手練れにご用心
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「そうだ。覇王丸よ」
「何だ?」
「おぬし、色仕掛けをされるのが嫌ならば、今夜はライカ嬢ちゃんと一緒に寝るといいぞ」
「ひぇっ?」
ゲンジロウ爺さんの提言に、ライカが変な声を上げた。
隠していた獣耳がピンと立ち上がり、ヘアバンドがずれてしまっている。
「ああ、寝るというのは変な意味ではなく、同じ部屋でという意味だからの」
「へ? あ! し、知っていました!」
(絶対、嘘だ)
ライカは慌てて平静を取り繕っているが、この場にいる全員が疑惑の(生温かい)眼差しをライカに向けている。
「今回の拝謁を経て、おぬしの勇者としての価値は跳ね上がったからの。しかも、結果的に爵位も与えられておらんので、陛下の直参というわけでもない。唾をつけておこうとする者は、いくらでもおるだろう」
「それで、色仕掛けなのか?」
「男を篭絡する方法など、どの世界でも同じだということだ。一人部屋にすれば、十中八九、夜に手練れが送り込まれてくるぞ」
「手練れ……」
その道のプロということなのだろうが、あまり生々しい言い方をしないでほしい。
「というか、断言するということは、爺さんのところにも来たのか?」
俺が尋ねると、ゲンジロウ爺さんは気まずそうに頷いた。
「それで? どうしたんだ?」
「追い返したに決まっとる。先立たれたとはいえ、ワシは妻帯者だぞ」
婆さん以外の女性に興味はない、と。
ゲンジロウ爺さんは硬派に言い切った。
「こんな枯れた爺のところにも来るのだから、若いおぬしのところには間違いなく来るだろう。だが、ライカ嬢ちゃんと同部屋にすれば、それは防げる」
「そりゃそうだな」
ということは、一人部屋にするかライカと同部屋にするかの選択が、俺をハニートラップにハメようと考えている連中への意思表示になるということでもある。
「まあ、どうするかは、おぬしが決めるといい」
「そうだな」
「お部屋は、どちらでもすぐに用意することが可能です」
俺が使用人の女性を一瞥すると、欲しい情報をすぐに教えてくれた。
「……」
次にライカを一瞥すると、目が合った瞬間にプイッとそっぽを向かれた。
(うーん……。マジでどうするかな)
『僕としては、もっと、世界を救うことで悩んで欲しいんですけどね』
(正直、巨乳の手練れには興味があるが……)
『巨乳って誰が言ったんですか? それは覇王丸さんの願望ですよ』
(少し黙れ)
今の俺にとって最も大切なことは、手練れが巨乳かどうかということではない。
ここで同部屋を選択しなければ、間違いなく、ライカは不機嫌になるということだ。
(何日も口をきいてもらえなくなったら困るんだよな)
ボルゾイからも、ライカのことを頼まれているし。
そもそも、ライカを一人部屋にするのは心配だし。
(ま、仕方ないか)
結局、最初から選択の余地は無かったということだろう。
俺はそっぽを向くライカの頭に手を乗せて、わしゃわしゃと撫でた。
「誤解しているようだけど、俺は色仕掛けに惑わされるような軟弱な男じゃないぞ。むしろ、色仕掛けなんかされたら迷惑だから、ライカに同部屋になってもらわないと困る」
俺がそう告げると、ライカは一瞬でぱっと明るい表情になった。
はっきり言って、ちょろい。
「分かりました! 仕方ないですね。私が同部屋になって覇王丸さんに悪い虫がつかないように見張っていてあげます!」(ドヤ顔)
「では、そのように手配いたします」
使用人の女性は一礼し、ハウンドに向き直った。
「ハウンド様はいかがいたしますか?」
「へ? 俺?」
不意をつかれたハウンドは、裏返った間抜けな声で返答した。
多分、名前を覚えられているとも、自分が話しかけられるとも思っていなかったのだろう。
「三人用の大部屋もご用意できますが」
「あ……そういう? あ、えーと、俺はいいや。一人部屋で、うん」
「かしこまりました」
妙にあたふたしながら答えたハウンドを見て、俺は思わず顔をしかめたが、使用人の女性は表情一つ変えずに一礼した。使用人としてのプロ意識の高さを感じる。
ちなみに、この時、ハウンドが妙に落ち着きがなかった理由は、ゲンジロウ爺さんの話を聞いて「もしや、自分のところにも?」と、下世話なことを考えていたかららしい。
結局、誰も来なかったらしいのだが、それを俺たちが知るのは翌日のことだ。
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