11、やめておこう
はぁ、とため息をつく。少なくともついた気分にはなれる。変な場所から空気は吐きだされたような気がしたが、それが違和感となって残ることもない。
仲間に置いていかれ、三人だけがこの場に残った。
おびえ、それから困っているカバはともかくとして、悪魔のカイトに視線を向けた。立派なデーモン、というよりは小悪魔な少年といった容貌だった。青白い肌、額に小さい角。背中にはこれまた小さい翼。
サソリはぶしつけにならない程度に観察しながら、話しかけた。
「あの、なんだか平然としてるみたいだけど」
「そうですね」
「追いかけようとか思わなかったの?」
「なんで僕が向こうに合わせなきゃならないんですか」
「…………」
団体行動が必要なんですね、とかガイドさんに確認してたの君じゃん。
そう思ったが、口をつぐむ。
結果が出てしまった以上さらに言い争いをしても無意味だし、なによりカイトを責め続ければ、同じく追いかけなかったカバのことも責めなければならなくなる。震える小動物に厳しい言葉を投げかけるのは心苦しかった。
それから、なんとなく気づいて、告げる。
「そういえば、別の種族でも言葉が通じるんだね」
「……ガイドが用意したテレパシーなんじゃないですか。仲間内で意思疎通できなくても困るでしょうし」
意思疎通がうまくいかなかった結果がこの状況ではあったが。
去っていった三人の方向を振り返る。
「今から追いかけても……すれ違いになるのが怖いかなぁ。ユラユラさんがふたりを連れ戻してくれるのを祈ろうか」
ドラゴンとケット・シーのふたりが意見を聞き入れてくれるかは、どこまでも怪しいところに思えたけれど。
仕方なくサソリは身体を動かし始めた。ぐるぐるとその場を回ったり、ハサミを上下させたり。
カイトが、呆れたものを見たような口調で言う。
「なんで急に踊り始めているんですか」
「いや、やることないし……。せめて新しい身体に慣れておこうかと。でも、不思議だね」
「なにがですか」
「なんだか全然違和感がないんだ。足とか増えてるのに、元からこうだったようにすら思える。すごい適応してる感じ」
「適応させられた、と考えたほうが正しそうですけど」
カイトが訂正してくる。
それから、こちらの身体を左右に眺めてから言った。
「尻尾とか、短いけど大丈夫なんですか。敵まで届きそうにないですけど」
「んー?」
「うわ、伸びた」
身体の後部を持ち上げて、尻尾を前方に動かしてみせる。
それまで興味なさげだったカイトの言葉に、どことなく驚きが混じったように感じられた。
「そうだ。実際に敵と戦う前に、模擬戦でもしてみる?」
「模擬戦……」
サソリの言葉に、カイトは少し考え込んだあと訊ねてきた。
「その尻尾って、毒とかないんですか」
「あるね。まだ弱い毒だけど」
うなずく。
カイトが、それまで気にしていなかったカーバンクルへと振り返った。
「あなたは、解毒できますか」
「え、あ……まだ、覚えてないです。ごめんなさい」
その言葉を聞いて、カイトがゆっくり振り返ってくる。それから言った。
「やめておきましょう」
「うん、やめておこう」
どんな事故があるか分からない。ちょっと考えなしだったことを認めて、サソリも同意した。