32、タグ
最初のガイドが名乗ってこなかったことにはなにか意味があるのだろうかなどと考えながら、おとなしく新しいガイドの話を聞く。
タグ、という言葉にガイドはうなずいた。
「そう。タグです」
彼女はこちらのメンバーをぐるりと見回した。
「あなたがたには、目には見えないメモ書き、名札のようなものがくっつけられているのです。これはダイレクトモンスターコントラクトコーポレーションの社員にしか認識することができないものです」
「だからこっちの名前が分かる、と」
「ええ。あなたがたは一度体験したようですが、結魔石への転送もこのタグを使用して行われています。タグと結魔石が見えない糸でつながっている、と考えると分かりやすいかと」
ここで、ガイドは指を一本立てた。
「これから街を案内しながら、神殿にある結魔石に登録しますね。糸を結びなおすことで、再出発の地点をこの街に変更することができます」
「おー」
それは非常に助かる。また敵に倒されて森の中に放り出されるのは御免だった。しかし同時に、街の案内というのは長くかかるものだろうか、とも思った。
サソリは心のうちを表情に出さないように苦心する。正直、すでにお腹が減っていた。
「では行きましょう。あとについてきてくださいね」
言ってから歩き出すガイドに先導されて、サソリたちは歩き出した。わずかに視線を感じる。案内されているのが新しい参加者だと分かっているからだろう。めずらしいものではないのだろうが、わずかな興味が視線をこちらへと向けているらしい。
あるいはマタタビが注目を集めているだけかもしれないが。
歩きながら、そのマタタビが聞いた。
「ねえ、なんで街では人間の姿なの? わざわざそんなことする理由があるわけ?」
「いやぁ、最初は魔物の姿のままでいてもらってたんですけど……」
ガイドがやや口ごもる。どことなく彼女の声には不満そうな気持が込められていた。
「人間用のカレーライスとかラーメンとかを用意したところ、一部の魔物の参加者から苦情が入りまして。いわく、スプーンも箸も持てないから食べづらいとか。口がないのにどうやって食べろというのか、だとか」
「…………」
それは確かに困るだろう。呆れの表情を浮かべてサソリはガイドのあとをついていく。
考えてみれば、魔物には巨人もいるし小さな魔物もいる。巨大な魔物は人間の姿に戻っていなければ、道を進むのに相手を踏みつぶさないように注意しなければならなかったかもしれない。他にもさまざまな苦労があったはずだ。
「わがままですよねー」
などと言っているガイドには、その苦労を理解するつもりはなさそうだったが。
ある程度は参加者の要望を聞き入れてもらえているようなので、そのことをありがたく思うしかないのだろう。