24、辺境の貴族
ゴードン・ジョアンソンは握った拳を怒りとともに机へと振り落した。だからといって痛みなどない。実際には痛いのかもしれないが、それを感じる余裕などなかった。
ただふつふつと、怒りだけが肉体を、感情を支配している。
質素な執務室に残っているのは、もはや秘書だけだ。この憤りを抑える必要などどこにもなかった。
そのまま、机に置かれた目の前の紙を引きちぎりたくもなるが。そういうわけにはいかないだろう。冷静だ。自分は冷静だった。そのことがうとましくもなる。
怒りを机に押しつけた拳にとどめたまま、ゴードンは再度文面に目をやった。
「なにを……なにを考えているんだ! 中央の連中はっ!」
栄光あるドルニカ王国。ゴードンはその辺境を治める貴族だった。だが、栄光とはなんだ? 自分のような辺境の者に負担を押し付け、中央が威張り散らすことか?
痛ましいものを見るような表情の秘書の男に視線を向ける。
「うちに今、新たに領地を開拓できる余裕があると思うか? それも中央の支援もなしでだ」
「それは……残念ながら」
「ああそうだとも。中央の連中はなにも分かっちゃいない。くそっ、やってられるか!」
抑えきれずにもう一度机を叩く。
それからあらげた息を、次第に落ち着かせていく。
「例の、魔物の件はどうなった」
「多種多様な魔物が出現している話ですか?」
「いや……騎士を執拗に狙っている魔物のほうだ」
「調査は進んでおりません。相変わらず、神出鬼没です」
昔からこの土地は、いやこの土地に限らず辺境は魔物との戦いを長いこと続けてきた。それが最大の役目だとも言える。だが最近は、この周辺では生息していなかった多様な生物の姿が確認されている。
そして、まるで恨みを持つかのように騎士たちを狙う魔物まで現れている。これまででは考えがたいことだった。
問題は多い。
しかも最近は、魔物だけを気に掛けるわけにもいかなかった。
「ガラスの王国は、どうだ」
言葉もなく、秘書が首を横に振る。
その様子にゴードンは身体を震わせる。
「魔物の住む魔境に突如現れた、不死の王国だと!? 認めてたまるものか。本当にやつらは人間か!」
忽然と、元からそこにあったかのように存在した、人間の国。ガラスの王国。彼らはガラスの王と呼ばれる未知の存在に従っているのだという。
その住人は不遜な輩が多く、ドルニカ王国の人間とたびたびいさかいを起こしていると報告されていた。しかも、彼らは死んでもよみがえるのだとか。
急激に変化した魔物も、突如現れた隣国も。
問題は山積みになっていた。そして中央からの無茶振りだ。
「やってられるか……!」
彼にできることは、叫ぶことぐらいしかなかったのだ。