思い込み激しい蜜蜂姫、張り切る
大陸中央、流星国からみて東の地。岩窟龍国へ蜜蜂姫は留学生としてその身を預かってもらう事になりました。王族として、見識を広げる為というのが名目です。提案者の、蜜蜂姫の父である流星国国王の思惑は誰にも分かりません。
本国王太子が蜜蜂姫を側妃に望んでいる。蜜蜂姫とルタ皇子の婚約誤解騒動にてその王太子が怒り出した。蜜蜂姫は王太子を毛嫌いしているが断れないので時間稼ぎ。流星国の城内ではそういうような噂が立ちました。大蛇の国には歴史的大嵐が近寄っています。まだ水面下の話で蜜蜂姫をはじめ、殆どの者は知りません。
一方、岩窟龍国へ同盟大国の煌国からこんな話が来ました。蜜蜂姫をなるべく早く失恋させるように。煌国は流星国国王の出身国。彼の父、先代皇帝から岩窟龍国皇帝へ、わざわざ文が届いたのです。
岩窟龍国としては、流星国経由で大国の煌国とより強い縁を結びたかったのにここまで政略結婚を拒否されてガッカリです。歯向かうと、煌国との同盟破棄にもなりかねません。ルタ皇子は内心ガッツポーズ。大手を振って蜜蜂姫を袖に出来るからです。ルタ皇子は女性にトラウマがあるので、蜜蜂姫に対して偏見たっぷり。
2人はどうやって結ばれるのでしょうか?
☆★
【岩窟龍国】
聳え立つ山脈はキラキラと輝き放つ。大陸1の高さを誇るユルルングル山脈の頂上付近には、万年雪が積もっている。そこに月灯りが乱反射。闇夜を照らす星が増えたように感じる煌めき。
ティアは窓の外の光景に目を奪われて、また読書を止めてしまった。岩窟龍国はその名前の通り、岩山を切り開いて造った国で龍の名前のつく山の加護を受けている。手元の歴史書にそう書いてあり、眼前のユルルングル山脈は、確かに神が住まう山と呼ばれるだけの神聖さを醸し出している。
「煌国から見るユルルングル山脈とは随分違いますねカール、アンリエッタ。それともティアの今の気持ち分、美しく見えているのかしら?」
カールは腕立て伏せ、アンリエッタは読書を止めてティアに顔を向けた。
「私には全く同じに見えます」
「そう? 角度が違うので形が違いますねティア様。カールは何もかも雑。聞くだけ無駄です」
2人の間に火花が散りそうになったので、ティアは間に割り込んだ。アンリエッタとカールは2人同時にティアへ体を向けた。
「アンリエッタなんて相手にしている場合ではない。ティア様、此度の留学の件について理解していますよね?」
「カールなんて相手にしている場合ではなかったわ。ティア様、全く歓迎されていないのは分かっていますよね?」
非難の視線に、ティアは軽く仰け反った。
「きちんとお父様とお母様から説明されました。ルタ様、私を見つけてくださったけど、愛は芽生えていないそうです」
これにはガッカリした。指摘されてみれば、確かに浮かれていたのはティアだけ。勝手に婚約などと思い込み、言いふらしたので両親と宰相バースに説教された。
「ティアはジョン王太子に狙われていて、逃して貰ったのよね? あの人嫌い。いつも血の臭いがするの。難癖つけて、すぐに家臣や民を罰するそうよ」
罰する、の意味が首を刎ねることだという噂。ティアは少し身震いした。社交場で会うたびにニヤニヤ、いやらしい視線を投げてきていたジョン王太子。嫌いではない。大、大、大嫌い。あんな人の妃になるなら、城の屋上から飛び降りる。そうすると流星国はどうなるのだろう? 絶対に酷い仕打ちをされる。想像に容易い。父や宰相達は、ティアを守るのに苦労しているに違いない。父や宰相の庇護が無理になった時、ティアは諦めて血の匂いがするジョン王太子の妃にならないといけない。それか、煌国。
「この国での暮らしは、煌国への嫁入り準備です。次期皇帝陛下の正妃。これなら大蛇の国王太子第3側妃を断る理由として十分」
アンリエッタの説明は、もう父と母からも言われてきた。気が重くてならない。正妃といっても後妻。側妃が10人もいる相手。ティアは手に持つ本を胸に抱き締めた。エリニスやレクスが、3人だけでいる時に俺達に任せろと頭を撫でてくれたことを思い出す。
「お父様はティアに機会を与えてくださいました。望まれるなら岩窟龍国も検討しようと言っていました。岩窟龍国に望まれたら、お爺様に頼み込むと。1年、岩窟龍国で好きに過ごして良いとはルタ様に望まれる機会を与えるということです。よってティアは18年間の生き様をこの国に、ルタ様に披露します!」
話を聞いてから、うんと考えてきた。アンリエッタとカールはティアの背中に腕を回し、優しく撫でてくれた。
「あのルタ皇子の何処をそんなに気に入ったのか……もう聞いたので話さなくて結構。決意は固いと良く分かりましたので、好きにして下さい。まあ、道中立ち寄った煌国で私財を売り払ってしまった時点でもう分かっていましたよ」
「明日から私とアンリエッタもこの後宮とやらや城下街で働きます。ティア様を応援します。政治情勢、ルタ皇子の噂などあれこれ盗んできます」
ティアはありがとう、とカールとアンリエッタに笑いかけた。
「一緒に来てくれた、アクイラとオルゴも力を貸してくれます。父娘揃って手伝ってくれるなど、ティアは果報者。何にでも、始まりはあるのです。運命の皇子様と結ばれるのに、試練はつきもの! 為せば成る為さねば成らぬ何事も!」
ティアは拳を握って、天井に突き上げた。
「なんです? その言葉」
「お父様の座右の銘です。ここに書いてあります。強い意志をもって実行すれば必ず成就するという意味です。父上の生き様が証明しています」
ティアは父が用意してくれた手書きの本をカールとアンリエッタに見せた。父は努力して流星国を建国した。まだ国ではない時、領主だった母に一目惚れして、婿入りしたらしい。聞く相手が変わると、話の内容も変わるのでいつも真実が分からない。母が辛い病の時から献身的に支え続けたのは知っている。おとぎ話の「醜い姫と流れ星」そっくりな話なので、父と母の馴れ初めはとても好き。
「お父様からのこの政務内容の写しを元にティアは立派な女性になります。そうすればルタ様に望んで貰えます」
取り敢えず、到着が夜になり正式挨拶は明日。ルタ皇子の父、岩窟龍国の皇帝ベルグにルタ皇子の2人の兄ゼルグとシエルとは謁見したが、疲れているだろうから明日改めてと気を遣ってもらった。必要そうな献上品は持ってきたし、どう働くかも考えてきた。
明日の挨拶の口上をもう一度練習しよう。そう思った時、窓を軽く叩く音がした。プチラが触覚でガラスをペチペチしている。
「あら、プチラ。帰ってきたの。寒いから窓を閉めてしまっていたの。今、開けるわね」
ティアより先にカールが窓を開けてくれた。ブーンとプチラが入室してくる。
「流星国とは違う景色で楽し……プチラ、反抗期なの? 真っ赤になってしまって」
ティアの胸に飛び込んできたプチラの産毛が赤い。緑から赤に変わってしまった。生まれてからずっとプチラと育ったが、こんなこと初めて。ティアはさわさわと産毛を撫でた。他はいつもの変わりない。特にティアを大好きというような、親しみこもった若草色の3つ目なんて普段通り。
「ティア様、そいつはプチラじゃ無いのでは?」
カールがそう口にした途端、プチラはティアの胸から飛び出してカールの周りを旋回。目を真っ赤にして怒っている。その後、カールの顔の前で威嚇するように脚を動かすプチラ。
「ほら、プチラじゃない」
「しかし、大きさも少し違いま……。分かった。分かった! 貴方はプチラです」
プチラがカールの頭の上に乗り、前脚でカールの髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「カール。プチラは蛇神様の遣いらしいから、変身くらいするのよ」
「挨拶の練習をしたかったけれど、プチラも戻ってきましたしもう寝ましょうか」
ティアは手に持つ本を机の上に置いた。アンリエッタは楽しそうにカールとプチラを眺めている。プチラはまだカールに抗議中。
「御帳台、でしたっけ? ふわふわの布団に可愛い天蓋。きっと良い夢を見れるわ」
岩窟龍国の寝台は低い。天蓋は四角で白い布。白い布には細い紅色の紐がいくつも飾られている。子供っぽくない上に、可愛いデザイン。ルタ皇子が選んでくれたのだろう。とても嬉しい。
「ティア様? その腕の傷はどうされました?」
アンリエッタがティアの右手首を掴んで持ち上げた。膝近くの前腕に擦り傷。白い腕なのに、その辺りだけ緑色っぽい。道中、森で休んだ時に木にでも擦ったのだろうか? プチラと少し勝手に散歩して、かなり怒られた。多分、あの時だろう。
「散歩の時かしら?」
「そうでしょうね。手当てしておきます」
アンリエッタに消毒してもらい、包帯も巻かれた。その後、ティアはアンリエッタとカールと共に御帳台にて並んで眠りについた。
☆★
翌朝、ティアは皇居という皇帝と皇子が暮らし、働く場所へと招かれた。皇帝が働く龍の間には、ズラリと役人らしき男達が並んでいる。その中央を歩くので、かなり緊張した。ティアの背後に父の側近アクイラとオルゴに、騎士の格好をしたアンリエッタとカールが居てくれても心臓がバクバクする。
皇帝ベルグはルタ皇子にはあまり似ていない。玉座の左隣にルタ皇子が立っていた。凛々しい無表情に、思わず見惚れそうになった。流星国で着ていた束帯の簡易服。藍色が良く似合っている。
為せば成る。手汗が酷い手をキツく握りしめて、胸の中で呟いてからティアは深々と頭を下げた。