2、ありがとうございます
妹の買った荷物を運び、ついでに自分の気に入った本も買って帰ってきた。妹にしてみればそんな本は無駄だということなのだが、お互い様に違いない。
本を読むことの価値というのは、本の内容だけではなく、読んで得た知識をきっかけに生み出される自らの空想も含まれるのではないだろうか、と彼は思った。
だとすると、目の前の光景も空想だろうか。
(……痛い)
つねった頬から指を離す。あるいはその痛みというのは夢がもたらした幻の痛みなのかもしれない。
青っぽい空間に立っている。たとえば電脳の世界のような。よくわからないけれど。床には升目を描くように白い線が走っている。
立っているのは彼だけではなく、大勢の人間がいた。多すぎる人の壁で遠くが見えないほどだ。ざわめきが満ちている。自分と同年代、社会人、背の低い子供もちらっと見えたような気がした。おそらく低学年あたりだろうか。
くわしく確認することはできなかった。
それは唐突に彼の身体が引っ張られて、空中に浮きあがったからだった。逆向きのジェットコースターに突然乗せられたような不快感。前触れもなく、なにより座席もない。
急なことだったけれど、自分だけでなく、他の人間も次々と、つまみあげられるようにぽんぽん浮き上がっているのがかろうじて視界に映っていた。
そして弧を描くように落下する。
叫びはなかった。
すとん、と彼は白い空間に立っていた。
自分以外にも四人ほど人がいる。
最初に意識が向かったのは、やたらと美人な女性だった。強そうな意思が瞳に表れていて、どこか怖い。けれどもそれが気にならないのか、自分より年下の少年がその横で冷めた表情を浮かべている。
女性に対してか、あるいはこの状況にたいしてなのか、女の子が、おどおどとした様子を見せている。最後のひとり、年上の女性が場にそぐわないほんわかとした笑みを浮かべていた。
ふと、彼は上を見上げた。
「うおおおおおおおおっ!?」
叫びとともに、男が降ってくる。
自分が空中を飛ぶより、誰かが飛んでくる方が怖いと彼は思った。思わず反射的に避けそうになる――が、必要のないことに気づく。落下の軌道は直撃コースをとっていない。
叫び声や慌て具合とは裏腹に、きれいに男は着地した。まるでなんらかの力で、そうなることが決まっていたかのように。
ひとり増えて、これで自分をのぞけば、この白い空間に五人。
「……六人?」
思わず声に出た。
上から降ってきたわけでもなく、さらにひとり増えていた。唐突に。まるで最初から、その場にいたかのように。
全員の視線が集まるのを待ってから、最後のひとりは頭を下げた。
「このたびは、ダイレクトモンスターコントラクトコーポレーションの製品をご購入いただき、まことにありがとうございます」