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163、エピローグ2

 戻ってきた彼女がまずしたことは買い取ることだった。

「ゆずってくれない、これ」

「え、えー? この本ですか?」

 ぱたぱたと歩いて戻ってきた女が、開口一番に本が欲しいと言われて戸惑っている。

 ぽとり、と女が視線を本に落とす。

「まー、まだ読んでませんけど。実は買ってみたものの読書欲が沸かなかったんですよね、この本」

「なんで買ったのよ」

「いやー、演技の役に立つかなーって。あはは」

「不思議なこと考えるわね……」

 こんな変な怪物が表紙に書いてある本を読むくらいなら、もっと原作を読めよ。と思わないでもなかった。

 あとで背景はCGで合成するため屋内で撮影を行っている。小道具大道具の配置された殺風景なスタジオに、人々の声が響いている。

 後輩の女が言った。

「小松さんが欲しいっていうなら構いませんけど」

「お。ありがと。お金は二千円でいい?」

「えっとー……」

 そこは笑顔でただでいいですよとか言っても構わないんだぜ、とか彼女は思った。

 後輩の困った表情を見ながら言う。

「もしかして、もっと高いの?」

「実は三千円ちょっとしました」

「高い!」

 これをサソリたちが購入しているという事実に驚愕する。結局代金を払って買い取り、持ち帰った。それから彼女は出会った仲間たちと連絡を取るためにスマホを操作し始めた。




 病院の一室でカイトは頭を抱えていた。

「失敗した……」

 そんなことも知らねえの、とか挑発されていらだって、思わず怪物の本を買い求めてしまったのが最大の失敗だった。そんなこと知らないからといってどうだっていい。

 ダイレクトモンスターコントラクトコーポレーションのガイドは言った。

 これから二週間、魔物となって敵と戦ってもらうと。

 二週間さえ過ぎてしまえば終わると思ったから我慢していたのだ。これから何度も異世界に呼び出されて、また二週間ずつ敵と戦い続けなければならないなどとは聞いていない。

 激昂してガイドにもう呼び出さないよう訴えたが、慇懃無礼な態度で却下された。分かってはいた。彼女らは自分たちのことしか考えていない。そしてそれを阻止することなどできない。

 振り上げたこぶしをベッドの白いシーツに叩きつけた。

 もう嫌だった。

 異世界に戻りたくない。あのむかつく入院仲間にも会いたくない。せめて家に帰りたい。




 青年は世界記録でも生み出すような速度で昼食を終えると、スマホを取りだし映画を検索し始めた。

「お、これか」

 検索結果に出てきた映画はまだ上映されていなかった。どころか前売り券の発売さえされていない。ただ話題の映画であちこちで大々的に特集されている。

 同僚がスマホをのぞき込んで声をあげた。

「ははぁ、人気ファンタジーの実写化ね。そういうの好きだよなぁ」

「いやいや、違うって」

 青年は画面を下げながら否定した。

「実写とかそういうのは興味ないんだ。ただ、なんていうか……知り合いが絶対見ろってうるさいから調べてみただけで」

「そういうもんか」

「そうそう」

 答えながら、今度思い出すのはせめて前売り券が発売されてからでいいか、と思った。

 そして、そういえば来月欲しい本がとか思いながら、思考の中に消えていった。



 寝た。起きた。

 二度寝の誘惑に抗いながら体を起こして、二度寝した。

 誘惑に勝てなかったということではない。お泊り中なので家事を行う必要がなかったからだ。

 しばらくしてから居間に行き、義弟に挨拶する。

「おはようございますー」

「おはようございます」

 それから足音を立てて、勢いよく扉を開き幼い甥が入ってくる。

「おはよう!」

「はーい。おはようございますー。いつも元気ですねー」

「えへへー」

「悪い夢とか見ませんでしたかー?」

「ううんー」

「そうですかー」

 否定する子供にほっとする。そしてぐにぐにと抱きしめた。抱きしめられた子はわーきゃーと騒ぎ、義弟は苦笑している。

 一応ガイドに確認はとっていたのだが、もしも巻き込まれて甥が異世界に飛ばされていたらと思うと少し不安だったのだ。

 仲間たちとの冒険は必ずしも悪いものだったとは思わないが、幼い子供にとってはよくない影響に違いない。

 自分だけで、よかった。

「今日はどんな遊びをしますかー? またパズルしますー?」

「するー。あとねあとね、車とね、それから公園で――」

「ふふー。そんなにたくさんは駄目ですよー。お昼すぎたら帰っちゃいますからねー」

「えー!」

 不満そうに頬をふくらます幼い子をながめながら、彼女はにこにこと微笑んだ。




 じーっと姉に見られていた。

 庭で犬と遊んでいたもののあっという間に疲れ果て、こんなはずではなかったのにと思いながら家に戻ってきた少女。

 少女は困った様子で言った。

「お、お姉さま? どうかしたの…………?」

「うちの妹がおかしい……」

「え? え?」

 おかしいとか言われても、困る。

 だが姉は少女へと観察するような視線を向け続けた。

「昨日はたしかにもっと外に出て身体を動かしたほうがいい、って言ったけど。それであんな急に庭で遊びだすような、活発な妹だったかしら」

「う」

 確かに今までの自分だったら、なんだかんだ部屋に引きこもって本を読んでいそうだけれど。と少女は思った。

 ただ、もう少し身体の動かし方とかを身につけたほうがいいかな、と思ったのだ。運動神経とか鍛えたいなと。誤算だったのは思った以上にすぐ疲れてしまったことで、異世界にいたときは間違いなくもっと疲れなかったはずだ。カーバンクルの身体が懐かしい。

 ほかの人たちは今頃、なにをしているだろうか。

 姉からの疑いの目にさらされて、現実逃避するように少女はそんなことを思った。




 彼の家にその日のうちに宅配便は来た。

「すっごく早く来た。そしてすっごく値段が高い。ていうか配送料も高い……」

「すごいじゃん! へー、お兄ちゃんの言ってたことほんとだったんだ。ウェブで検索してもまったく売ってるの見つからなかったし、こんなに早く品物が届いてるし……ふふふ」

 配達された品の梱包を丁寧に開けると、そこに入っていたのは一冊の本だった。

 何種類もの魔物の絵が表紙に描かれた、大きな本。

 彼が帰る時にガイドに頼んで送ってもらった物だった。

「読まなければ特に害はないよ」

「冗談でしょ」

 膨れるように妹が言う。

「あれだけ面白そうな異世界のお土産話聞かされてさー。あたしだけ仲間はずれなんてやだよ」

「どっちみち人数的に同じパーティにはなれないけど」

「いーのいーの。あたしも魔物になってみたい! どうしよっかなー。尻尾つながりで九尾の狐とか目指してみるのも……」

 楽しそうに言いながら本を掲げる妹を、彼は微笑ましく見つめた。

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