17、白い方向へ
しばらく話していると、ドラゴンのグラが近づいてきた。もっと本当の名前は長ったはずだけれど。
彼は地面に倒れている妖精を見ながら言った。手がひしゃげたり、身体に穴が開いている妖精の身体。
「お前たちも魔物を倒したんだな」
「あ、うん。戦うつもりはなかったんだけど」
「はあ!? 戦わなきゃ強くなれないだろ!?」
「三人じゃ危ないでしょ」
「それは……まあうん、悪かったが。そうだな、戦闘ならドラゴンがいないとだめだな」
むしろ戦闘よりも、行き先を探すのにドラゴンが必要だった。しかし実際には、このドラゴンもまだ飛べないらしい。
飛べないドラゴンなんてただのトカゲじゃない、というマタタビに対して、地龍だってドラゴンだろうが、と叫び返していた。
それにしても、と妖精を見たままグラが言う。
「魔物って倒しても消えないんだな。ゲームだと消えたりするのに」
「幽霊とかは倒したら消えるかもしれませんけど、普通の魔物まで消えたら食べられないじゃないですか」
まさしく悪魔っぽいカイトの発言に、グラが嫌そうに顔をしかめた。ドラゴンの表情を判別する自信があるわけではないが、今回は間違いのないところだろう。
羽の生えた小人を食べたいとは、普通は思わない。
だから、
「白っぽい山がありましたよー。あっちのほうですねー」
場所を探すように頼まれて高く浮かんでいたユラユラの声が上から聞こえてきた時、サソリもほっとして息を吐いた。
街をめざし、雪山の方向へと移動を始める。
「街についたら、ようやく落ち着いて楽しめそうだよね。ご飯の心配もなくなるらしいし」
「楽しむ……そういう気持ちなんですね。サソリさんは」
「え、うん。尻尾とか強くしたいし。合流してよく考えたら、ユラユラさんもグラさんもいるし、やっぱり羽は必要ないよね」
なので気になる部分を集中して強化できる。そして強化したら使ってみたい。
「カイトくんは違う気持ちなの?」
歩きながら会話を続ける。
先頭にはグラとユラユラ。先へ進みたがる青年とそのお目付け役、ということだろうか。それに続くようにしてマタタビが軽快に歩いている。
サソリたちはその後ろ。気質が理由なのか、あるいは人間関係の慣れの問題なのか。なんとなく先ほどの三人ずつのような形になっていた。
「僕はこんなくだらないことは終わらせて、さっさと帰りたいですけど」
「それは……」
「無理だというのは分かってますよ。ガイドさんたちの意図は分かりませんけど、どう考えても人智の及ばない力を持っている。逆らいようがないし、得策でもないんでしょう」
カイトがため息をついている。
サソリは思い出しながら、告げる。
「けっこう逆らうようなこと言ってなかったっけ、君。ガイドさんに向かって」
「別になにを言われたって気にしないでしょう。彼らにとって、僕らは虫けらのようなものなんだから」
本人がそう思うのならそれで構わないが。
ガイドたちの怒りをかうにしても、できれば他の仲間は巻き込まないで欲しい。
そんなことを考えるのは薄情かななどとサソリが悩んでいると、ぽつり、とカイトは言った。
「逆らえないのなら、あなたみたいに楽しめたほうが得なんでしょうけど」
その声には、自分はそうはなれないけれど、というあきらめが混じっていた。
なんと言葉をかければいいのか、とサソリが迷っていると、ぴょこぴょこと一緒に歩いている小動物が声をあげた。
「でも、まだ始まったばかりですから。どんどん楽しいことが、見つかるかもしれませんよ。街にも色々なものがあるでしょうし……えっと、あの、ごめんなさい」
謝る必要はないのだが。
思っていたよりもポジティブなカーバンクルの言葉に、サソリは驚いた。おそらくカイトも同じ気持ちだろう。あるいは、自分よりも楽しめていないだろうと確信していた可能性すらある。
サソリは訊ねた。
「カバちゃんは、えーと、魔物になって楽しいの?」
質問されると、カバは前足を動かして、照れたようなしぐさをした。
その分、歩きが遅れて、距離を取りもどすようにぴょっこぴょっことついてくる。
「ま、魔物が襲ってくるのは、怖いですけど……。でも、カーバンクルの姿は可愛いですし、それに身体がよく動くんです。だからちょっとだけ、楽しくて、えへへ……」
嬉しそうに言うカバの姿に、聞いてみなければ分からないものだな、とサソリは思う。
そして、このまま慣れてくれれば、彼女の怖くないランキングも変動してくれないかな、とも思った。