなく、まるでボールか何かのように掌に収まったのだ。
「これで、この水は私の管理下になった。後は練習しだいで、凍らせて氷にすることも、熱してお湯にすることも、投げつけて敵をびしょ濡れにすることも、思いのままさ。どの種類の魔法も同じだけど、まずは現実にある物を操作するところから始めるんだ」
「――――つまり、どういうことだ?」
「魔力で干渉して、対象を管理下に置くんだよ。魔力は自分の体の中にも、空気中にも、どこにでも存在している。それらを感じる――――最初は、自分の体の中にある魔力を知覚するところから始めた方がいいだろうね」
「――――つまり、どういうことだ?」
「つまり、覇王丸は私の説明を聞いても、まるでピンときていないということだよ」
君も同じかな? と問いかけられて、ライカは申し訳なさそうに頷いた。
ジョアンは掌の水をコップに戻すと、目を開けて、やれやれとため息をついた。
「でもまあ、仕方ないか。理解するのが難しいところでもあるんだ。実際、魔法使いを志す人の半分は、最初の一歩すら踏み出せずに諦めるからね」
「残りの半分は魔法使いになれるのか?」
「残りの半分も、殆どは二歩目を踏み出せずに挫折する。自分は魔法使いだと胸を張って言えるレベルまで上達する人は、百人に一人くらいかな?」
百人に一人。つまり、確率にして一%。かなりの狭き門だ。
ちなみに、最初の一歩を踏み出した者が習得できる魔法は、オターネストでオズが使った火種の魔法や、昨晩、ゲンジロウ爺さんがライカの髪を乾かすのに使った送風の魔法など、日常生活をちょっとだけ便利にする初歩的な魔法らしい。
「そういえば、集落にも魔法を使える奴がいたよな?」
「はい。森人の皆さんと、あと獣人にも何人か」
俺が尋ねると、ライカはしょんぼりした様子で頷いた。
「こんなことなら、出発する前に教えてもらえばよかったです」
「森人に師事しても、要領を得ないと思うよ。彼らは試行錯誤を繰り返す論理的なタイプではなく、いつの間にか魔法を使えるようになっている感覚的なタイプだから」
ジョアンの私見では、魔法使いには坂道を上るように少しずつ上達する論理的なタイプと、階段を上るように何かをきっかけにして一気に一段階上達してしまう感覚的なタイプがいるらしい。
「森人は典型的な感覚タイプだね。別にこれは感覚タイプの方が優れているというわけでも、天才型というわけでもなく、日常生活――――例えば森の中で狩猟や採取をすることによって、知らず知らずのうちに魔法を使うための下地ができあがっているということなんだ。だから、ふとしたことで一気に上達してしまう」
そういう感覚タイプは、自分を基準にした説明しかできないため、他人(特に初心者)に物事を教えるのには不向きなのだという。
「それに感覚タイプは、知らず知らずのうちに魔法を覚えてしまうから、自分で習得する魔法を選ぶことができないんだ。多くの場合、自分の置かれている環境に適合した魔法を覚えるから、不都合があるわけではないけれど。森人なら、大半が風の魔法じゃないかな」
「あってるな」
「はい……」
魔法に関する知識を何も持たない俺とライカは、ジョアンの話を聞いて、ただただ感心するばかりだ。さながら小学校の先生と生徒のようになっている。
「ゲンジロウさんは、魔法について何か言っていなかった? あの人も感覚タイプだよ」
「そういえば、剣を構えて、狙いをつけて、振り下ろす作業を、頭の中でやるんだって、よく分からないことを言っていた。あとは、武道の呼吸が役に立ったとか」
「そうそう。私も同じ説明をされたよ」
もっとも、ジョアンに言わせると、その説明は的を射ているらしい。
「私が驚いたのは、魔法とは無縁の人生を送ってきたゲンジロウさんにも、森人と同じように魔法を使うための下地が備わっていたということなんだ。狩人に、剣士に、魔法使い。まるで接点の無さそうな三つの職業に共通項があったなんて面白いと思わないかい? きっと、剣も魔法も、その道を突き詰めた者が辿り着く場所は同じなんだよ」
「――――つまり、どういうことだ?」
「ああ、まだピンときていないんだね」
それでこそ教え甲斐がある、と。
ジョアンは不出来な生徒を見守るような眼差しを俺に向けたが、入学したその日に卒業してしまうようなチートな爺さんと一緒にしないでもらいたい。
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