18、パンチ
カバが慣れてくれたとしても、見た目の怖さが変化したわけではないが。ドラゴンより怖いと言われるのは、どうしても釈然としない。
「グラさんはなにを考えてるのか分かりやすいよね」
「かっこいいドラゴンになりたい、ぐらいのことしか言ってませんからね」
カイトがカバから視線をそらして言う。
「かっこよさ、というのを手に入れたらどうするつもりなんでしょうか」
「最強のドラゴンを目指すんじゃない?」
「……似た者同士なだけあって、サソリさんはあの人の気持ちがよく分かるんですね」
「えー……」
ひとまとめにされてしまったため、サソリは困ったように不満の声を出した。
たしかに自分の魔物を強くしたいという点では、サソリとグラは同じことを思っている。だがサソリが欲しいのはファッション性の強さではないのだ。
というか、そういうことなら少しぐらい可愛くなりたい。誰かから怖がられない程度でいいので。
会話が気になったのか、マタタビが近づいてくる。
「なになに。なに話してるの?」
「あー。どんな気持ちでいるのか、みたいなことを話してたんだよ。僕は強くなってみたいし、カイトくんはさっさと帰りたいし……カバちゃんは動物になってぴょこぴょこ歩くのが楽しいみたいだし」
そしてやっぱりカーバンクルは照れたようにしている。
サソリは流れのまま、訊ねた。
「マタタビさんはどんな気持ちでいるの?」
「あたしは……そうね。ストレス解消かしら」
思いもかけないことを言われ、サソリは困惑した。
これまでのふるまいを見た限りでは自由奔放といった雰囲気だったが、実生活ではストレスがたまっているのだろうか。
「よく分かんない状況だけど、せっかくだから、すぱーっと敵を倒してストレスを解消しようと思って。普段はこんな機会ないしね」
ところが、マタタビはそこで顔をしかめた。
「でもストレス解消のために、重大な問題があるのよ」
「重大な問題?」
歩きながらであるにも関わらず、マタタビはこちらに身体を向けて叫んだ。
「武器がないの! あたしが見た説明の絵には描いてあったのに、これって詐欺じゃない! ……街とやらにつけば武器も手に入るのかしらね」
むすっとした表情のまま、マタタビが前を向く。
言われてみればそのケット・シーは服などを着ている割に、武器と呼べるようなものは持っていなかった。
サソリやドラゴンのような生き物は別として、たしかに武器が必要そうな魔物は他にもいる。
「ケンタウロスとかも武器持ってるイメージあるしなぁ」
「なんだったかしら、それ……牛人間?」
「それはミノタウロス。ケンタウロスは半分が馬のほう」
なるほど、とマタタビがうなずく。
「でも馬ならいいじゃない。相手を蹴り倒せばいいんだから。あたしなんて猫パンチぐらいしかすることないわよ」
「うーん……」
パンチの動きをするマタタビ。気品のある服装との落差に、サソリはうめく。
そこで、幽霊とドラゴンの声が響いた。
どうやら敵が現れたらしい。彼らの視線を追えば、緑色の子鬼、ゴブリンの姿がいくつか見えた。顔を醜悪に歪め、奇声とともに草むらを飛び越え襲いかかってくる。
「敵はっけーん! うにゃにゃにゃにゃにゃあ!」
叫ぶとともに素早いステップでマタタビは駆け出し、気づいた時には子鬼の眼前まで到達していた。振るわれた棍棒を身を屈めて避けると、二度、三度と拳を叩き込んでいく。その重い打撃に、耐えようもなくゴブリンは倒れ伏した。
踊るように身体を回転させ、マタタビは次の敵へと挑みかかっていく。
「マタタビさん、つよーい……」
「すごい、です……」
カバも感嘆の息を漏らしている。
結局、ゴブリン達はマタタビとグラのふたりだけで壊滅してしまった。
「がっかりだわ……」
マタタビが肩を落とす。せっかくゴブリンを倒して棍棒を入手したものの、しっくりこなかったらしい。もうパンチだけでいいんじゃないかな、とサソリは思った。