不穏な種子
リアムはサクヤと入れ替わる形で学園に戻り、エマの護衛を再開することになった。
エマ、アリス、リズ、レオンは全員、共に行動していたうえに最後にいた場所つまりリアムが飛び出したベンチの周辺にいたので全員を見つけ出すのにそう時間かからなかった。
リアムがみんなの元へ向けて歩く。
談笑に夢中でリアムが近づいていることに気付いている様子はない。
十メートル弱まで近づいた時、人の気配を察知したのかようやくレオンが振り返った。
「おい、リアム!お前どこ…」
「兄さんっ!」
レオンがリアムに言葉を投げかけ切る前にエマが彼の元へ駆け寄った。
リアムはぶつかられた衝撃に耐えかね少しよろめいたが何とかこけずにいることができた。
「エマ、心配させてしまったか?」
エマはリアムの制服をぎゅっと掴みながらコクコクと頷く。
「で、急に飛び出して何してたか教えてくれる?」
とアリスが横槍を刺すように話しかける。
エマを含めた全員が興味ありげに視線を向ける。
リアムは少し考える。
もちろん“学園内に怪しい人物がいたから追いかけていた”という本当のことを話すわけにはいかない。
リアムのした行為は明らかに普通の学生の領域を出ている。
この場合、適当に誤魔化すのが一番早そうだと判断したリアムは口を開き
「ちょっとした用事があってな」
と短く言葉を投げた。
アリスはふ〜んと怪しげな眼を向けながら
「まっ、いいわ。それよりも私食堂のクレープが食べたいの、買いに行きたかったんだけどエマちゃんがなかなかここを離れようとしなくてね〜」
エマがその態度にピクリと反応する。
常人ではかなり魔力に集中しないと分からないほど微弱だが彼女から魔力が漏れ出ている。
魔力量に優れた人間は感情、特に負の方向に向いたものによって普段は整えられている魔力が乱れて体外へ漏れ出たりする。
今、エマは何かしらの感情を割と強く抱いているということだ。
“兄さんになんて無礼な真似を”という彼女の魔力が漏れ出ている原因まではリアムには察せないが不機嫌であることは容易に理解できた。
リアムは目の前で微弱な魔力を湧き出させている彼女に迷いなく手を伸ばす。
エマの絹のような髪の間に指先を滑らせる。
髪を乱さない程度に手を動かし頭を撫でてやる。
こういう場合はまず落ち着かせるところから始めなければならない。
エマは猫が撫でられた時のような顔で気持ちよさそうに目を閉じている。
その頃には漏れ出る魔力が収まっていた。
「エマ、一緒に買いに行ってくれないか?」
リアムがそう尋ねる。
エマははっと目を開いてリアムに視線を向ける。
「間違えて買ってアリスに怒られると困るからな」
「買い間違えるってどんだけよ」
アリスが少し呆れたように呟く。
クレープを買った後は特にこれといったハプニングは起こらず平和にイベントが終了した。
不穏な種子を残す形で…。