剣聖 VS ハウンド(前編)
毎日1000文字を目標に続きを書いています。
隔日で更新できるように頑張ります。
「兄貴! すみませんっした!」
入れ替わりで、アホ兄弟が情けない顔をして戻ってくる。
「作戦、失敗しました!」
「ふざけんな! その言い方だと、俺が指示したみたいに聞こえるだろ!」
濡れ衣もいいところだ。
「俺は爺さんの体力を削るために、無理やり前哨戦をねじ込んだだけだ!」
『それも大概ですけどね』
見れば、周囲の観衆は完全にゲンジロウ爺さんの応援団と化している。
特に、今、ゲンジロウ爺さんと対峙しているのは獣人のハウンドなので、観衆の反応もより顕著だ。
声援よりも野次の方が耳に飛び込んでくる。
獣人は引っ込め。
王都に何の用だ。
恥ずかしくないのか、この卑怯者。
本気で言っている者もいれば、面白半分で便乗している者もいるだろう。
それらの悪意ある言葉を一身に浴びて――――ハウンドは悠然としていた。
「……少し、居心地が悪いの。おぬしは大丈夫か?」
「全然? この程度の野次じゃ、眠くなっちまうよ」
気遣うようなゲンジロウ爺さんの言葉にも、ふてぶてしく対応してみせる。
アホ兄弟は、そんなハウンドにすっかり感服した様子だった。
「すげぇ! これだけの野次の中、あんなにも平然としていられるなんて!」
「しかし、いくら獣人だからって、ここまで野次られるものか? さすがに酷いぜ!」
「お前らのせいだろ」
改めて思い返しても、アホ兄弟の戦い方は酷すぎた。
特に、金髪の男が終了を宣告した後の不意打ちは最悪だ。
あれで観衆のほぼ全員が敵に回ったと言っても過言ではない。
俺も正々堂々とは程遠い戦い方をするが、それはルール無用、何でもありの場合だけだ。
ハウンドはこの手の誹謗中傷には慣れているようだが、さすがに気の毒に思えてくる。
そうこうしているうちに、模擬戦が始まった。
*
「もう少し、短い方がいいんだけど。まあ、仕方ねーな!」
ハウンドは先手必勝とばかりに、ゲンジロウ爺さんに向かって走り出した。
そのまま、勢いを殺さずに鋭い突きを繰り出す。
ゲンジロウ爺さんが小さく跳ねるように横に飛んでかわすと、ハウンドは強引に体を捻って地面の土を蹴り上げた。
路上の踏み固められた土は、しかし、ハウンドの強靭な脚力によって抉られて、二人の間に飛散する。即席の目潰しの出来上がりだ。
ゲンジロウ爺さんが堪らずに目元を腕で庇った瞬間、ハウンドは羽織の袖のせいで見えなくなっている角度から、横薙ぎに木剣を打ち込んだ。
カンッ、と。木と木が激しくぶつかる音が響く。
「ちっ!」
死角からの攻撃をあっさりと防がれて、ハウンドは忌々しげに蹴りを放った。
だが、もうそこにはゲンジロウ爺さんはいない。
「こいつは驚いた。想像以上だの」
「まだまだ余裕かよっ!」
腕を振って土埃を落としているゲンジロウ爺さんを見て、さすがにイラッとしたようだ。
ハウンドは一気に間合いを詰めて、一気呵成に連撃を繰り出した。
獣人の長所を最大限に活かした、重さと速度を併せ持つ連続攻撃。
しかも、それらを絶妙に回避できない――――木剣で受けざるを得ない角度から打ち込まれて、ゲンジロウ爺さんは防戦一方になった。
「ほっ」
「うおっ!?」
――――かと思いきや、連撃と連撃を分断するようなタイミングでカウンター気味の刺突がハウンドに襲いかかった。
どうやら、ハウンドが酸素を取り込むために大きく息を吸い込み、攻撃が少しだけ軽くなる一瞬を狙いすまして、反撃を繰り出しているようだ。
攻撃する方もする方なら、それを避ける方も避ける方だ。
気づけば、野次も声援もいつの間にか鳴りを潜め、目まぐるしい攻防に見入るように静まり返っていた。
(あいつ、実は強かったんだな)
俺の中では、どうしても毒キノコを食わされて腹を下していたイメージが強いため、完全に侮っていた。
「覇王丸さん」
目の前の激闘を食い入るように見つめたまま、ライカが俺に話しかけてくる。
「どうした?」
「ハウンドが倒されたら――――次は私が行きます」
「いや、行くなよ」
慌てて制止した。何をやる気になっているのか、こいつは。
「でも、私も父上から稽古をつけてもらいました」
「ほんの数回だろ? あの爺さんには通用しないよ」
恐らく、相手は剣の道に人生の大半を費やしていると思われる達人なのだ。
家族から穀潰しと蔑まれながらも、一日も働くことなく、毎日、剣を振り続けたアホ兄弟が手も足も出なかったのだから、ライカではいくらなんでも荷が勝ちすぎる。
「私が相手なら、さすがに油断するのではないでしょうか?」
「どうかなぁ」
見たところ、対戦相手のレベルに合わせて指導をしているような印象を受ける。
互角に渡り合っているように見えるハウンドでさえ、埋まらない実力差のようなものを感じているはずだ。
「覇王丸さんでも勝てませんか?」
「普通にやったら勝てない」
自慢ではないが、剣の腕前に関しては、俺はライカと同じくらいだ。
喧嘩ならともかく、模擬戦では勝ち目がないだろう。
(まあ、必ずしも勝つ必要は無いわけだし……。最悪、このまま帰ることになっても、今度は爺さんの方から会いに来る可能性が高いんだよな)
『負けて元々なんですから、当たって砕けたらどうですか?』
(勝てない勝負は頑張りたくない)
『やる気ゼロですか』
そんなやり取りをしているうちに、ハウンドとゲンジロウ爺さんの模擬戦は大詰めを迎えようとしていた。
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