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女嫌い皇子、振り回される

 玉座の左隣、ルタは龍の間に現れた蜜蜂姫に思わず見惚れた。龍の間の中央を堂々としながらも、しなやかな動きで歩いてくる蜜蜂姫。何て雅なのか。玉座右隣に立つ2人の兄、宰相テュールに、部屋の左右に居並ぶ官吏達から次々と感嘆の息が漏れる。

 

 見た目の端麗さはもう知っている。宝飾品を1つも身に付けず、質素な白地に青い花のワンピースにズボンという姿なのに、輝かんばかりに美しい。ドレスはどうした? それにティアラやネックレスも無い。


 蜜蜂姫はこれまた優雅な物腰で深々と会釈をした。


「初めまして岩窟龍国皇帝陛下ベルグ様。流星国国王フィズ・ヴァナルガンドの娘ティアと申します。此度は我が身を一時預かっていただけるということで、大変感謝しております。お世話になりますので、あれこれ用立てて参りました。滞在中も穀潰しにならぬように働きますので、どうぞ何なりとお申し付け下さい。お役に立てそうなことを、こちらにまとめてあります」


 何だって? 龍の間中、ハテナが浮かんだような空気。蜜蜂姫の後ろから従者が2人共歩み出てきた。確かフィズ国王の側近。今回、蜜蜂姫の従者としてついてきた男達。白い紙を盆に乗せて両手に持っている。


「結納品のリストでございます」


「ティア様の公務提案書でございます」


 皇帝の前で片膝をついて、両手で盆を前に差し出す2人の従者。結納品? 公務提案書? 父は愛想笑いのままだが、他の者は動揺を隠せていない。


「お初にお目にかかりますティア王女。話はフィズ国王より聞いております。遠路遥々ようこそいらっしゃいました。して、結納品とはどういうことでしょうか?」


 父の問いかけに、蜜蜂姫が顔を上げる。花が咲いたような笑顔。


「そのままの意味でございます皇帝陛下。いえ、お父様。(わたくし)、大恥晒しになりたくありませんので励みに励み必ずやこの国の妃となります。認めて下さった暁には、岩窟龍国からも結納品をお願い致します」


 はあ? ルタは必死に眉根が寄りそうなのを我慢した。お父様? 大恥晒し? 必ずやこの国の妃となります? 蜜蜂姫の発言に、龍の間内が騒つく。


 蜜蜂姫は急に泣きそうな顔になった。空色の瞳を潤ませた、泣き笑い。父は澄まし顔だが、驚きを隠しきれていない。ルタも何を話して良いのか、尋ねて良いのか分からない。蜜蜂姫は一体どういう説明を受けて、この国に来たのだろうか? 煌国へ嫁ぐ為の文化学習と花嫁修行が名目の筈。


(わたくし)、蝶よ花よと育てられ、大切にされてきました。更にはこのような我儘まで聞いてもらっております。ルタ皇子の正妃になれぬなら、諦めて煌国へと嫁ぎます」


 何だって? 蜜蜂姫がルタを見る。とても悲しそうな表情をしているので胸が痛い。龍の間の全員がルタを見つめる。


「我が国はティア王女を三国一の王女だと自負しております」


「袖にされたままなど大恥晒し。もう少々見定めていただきに参りました。そういうお話でしたよね?」


 従者2人がルタを真っ直ぐに見据えている。これは、どういうことだ? ルタは父を見た。次にテュール。これは何の罠だ? 煌国からは、ティア姫を袖にするように命令されている。しかし、嘘? ここで断ると岩窟龍国は煌国に潰されるのか? 流星国は、岩窟龍国との政略結婚は却下では無かったのか?


「行き違いか誤解があったようでございます。アクイラ殿、オルゴ殿、少々話をしたいのですが宜しいでしょうか?」


 テュールが一歩進み出た。


「いいえ。煌国先代皇帝陛下から進言があったと思います。その通りです」


 ああ、と納得する。煌国の権力を傘に着たフィズ国王からの要求。


——娘を即座に失恋させろ


 蜜蜂姫だけが「岩窟龍国の妃になる」と張り切っているという訳か。何て厄介なやり取り。大掛かりな芝居。恋を諦めさせるためにこんな事までしてやるなんて、親馬鹿にも程がある。それに、恋といっても勘違いと思い込みで恋に恋しているだけなのに。ルタは心の中で呆れた。それに情けなくなった。弱小国だから、こんな事にまで振り回される。


「そうですか。少々確認を致しましょう。ルタ、ティア様を名所へ案内して差し上げなさい」


 その途中で幻滅されてこい。父の思惑はそんなところ。目が合ったテュールも小さく頷いている。流星国は約束通り、この馬鹿らしいやり取りに対する見返りをくれるのだろうか?


 ルタは階段を降り、蜜蜂姫の前に立った。愛想笑いをしなくて良いので助かる。しかし、礼儀は忘れてはならない。難癖つけられたら困る。


「どうぞティア様」


 軽く会釈をして、腕を差し出す。不安そうな顔で、ルタを見上げる蜜蜂姫。怯えきった小動物みたいで胸が痛い。恋に恋する、ではなく政略結婚前に羽を伸ばしたかったのかもしれない。


 そろそろ、と蜜蜂姫の手がルタの腕に触れた。小さく震えている。ルタは父と蜜蜂姫の従者に軽く会釈をして、蜜蜂姫と共に龍の間を去った。後ろに蜜蜂姫の護衛女騎士2名と、官吏の列からサッと出てきたリシュリが続く。


 無言で皇居の廊下を進み、何処に行くかを考える。


「あの、ルタ様。(わたくし)の嫌いなところが何かを教えて下さいますか?」


 突然ポツリと呟いた蜜蜂姫。ルタは足を止めた。蜜蜂姫の方へ視線を向ける。彼女は俯いて床を見つめていた。


 いきなりどうした? しかし、絶好の機会。辛辣な言葉を投げて、傷つけるのが今のルタの仕事。蜜蜂姫が眉間に皺を寄せた顔をルタに見せた時、彼女の背後にブーンと蜜蜂もどきが飛んできて驚いた。岩窟龍国まで連れてくるとは思わなかった。おまけに皇居にまで連れてきたのか。しかし、産毛が赤い。緑色だった筈なのに真紅色。


「嫌いなところ? 自分勝手で我儘なところとか、うんとある。とにかく、付きまとうな」


 これだけ言えば、泣きべそかいて帰国するだろう。


「き、き……」


 みるみる顔を真っ赤にして、涙目になった蜜蜂姫。少々良心が痛むが、迷惑なのだから仕方がない。蜜蜂姫の頭上を蜜蜂もどきがグルグル回る。蜜蜂姫が泣いた瞬間、襲いかかってくるのか?


「きゃあああ。素晴らしいわルタ様。妃になるティアをもっと良い女にしてくれようとするなんて大人な紳士ですね。ティアはまだまた子供なので励みます。そうです。人伝で人柄を知って貰うべきです。街に出てきます」


 はあ? 泣くどころかティアは両手を握りしめて嬉しそうに左右に揺れた。おまけに「うっとり」という表情。


 これは、可愛い。いやいや、見た目に騙されてはいけない。女は敵。鼻歌まじりで遠ざかっていく蜜蜂姫。街に出て何をするつもりなんだ? ルタは慌てて後を追った。あまりにも予想外の返事に、少し放心していたので遠い。


「プチラ、聞いた? 嘘偽りなく指導してくれるなんてやっぱり素敵ね。直すべきなのは我儘と自分勝手よ。誰かの為に働けば自然と改善するわ。考えてきた内容と似ているから大丈夫ね」


 嘘偽りなく指導⁈ どんな思考回路をしているんだ。蜜蜂もどきの脚を掴んだ蜜蜂姫。空に飛んで行く。


「おい、待て! 人の話を聞いていたのか⁈ あと危ないから降りてこい!」


 煌国の妃がねが岩窟龍国で大怪我したらどうなる? 岩窟龍国はぺちゃんこ。それがなくても、流石に目の前で女性が怪我をするの何て見たくない。


 ルタが叫んだからか、屋根に降り立った蜜蜂姫。その前に、黒い影が現れた。黒毛艶やかな巨大狼。


「う、嘘だろう?」


 普通の犬の何倍だ? 猛々しい猛獣の目の前でポカンとしている蜜蜂姫。


「ティア様!」


「ティア様お逃げ下さい!」


 ルタが駆け出したとき、背中に女騎士2人の悲鳴のような叫びがぶつかった。


「フェンリス! まあ、貴方も反抗期? プチラと違って赤ではなく真っ黒ね。それに、いきなり大きくなったわね」


 フェンリス? それは流星国にいた白狼の名前。どっからどう見てもあれは、流星国にいた白狼フェンリスではない。それなのに蜜蜂姫が黒狼に抱きついた。黒狼はジッとしている。


「フェンリスがいれば1000人力ね」


 黒狼に飛び乗る蜜蜂姫。黒狼は蜜蜂姫を乗せて屋根の向こうへと消えていった。



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