ついでにそれもください
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突然、訳も分からぬまま玉座の間に呼び出されて、訳も分からぬまま大森林一帯の開発及び統治を命ぜられた元オターネスト市長のフランツは、形式的な叙任式の後、狐につままれたような顔をして大貴族の列の末席に加わった。
「――――さて、これでよいな? 詳細については、この後にでも、当事者同士で話し合って決めるように」
これ以上の面倒は御免だと言わんばかりの国王の物言いに、ウォートランド侯爵は無言で頭を下げて、承諾の意思表示をした。
このままお開きになりそうな雰囲気だったので、退室を命じられる前に、俺は口を挟んだ。
せっかく遠路はるばる王都まで足を運んだのだ。やり残しは無いようにしたい。
「もう一つ、頼みがあるんだけど、いいか?」
「……何だ?」
「獣人への差別を、法律か何かで禁止することはできないか?」
俺の要求に、再び、場が静まり返った。
だが、今度は一時的なものではない。誰もが見て見ぬふりをしていた立ち入り禁止の場所に真正面から踏み込んでしまったかのような、重苦しい気まずさがあった。
「……なぜ、そのようなことを望む?」
「獣人が魔王軍側につくのを防止するためだ」
だが、どのような事情があったとしても、これだけは言っておく必要がある。
「オターネストを占領している魔王軍が、大森林の獣人を仲間に誘っていたんだ。後ろにいるこいつも勧誘された」
そう言って、俺が後ろを指さすと、その場にいる全員の視線がハウンドに集中した。
さしものハウンドも、これにはビクリと体を強張らせる。
(実際に寝返ったということは、黙っていてやるか……)
この場でそれをバラすほど、俺も鬼ではない。
「大森林の獣人は勧誘を突っぱねたけど、この大陸にいる他の獣人が、同じように突っぱねるとは限らないだろう? でも、今までどおり差別はするけど、敵対はしないで欲しいなんて、虫の良い話じゃないか。だからだよ」
実際に魔王軍と戦火を交えているこの国の指導者ならば、獣人を敵に回すことの愚かさは、身に染みて分かっているはずだ。
「何か間違ったことを言っているか?」
「……いや。お前の言っていることは正しいし、道理もある」
国王は意外なほどあっさりと、俺の意見を肯定した。
「だが、その頼みを聞き入れることはできない」
そして、きっぱりと、確固たる意志の強さを持って、俺の提案を拒絶した。
「獣人に対する差別を国として禁止することは、国益を損なうのだ」
「……国益って何だよ?」
差別を放置することが、国益に適うとでも言うつもりなのだろうか?
俺が怒りに満ちた視線を向けると、国王はそれを嫌がるように首を横に振った。
「神聖教会が、獣人は魔獣であり、人類の敵であるという公式見解を出しているのだ」
「神聖教会?」
また、新しい言葉が出てきた。
(山田、解説)
『この世界の宗教国家です』
(……それだけ?)
恐ろしく雑な答えが返ってきた。
どうやら、山田も詳しくは調べていないらしい。
「回復薬の作り方は知っているか?」
「ただの水に治癒魔法をかけるんだろ?」
「そうだ。そして、現在、我が国にいる治癒魔法の使い手は、全員が神聖教会から派遣された神官なのだ。これが何を意味するか、お前なら分かるだろう?」
どうやら、国王は神聖教会との関係がこじれて、回復薬の安定的な供給が困難になるような事態に陥ることを危惧しているようだ。
この世界において、回復薬の備蓄は、軍隊の継戦能力に直結する。
魔王軍との戦争がいつまで続くか分からない今、神聖教会の公式見解を真っ向から否定する政策を取って、不興を買うようなことはしたくないのだろう。
「神聖教会の神官にならないと、治癒魔法を使えないのか?」
「詳しくは知らぬ。ただ、神官なら誰でも使えるわけではなく、使える者が神官として各国に派遣されているようだ。現状、神聖教会と一切の関わりを持たない治癒魔法の使い手を、余は一人も知らぬ。それどころか、噂話ですら耳にしたことがない」
それはつまり、治癒魔法の使い手の育成方法については、神聖教会が秘匿し、独占しているということだ。あるいは、信仰と魔法の習得が関係しているのかもしれない。
「神聖教会の自治領と国境を接している我が国には、敬虔な信徒も多い。故に、軽率なことはできぬのだ」
「だから、獣人への差別は黙認するしかないっていうのか?」
「そうだ」
差別を放置すれば、国内の獣人が敵に回る可能性が高まる。
だが、差別を取り締まれば、神聖教会との関係が悪化し、最悪の場合、治癒魔法の使い手である神官に召還命令が出たり、国内の敬虔な信徒が暴動を起こしたりするかもしれない。
あちらを立てればこちらが立たずの二律背反。
政治家としては、合理的な選択をするしかないのだろう。
合理的な選択とは、つまり、少数の切り捨てだ。
「そうか。それじゃ、仕方ないな」
「分かってくれるか」
国王は心から安堵したように息を吐き、
「俺が神聖教会に行って話をつけてくるよ」
「何……だと?」
俺の言葉を聞いて、顔を引きつらせた。
「神聖教会の自治領に乗り込んで、直談判してくる」
「待て。お前はどうしてすぐに本拠地に乗り込もうとするのだ」
「手っ取り早いじゃないか。だから、諸々の手続きをよろしく頼むよ」
国境をスムーズに通過したり。
神聖教会側に訪問する旨を事前に通告したり。
支援してくれるって言ったよね? と。
俺が爽やかに協力を要請すると、国王は「もうやだ、こいつ」と言わんばかりに頭を抱えて天を仰いだ。
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