10、異世界でおいてけぼりの三人
なにか身体に力が加わったわけではない。まばゆい光が放たれたわけでもない。
だが、サソリには空間が揺れた瞬間が見えた気がした。
視界に映った色が変わる。
そして彼らはそこにいた。森の中、鳥の鳴き声がどこからか響いている。なにもなかった先ほどの空間と違って、自然の匂いがする。暖かな太陽の光。自分の足が――何本もの足が地面を踏みしめているのをはっきりと感じた。
自然と声があふれた。
「わー、わー。浮いてますねぇ。ユラユラですよー」
「うわっ、こわっ。幽霊が左右に動かないでよ。あ! あたし尻尾生えてる!」
「うおおおおおおっ。ドラゴンだぜ!」
「おお……帰ったら自慢しよ」
自分よりもどちらかというと目の前の光景に感動して、サソリはこれを妹への土産話にすることを決めた。
幽霊は身体も衣服も半透明で、頭まですっぽりと覆う形のフードつきのローブを着ていた。地面よりもすこし上にすそが揺れていて、身体全体が頼りなく浮かんでいる。聞こえてくる女性の声の若さとは裏腹に、その顔は老人の、しかも男性のように見えた。
その幽霊に気を取られていたものの、次第に自分の尻尾を追いかけまわし始めたのは、二足歩行の猫だった。鎧のような防具には見えないものの、青と赤のかっこいい服を着て、ズボンを履いている。果たしてどのようにして尻尾が飛び出しているのだろうか。その猫の魔物はどことなく気品のあふれる見た目だったが、自分の尻尾を追いかけてくるくると回る仕草で台無しだった。
「がぁあああっ!」
と、わざわざ魔物っぽく叫んでいるのは、ドラゴンになったことへ興奮している青年、グラだった。黄色い鱗。鋭い眼差し。その背中には翼。吼えた口の中には鋭い牙が見える。だがいかんせん小さかった。二足歩行のケット・シーと同じくらいの背丈だろうか。成長することでこれから立派な竜になっていくのだろう。
声を出していない残りふたり……カーバンクルのカバと悪魔のカイト。
カバは恐る恐る、というように少しずつ身体を動かしていたが、けれども動物の姿になったことにどこか楽しそうに見えた。
もうひとり、悪魔になったカイトはくだらなそうに他の様子を見ているようだった。自分の身体が変化したことに興味がないらしい。すこしぐらいはしゃいでもよさそうなものだが。
ただ、気楽な気持ちでいられたのはそこまでだった。
グラが大きな声で宣言する。
「ようし、さっさと魔物を倒してドラゴンを強くしてやるぜ!」
言うのと同時に、というよりか言うよりも早くドラゴンが森の奥へと駆け出した。その身体の大きさに見合わず、意外と速い。まるで跳ねるようだった。
さらに猫のマタタビまで、その二本の足で地面を蹴って走り出す。
「待ちなさい! 抜け駆けなんてさせてたまるもんですか!」
「あ、だ、だめですようー。みんなで行動しなきゃー」
それを押さえようと、幽霊のユラユラまで追いかけていく。
自分も追いかけたかったが……数歩進んでから、サソリは足を止めた。後ろを見るとカーバンクルは怯えて動かず、悪魔はわれ関せずとその場に立ったままだ。追いかけないと。そう声をかけても様子は変わることはなかった。
二人だけ置いていくわけにはいかない。サソリは呆然と、小さくなって木々の向こうに消えていく三人を見送るしかなかった。
「い、いきなり仲間が分断された……」