36、なにをやっているんだろう
街の中では木登りの練習などできないので、必然的に外に出る。人間の姿で街路樹に登るというのであればできないことはないが、意味がないしただの変人だ。
街の外は危ないので、サソリは街を出たすぐの場所で練習をすることにした。その気になれば街の中へ逃げ帰ることができるし、街を出たほかの参加者たちが倒してしまうので周囲に野生の魔物も少ない。
サソリは木を向いて気合を入れてから、それを無意味にするように振り向いた。あまり大きいとは言えない悪魔の姿がある。
「いまさらだけどさ。カイトくんは、どうしてここにいるの?」
「やることがないので」
そんなことを言われてサソリは返す言葉を持たなかった。
その沈黙をどう思ったのか、カイトは言葉を足してくる。
「武器の選択について考えているんですよ。どこで考えても一緒でしょう? なので、ついでに見物でもしようと思ったんです」
「装備屋で考えてもいいんじゃない……?」
見られているとやりづらいな、という気持ちをわずかに持ちながら訊ねる。
ただ、悪魔は首を横に振った。
「外に出たほうが考えがまとまる気がしますね。身体の違いもあるのかもしれません」
そう言われてサソリはあきらめの息を吐いた。おそらく気づかれないだろうという意識を持って。
改めて木に向き直る。
それなりの大きさを持った木だが、大樹というわけではない。魔物の大きさを考えればどこか細くも感じられる。だが登るのに不都合はないだろう。
思い切って足を伸ばす。
「む……?」
まるで足が幹に張り付くような不思議な感覚に、サソリはもう一本の足を伸ばした。次へ、さらに次へ。徐々に木の表面へと体重がかかっていく。
「お、おおお……?」
「どうしました?」
さすがに気になったのかカイトが声をかけてくる。
どうしようもなく湧き上がってくる興奮をなだめながら、サソリは声を押えて返事する。
「落ちる気がしない」
「……よかったですね」
「足が多いからなのか、すごく安定感を感じる。不安だったのが嘘みたい」
それからサソリは、夢中になって何度も上り下りを繰り返した。なにをやっているんだろう、と不思議な目で他の参加者たちから見られていたことをカイトから告げられたのは、しばらくたってからだった。