75、対話の試み
それは災厄のようだった。
人間たちの警戒から一拍ほど遅れるようにして木々の合間を抜けてきたのは、禍々しい黒狼だった。鋭い耳、突き刺すような眼光。頬に赤く流れるような模様が入っている。
普通の犬よりは明らかに大きかった。野生の熊と聞いてイメージするものより少し小さいくらいか。
話で姿は聞いていたものの、こうしてサソリが魔物状態の相手に会うのははじめてだった。見かけで判断したくはないが、どうしても邪悪さを感じてしまう。
全てはひと続きに起こっていた。動きが連続している。木々の合間から現れ、迎撃しようとする冒険者の剣をかがんでよけ、頭突きで相手の身体を吹き飛ばし、突進の勢いとともに前足を振ってさらに敵を減らす。
一連の流れに呆気にとられていたサソリたちだったが、ユラユラが我に返って慌てて前に出た。
「止まってくださいー、話し合いがしたいんですー!」
切実な様子でユラユラが叫ぶ。
しかし狼は止まる様子を見せなかった。集中的に放たれた攻撃を側面へのステップで回避すると、回り込むようにして後ろへ攻撃を加えていく。単純な突撃をされていた時よりも振り回されて、人間には戦いづらそうだった。
ユラユラが困惑したように一瞬こちらを向いた。
「参加者さんなんですよね? こ、言葉通じてますよね?」
あまりにも困っているのか、その言葉には間延びした様子すらなかった。
それとは正反対に、この事態になんの責任も感じていないマタタビが気軽な調子で言った。
「止まれと言われて誰が止まるか、と思ってるに一票」
「お。じゃあ素直に話を聞き入れたら不自然すぎると思ってるに一票」
追随するようにグラが言った。
若干嫌な予感を感じながら、サソリも自分の考えを話した。
「……我を忘れてる、とかもありそうじゃないかな」
「そもそも会話できるなんて思ったのはサソリさんの生み出した妄想だったとか」
淡々とカイトに言われて悲しい気持ちになったが、それよりも悲しくなったのはこちらを気遣うようなカバの視線ではあった。
サソリは言った。
「と、とにかく止めないと!」