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女嫌い皇子、振り回された後に落下

 何処かに勝手に消えた蜜蜂姫。ルタはリシュリと女騎士2人を伴って、馬で街へ向かった。この2人の女騎士、アンリエッタとカールはかなり無遠慮で喧しい。流星国では騎士ではなく侍女で、大人しかったのに真逆の態度。


「ティア様は思い込みが激しいので、貴方様を運命の相手だと信じて疑いません。なので、何を言っても無駄です。袖にするより惚れる努力をして下さい」


「そもそも、弱小貧乏田舎国の朴念仁の癖してティア様を気に食わないなどという、身の程知らず。ティア様の隣に相応しくなって貰うからな」


 左右からルタに文句を言う女騎士達。赤っぽい金髪で小さい方がアンリエッタ。青っぽい金髪で大きい方がカール。2人がルタを無視して、互いを睨み出した。


「アンリエッタ、馬鹿か?」


「カール、馬鹿なの?」


 バチバチと火花が散っているような2人の睨み合い。


「ティア様の見る目を信じないなんて護衛騎士隊長失格ね! 育てるなんて傲慢よ!」


「護衛騎士隊長はこのチンチクリンを素晴らしき男に鍛え上げるこの私だ!」


 ルタは馬を少し前に進めて、2人の睨み合いの間に入った。だから女は嫌いだ。可愛い振りをして勝気で、生意気で、人の話を聞かない。


「御二人はその若さで護衛騎士隊長候補何ですか?」


 お前、今それを聞くか? リシュリ。ルタは振り返ってリシュリを睨みつけた。


「候補? ティア様の唯一無二の護衛騎士隊長は私。アンリエッタよ」


「候補だと? ティア様の唯一無二の護衛騎士隊長は私だ。このカール」


 リシュリはルタを無視して、アンリエッタとカールを交互に見た。


「護衛騎士隊長なら、ティア様を見つけられますよね?」


 リシュリの一言で、アンリエッタとカールは自慢げに胸を張った。


「勿論だ。ティア様は煌国で仕入れたものを配布するのでしょう。雇った人間で炊き出しもする。昨夜のうちに手配されていましたから。このまま、街の中心部へ向かえば会えます」


「勿論見つけられるわ。街の中心部にて、炊き出しや配給をする予定でしたから」


 うんうん、と頷くリシュリ。


「炊き出しに配給? あのー、流星国はどういうつもりでティア姫様をこの国に? 我が国としては政略結婚万々歳なのに、断られました。煌国からも圧力を受けているのですが……」


 こういう時、リシュリはとても頼もしい。聞きにくいことをよくぞ聞いてくれた。さすが、第1側近。


「そうです。はあ、ティア様……私財を売り払ってしまって……。政略結婚万々歳? そこの朴念仁が嫌だとゴネるから仕方なしに、こういう話になったのではないですか」


 ルタはカールに睨まれた。


「あれだけ美しいティア様に装飾品は必要ないし、本人の持ち物を好きに使うのは良いんじゃない? そうです。ルタ皇子が嫌だ嫌だと言うのに、ティア様は夢中だから歩み寄る機会をという話ではないですか」


 今度はアンリエッタに睨みつけられる。


「私は嫌だなどと、一言も申しておりません」


 口にした途端、アンリエッタとカールは更にキツく睨んできた。


「フィズ国王陛下は毛嫌いしている相手と政略結婚させるなど、流石に娘が可愛くてもそんな卑劣な真似は出来ない。煌国御隠居様に頼んで、断り易いようにとまで手配してくださった。何にも見抜けないこの朴念仁! 見る目無し!」


「そうです! この朴念仁! 言っておくが、フィズ国王やエリニス王子、レクス王子は大蛇国王太子ジョンから飛んでくる火の粉も振り払っているんだ。舞踏会会場で、いちゃもんつけられて捕縛されなくて良かったな。この国は遠いし煌国属国だからともかく、お前なんぞは王子達がいなかったら流星国内でジョン王太子に罠を仕掛けられて死刑台送りだったぞ」


 王太子ジョン? 誰だ? 挨拶した中にはそんな男はいなかった。


「王太子ジョン? エリニス王子とバチバチ喧嘩しそうだった? そう言えば、ルタ様はずっと離されていましたね。なんていうか死角? 挨拶すら却下という雰囲気でした」


 リシュリの言葉で、舞踏会での事を思い出してみるが思い当たらない。蜜蜂姫と踊った後はフィズ国王と謁見。次はテュールとリシュリと共にベランダ。その後はずっとエリニス王子とシャルル王子の関係者と居た。確かに周りに人が多くて、その向こう側はあまり見えなかった気がする。


 ルタは髪を掻いた。つまり、どういう事だ?


「1年。岩窟龍国で自由を与えよう。評判最悪のジョン王太子の第3側妃か煌国の正妃。どちらか2択。小さな国の王族に生まれたのだから国を背負って、祖国繁栄に尽力するように。それがティア様への説明です」


 属国である流星国の騎士の一人なのに、王太子を「評判最悪」なんて口にして良いのか? カールはブスッと不機嫌そうに唇を尖がらせた。


「告げ口しないという信頼です。煌国次期皇帝陛下の正妃。これなら大蛇の国王太子第3側妃を断る理由として十分。流星国は何とか本国に攻撃されないでしょう」


 アンリエッタがニコリとルタに笑いかけた。ルタの次はリシュリ。


「うへー……。ジョン王太子ってあだ名が血みどろ王子でしたっけ? 屍肉を食べたとかそんな噂があるって……。煌国次期皇帝陛下の正妃って、後妻にって事です? 側妃が10人くらいいるのに正妃かあ。前妻は確かイジメにあって病気になって亡くなったとか……。うわー、美女ってある意味災難……」


 呻いたリシュリと同じように、ルタも呻きそうになった。確かに、災難。というか厄災。


「それでティア様は私に逃避を? しかし、煌国次期皇帝が正妃に望んでいる娘と私が婚姻など許されない。リシュリが話した通り、圧力をかけられています。私が逃げ易くと申していましたが、そうは思えません」


「いいえ、関係なく夢中なようです。フィズ国王は煌国御隠居様の愛息子。ティア様は愛孫。煌国の事ならどうにかなると。望まれていない相手に権力かざして嫁ぐなら、望まない相手に嫁いで相手や環境を受け入れる努力をしなさい。それか権力かざして嫁になるなら、人道は守りそれなりの行いをしなさい。それがフィズ国王からティア様への説教です」


 冷笑のアンリエッタ。この冷めた微笑みの理由は何だ? っていうか何ていう父親だ。どういうか王だ。何がしたいんだ? 説明されたが、何だか腑に落ちない。


 坂を登りきり、眼下に街が見えるようになると街の中心部に人集りが見えた。かなり大勢の者が集まっている。


「ティア様は貴方に気に入って貰って、妃になる野望を抱いて乗り込んできた。世は因縁因果。生き様こそ全て! 裏切りには反目。信頼すれば背中を預ける。それが我が国の誇り。私はティア様の護衛騎士隊長。ティア様が貴方を信頼する間、盾となります」


 アンリエッタがルタに向かって抜剣してきた。腰に下げるナイフを抜いて、刃を受ける。言ってることと、やっていることが違くないか?


「ティア様はそんじょそこらの女とは違う。何をするかその曇った目を晴らして見定めよ! さあ逃げろ。逃げてみろ。逃げれるものなら逃げてみろ。我等の姫は甘ったるいのに甘くないぞ! ティア様が目を覚まさぬ限り貴様の下僕、剣となろう!」


 今度はカールが切り掛かってきた。ルタは反対側の腕で剣を抜いて、カールの剣を受ける。だから、言っていることと、やっている事が違う!


「腕が立つ皇子というのは本当だったなアンリエッタ!」


「腕が立つ皇子というのは本当だったわねカール!」


 あははははは! と高笑いしながら馬を蹴って走り出したアンリエッタとカール。


「主共々、何たる傍若無人! 俺は女なんて嫌いだ! 特にお前達みたいな身勝手な性格の奴らはな! 即座にのしを付けて返してやる!」


 思わず、叫んでいた。


「ルタ様がティア姫に惚れたら万々歳なようですね。本当なら、ですけど。で、ティア姫。ルタ様を誘惑し、口説きにきたのに炊き出しと配給とは何ですかね? 服も随分質素で舞踏会みたいに化粧も無し。まあ、それでも絶世の美女。寝顔を想像できて良いです」


 確かに、殆ど素のままの顔。元々、幼い顔立ちだがよりあどけなく見えた。無防備で無邪気な雰囲気。つい寝顔を想像して、やはり可愛らしいよなと思ってしまった。ルタは余計な軽口を追加したリシュリの背中を殴りつけた。


「お前はその余計な軽口を止めろ。それにしても、お前の言う通りだな。蜜蜂姫は何しに来たんだ? 炊き出しに配給? そんな財源……」


 あれこれ言われて、聞き流したが思い出す。


——はあ、ティア様……私財を売り払ってしまって……


 私財を売り払った?


 街の人集りへ行くと、蜜蜂姫は本当に炊き出しをしていた。本人は不在。アンリエッタが指示を出している。カールが先程の猛々しさは幻というように、愛想笑いを浮かべて麦、砂糖、服、布などを配っていた。何故か龍国兵がテキパキ働いている。市民の女達も仲間になっている。リシュリが情報収集したところによると、なんかよく分からないうちに蜜蜂姫に従っていた、らしい。王族なので人を扱う事に慣れているのかもしれない。それに愛嬌。多分、それ。


 人ゴミの中、蜜蜂姫を探す。街の外れで皇国兵に囲まれていた。ルタと目が合った時の蜜蜂姫は、まさに愛嬌たっぷりだった。花が開花したような、明るい笑顔。頭の上に蜜蜂もどきを乗せ、何故か頬に土をつけている。手には鍬。何で鍬? 兵も同じで鍬を持っている。


「手伝ってくださるのねルタ様。それならカールを頼みます。(わたくし)、国民の人数は目算なので、指示した配給量が正しいのか分からないのです。心配してくれていましたし、来てくださると思っていました」


 祈るように両手を握りしめて、左右に少し揺れる蜜蜂姫。近くの龍国兵に声を掛けられ、耳打ちされて頬を赤く染める。龍国兵に何て言われたんだ?


「そんな、お妃様だなんて。ええ、そうです。短くても1年はお妃扱いです。その間に、ルタ様が推進している水路整備をしようと思います。煌国で雇った方に頼む事にしてあり、先程会った官吏の方へ託しました。(わたくし)は畑です。試してみたい種を持ってきました。皆様、仕事の合間に手伝ってくれるそうです。働き者ばかりで良い国ですね」


 はにかみ笑いをした蜜蜂姫の台詞に、ルタは耳を疑った。


「しかし、困りました。聞いて回ったらルタ様は大変働き者。まるでレクスお兄様のよう。働き死にしてしまいますから、手伝ってもらうより休んでもらうべきでしょうか? フェンリス、プチラ、レクスお兄様を助けるようにルタ様に助力して下さいね」


 鼻歌混じりでルタに背を向けた蜜蜂姫。その頭の上から蜜蜂もどきがルタに突撃してきた。次は黒狼。空から降ってきた黒狼に、体を囲うように寄り添われた。市民から感激のような声が次々と上がる。フェンリスではないが、名前が分からないのでフェンリスと呼ぶしかないのか? 流星国の白狼もだが、死の森を根城にする凶暴獰猛で、時に村1つを破滅させることもあるという大狼だよな?


 化物狼とも呼ばれるが、下手な人間より賢そうな瞳をしているので化物とは思えない。黒狼が尻尾でルタの背中をベシリと軽く殴った。次は前足で脛を蹴られる。頭部を揺らして、蜜蜂姫を示す黒狼。


「フェンリス……いやフェンリス殿……。ああ、ああそうだ。彼女が働くのに私が何もしない訳にはいかない……」


 この獣を呼び捨てなど、畏れ多い。ルタはよろよろとした足取りで蜜蜂姫を追いかけた。振り返った蜜蜂姫が、あまりにも屈託無く嬉しそうに笑うので、ルタは彼女を直視出来なかった。少し熱い。風邪でも引いたか?


 何かが——ストンと落下する音がルタの耳の奥に木霊した。


☆★


 こうして、蜜蜂姫は岩窟龍国で暮らし始めました。ルタ皇子は蜜蜂姫の良いところを見つけたかもしれません。というより、深い谷底へ落ちたかもしれません。

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