102、ハイランド・トリスペロー
空間転移の魔法によって魔物たちの前から姿を消したハイランドは、遠く離れた森の中で荒く息を吐いた。街まで転移できれば楽だったのだが、これほど難しい魔法でそこまで転移するのはハイランドほどの大魔法使いにとっても容易なことではなかった。
「ちっ……」
舌打ちしてから魔法で怪我をふさぐ。痛みもじきに消えるだろう。
あの取るに足らない昆虫のような魔物の尾によって負った怪我。他に優先することがいくつもあったため、注意が回らなかった。大した怪我ではなかったし、もうすでに癒して傷の跡もないが、それでもしゃくに障る。
この借りは必ず返してやるつもりだった。
まずはあの虫から仕留めてやろう。
透明化の魔法を使えばこちらに気づくことすらできないはずだ。
そして、仕掛けるのは封印がいい。殺したはずの魔物が平然と生きていてこちらをつけ狙っていたことを考えると、残念だが殺すより封印のほうが間違いがない。
人間の冒険者のほうは普通に殺すので構わない。余計なことを見られたからには口を封じておくに限る。もともとそうするつもりだった。
ハイランドが思考をまとめていると、大型の魔物が近づいてきた。黒い毛並みが、なんとなくあの狼を思い出させる。
二足で立ち上がり襲い掛かってくる魔物に対し、ハイランドは魔法で迎撃しようとした。
「…………?」
そこで気づいた。
なぜか息苦しい。そして、身体がうまく動かない。
迫る魔物の腕を前にして、しかし思い出したのは自分に怪我をさせた虫のような魔物。あの尾の、鋭い先端。あれには、まさか。
(まず、い……)
はやく癒さなければ。
だが、その時間はハイランドにはなかった。