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女嫌い皇子、さらに包囲される

 手に持つ、白葡萄酒に夜空の星が映る。ルタはその灯りをぼんやりと見つめた。大鷲の間にいると、男達に冷ややかな視線を送られるのでベランダに逃げてきた。肌寒いが、凍える程ではない。


 流星国のフィズ国王が、話を聞いてくれて助かった。誤解は解けたけれど、フィズ国王は「娘に機会を与えたい」と言い出した。


 蜜蜂姫を最長1年、岩窟龍国で預かって欲しい。その代わりに、煌国と流星国は岩窟龍国にあらゆる援助をする。今、岩窟龍国は不作でかなり厳しい生活をしている。それを知って、フィズ国王は餌をぶら下げてきた。そんなに娘が可愛い……確かにあの娘は可愛い。愛くるしい。フィズ国王は目に入れても痛くないという様子だった。あんな娘がいたら、大抵の父親は溺愛するだろう。


 しかしテュールが政略結婚にノリノリなのに、フィズ国王はそれを却下した。


——娘のことを気に入らない相手と結婚させるつもりはありません


 蘇るフィズ国王の黒真珠のような瞳。ポヤンとした娘溺愛の父親顔から、一気に獲物を捕らえるような鋭い眼光へ様変わり。あれは、恐ろしかった。末っ子だがルタも皇子。政略結婚の覚悟はしていた。上手く隠したつもりだったのに、蜜蜂姫への嫌悪感をあっさりと見抜かれた。それに流星国には、岩窟龍国と縁を結ぶ利益は無い。


「ルタ様。あの国王は騙せません。ティア姫を預かる間に、その女嫌いと権力者の娘への偏見を治してもらいますからね。全く、ちょっと初恋を無下にされたくらいで臍を曲げて情けない」


 テュールからも逃げたかったが、無理だった。懇々と説教をされている。


「ちょっと? 田舎の貧乏皇子に誰が嫁ぐかと吐き捨てて、煌国の側妃になった娘のことがちょっと? 煌国に行くたびに、見下され、貶される。我が国には寝込みを襲ってきて妃になろうとする女もいる。後宮内の妃や女官の張り合いやイジメ。普通の女性は兎も角……」


 あれこれ思い出したら、吐きそうになった。テュールはルタを睨んでいる。確かに情けない。テュールは無言だが、何を伝えたいのかは分かる。


「テュール。政略結婚くらいする。いくら女嫌いといえど、そのくらいの覚悟はしている。しかし、あの蜜蜂姫。あれは毒蛇女。あの王子2人がくっついてくる」


「確かにそれが問題です。エリニス王子とレクス王子は間違いなく、この流星国から大蛇の国本国中枢へと活躍の場を広げるでしょう。色々と耳にしています。よって、甘い汁を吸うだけにして、ティア姫を袖にしましょう。というか、ルタ様にティア姫は無理。ティア姫はルタ様の中身を何か勘違いしているのでしょう」


 今、軽く侮辱された。しかし、怒る気にもなれない。それより混乱が強い。蜜蜂姫が勘違いしているのは、間違いない。何せいきなり婚約していることになっている。


「ティア姫もルタ様へ恋に恋しているだけで、すぐに冷めます。先方はそれを見越しているから、先程の条件。我等岩窟龍国には婚姻の利益があるが、向こうにはない。体良く断られたのです」


 今度は、そのくらいの駆け引きを見抜け。という説教が始まった。せっかく蜜蜂姫の心を奪ったのに、どうして政略結婚に上手く持ち込まないのか? それで怒られて次はこれ。貧乏小国の皇子なんて辞めたい。


 言いたいことを言い終えると、テュールはベランダから去っていった。また談話室にて、各国要人とあれこれ話をするのだろう。皇帝である父も、テュールや他の宰相にぺちゃんこにされている。ティア姫を預かるのは、もう決定事項だろう。


「リシュリ……俺はもう疲れた。あの毒蛇女を袖にして良いとは助かった。まあ、目が蜜蜂姫を口説き落とせと訴えていたけどな……。部屋に戻ろう」


 声を掛けた隣に立つリシュリは、ぼーっと大鷲の間を見つめている。締まりのない、だらしのない顔。第1側近の癖して、テュールから庇ってくれなかった。腹がたつので、脛を蹴る。


「っ痛い! その非難の目。俺がテュール様に逆らえると思います? 鬼上司に対して無理です。毒蛇女? あんなに可愛いお姫様を手に入れられるのに罰当たりですよ。口説き落とさなくても、もうかなり落ちているみたいですけどね。岩窟龍国のお妃様です。そう言いながら、ルタ様の長所を語り、デレデレしています。大変、可愛らしいです」


 飲みかけていた白葡萄酒を噴き出しそうになった。耐えたら、むせた。


「っげほげほ。なんだって⁈ 」

「ティア姫様と結婚に持ち込んで、テュール様の鼻を明かしてやりましょう」


 その時、頬にひんやりした感触がした。


「ヒッ!」


 ゾワリとして、声が漏れる。目の前をよぎったのは蛇だった。鷲のような頭部の小さな蛇。シュルシュルと床を這って、大鷲の間へと去っていく。鷲蛇を目で追っていると、人影が見えた。大鷲の間からの灯りが逆光になり、顔が見えない。スラリと背の高い者と、ずんぐり丸い者。


「壁に耳あり扉に目ありって言葉を知っているか?」


 この声はエリニス王子。目が慣れてきたのと、エリニス王子が近寄ってきたので正解だと分かった。肩の上に先程の鷲蛇が乗っている。反対側の肩には角蛇が背中側から顔を出している。残りの体はエリニス王子の胴体に巻きついていた。


「聞かれて困る話はしておりません」


 風で広がる黄金太陽に似た輝きの髪。立っているだけで、どうしてこんなに存在感が強いのか。深い青色の瞳がルタを貫く。全身の力が抜ける程の殺気にたじろぎそうになったが、堪えた。


「へえ。俺に睨まれて涼しい顔とは肝が据わっているな。未来の弟よ、酒とチェスに付き合え。行こうぜシャルル。言った通り、中々使えそうな男だろう?」


 未来の弟? 兄妹揃って、思い込みが激しいのか? 名を呼ばれたエリニス王子の隣の者がルタに雅な動作で会釈をした。


「君はまたそんな言い方をして……。ルタ皇子。シャルルと申します。エリニス王子とチェスをしますので、一緒にどうですか?」


 穏やかで優しそうな声。エリニスの隣まで来たので、もう顔が見える。くるくるした金髪に、少し上に向いた鼻。少し豚っぽい顔立ちだが、愛嬌があるのと品の良さを強く感じる。それに目。聡そうな緑色の瞳を羨ましいと感じた。ルタは差し出された左手を即座に握った。何処の誰だか知らないが、是非親しくなっておきたい。多くを学べるだろう。


「岩窟龍国第3皇子ルタです。お誘いありがとうございます」


「奇遇だな。こいつも第3王子。我等、大蛇の国を束ねるドメキア王族直系シャルル王子」


 親指でシャルル王子を示したエリニス王子。ルタの頬が自然と引きつる。てっきり、エリニス王子の従者かと思った。それにしては、偉大そうな青年だと感じたが、そりゃあそうだ。貧乏小国のルタからしたら、雲の上の存在。


「ティア姫の婚約者と聞きました。彼女とも親しいので、君とも仲良く出来ると嬉しいです」


 エリニス王子とは真逆で、謙虚そうで親しげな態度のシャルル。余裕がある者は、心も広いのか。ということは、エリニス王子にはゆとりが無いのか?


「そんな、滅相もありません。色々と教えていただきたい事があります」


 さあ、どうぞとシャルル王子に手で促されたので歩き出す。エリニス王子はもうスタスタと大鷲の間を進んでいた。リシュリが慌てた様子で、ルタの一歩後ろに続く。


 案内された場所には、エリニス王子と親しそうな者が集まっていた。大蛇の国属国の王子、貴族、それに彼等の側近や騎士。中心はエリニス王子。酒を飲み、各国の噂話で盛り上がる。リシュリは相変わらずちゃっかりしていて、エリニス王子の真横を陣取っていた。


 その隣のテーブルで、ルタはシャルル王子とチェスをした。シャルル王子は気さくで、チェスが強いのに指導のようにしてくれて、政治関連の話も興味深く、一緒にいて楽しかった。


 途中、エリニス王子にかなり酒を勧められて記憶を無くした。パチリ、と目を覚ますと何処かの部屋だった。頭が痛い。気持ちも悪い。薄暗いので、まだ夜だろう。ここは何処だ?


「おはようございます、ルタ様」


 心地良い音色の声に、ルタはバッと起き上がった。寝台横の椅子に、ニコニコ笑顔の蜜蜂姫が座っている。


「無邪気な寝顔でございました。つい見惚れてしまって、はしたなくてすみません。お水を飲みます?」


 水の入ったコップを差し出された。状況が全く飲み込めない。布団は掛けていない。膝の上に蜜蜂もどきが乗っていた。緑色の3つ目でルタを見上げて左右に揺れている。ルタは蜜蜂姫が手渡そうとしてくれているコップを眺めた。


「エリニスお兄様の部屋と、ティアの部屋を間違えるだなんて嬉しいです。そ、そ、そ、添い寝は早いですよね? まだ婚約ですもの」


 何だって⁈ ルタは咳き込んだ。今、何て言った?


「やはり、そんな恥ずかしいことは出来ません。ルタ様。寝心地良ければこのままお休みください。ティアはアンリエッタかカールと寝ます」


 脱兎、というように蜜蜂姫は去っていった。アンリエッタ、カールとは確か蜜蜂姫の従者。ルタは飛び起きて、転びそうになりながら部屋を出た。膝の上の蜜蜂もどきが落下しそうなので、思わず小脇に抱えていた。瞬間、何かに蹴つまずいて転んだ。受け身を取って、蜜蜂もどきを潰さなかった代わりに床に壁に激突。背中を強打して、痛みで呻く。


「よお、ルタ。我が妹の具合は良かったか?」


 目の前にエリニス王子がしゃがんでいた。狡猾そうな笑みを浮かべて、ルタの顔を覗き込んでくる。


「ぐ、具合? 具合も何も元気でしたが……」

「そっちじゃねえ。んー、全く匂いがしないから据え膳食ってねえのか」

「はあああああ⁈ に、匂い⁈ お、お前が俺を蜜蜂姫の部屋に寝かせたんだな⁈」


 思わず叫んでしまい、口調を取り繕えなかった。エリニス王子に胸倉を掴まれ、全身から血の気が引く。何て凶暴な表情をしているんだ。ルタを睨んでいたエリニス王子が、眉根を寄せた。


「お前、本当にティアに興味ねえんだな。既成事実を作ろうとしたのに失敗かよ。余程の高望みか男色家か?」


 エリニス王子が立ち上がる。後ろにリシュリが立っていた。


「まさか! ルタ様はきちんと女性を好む方です。嫌な事が多くて、女性を少々苦手にしているだけです。ティア様の事も、偏見であれこれ誤解しているようです」


「偏見ねえ。それにしてはプチラが懐いている。プチラに平気で触る余所者なんざ、今までいなかつた。まあ良い。そんなに嫌なら自力でティアを振り払え。ティアは良い女で、お前も良い男なのに上手くいかないもんだな。まあ、別の方法で囲ってやる」


 バサリ、と外套(マント)を翻して遠ざかっていくエリニス王子。ルタの腕から飛び出して、エリニス王子にくっついていく蜜蜂もどき。ルタはリシュリを睨みながら立ち上がった。


「エリニス王子、ルタ様を大変気に入られたようです。義弟にして側仕えにすると申しておりました。つまり、ティア姫様と御成婚。我が岩窟龍国は万々歳。の、はずだったのに……」


 不満そうなリシュリ。蜜蜂姫だけではなく、エリニス王子にも好かれたとはどうなっているんだ? この状況、リシュリは悪くない。エリニス王子に乗せられたのだろうが、テュールも似たような事をするだろう。ルタは睨むのを止めて大きく息を吐いた。


「何て国だ。帰る。今すぐ帰る! 直ぐに宿へ戻り帰国準備だリシュリ! むしろ1人で帰る!」


 あんな兄がくっついてくる蜜蜂姫など、絶対に妃にしない。むしろ、ルタを寝室に招くことを蜜蜂姫がエリニス王子に頼んだのかもしれない。何たる破廉恥女。ん? しかし、何もされていない。岩窟龍国の女なら……。


「まあ、ルタ様。忘れていたので、お休みなさいを言いに来たのですが帰国されるのですか?」


 廊下の角から、蜜蜂姫が現れてルタは固まった。蜜蜂姫は真っ赤な顔で俯いている。


「す、す、直ぐに岩窟龍国の皆様にお妃として紹介したいなど……嬉しいですが恥ずかしいです。急いで支度しますね」


 何だって? 蜜蜂姫はどういう思考回路をしているんだ? もじもじしながらの上目遣い再び。可憐な笑顔。だから、可愛過ぎるんだって。こんなの理性や損得を考える思考を保てない。逃げるしかない。あと、嫌われる方法を考えないとならない。あの、恐ろしいエリニス王子に捕まってたまるか。3つ子なら蜜蜂姫の腹も真っ黒だろう。見た目で釣ろうなど、恐ろしい女。


 ルタは返事をしないで、というか声が出なくて走り出した。


 しかしリシュリの告げ口により激怒したテュールに捕まり、ルタは3日後に帰国する事になった。蜜蜂姫と共に。唯一の救いは、しばらく流星国に滞在するシャルル王子と仲良く、楽しく過ごせた事。


「エリニスは分からないけれど、流星国としてはティア姫を他国に嫁入りさせるつもりはない。だから、思うままに行動すると良い。困った時は必ず力になる」

「シャルル王子。ありがとうございます」


 ルタはシャルル王子にお守りだという、小指用の指輪を貰った。白銀の双頭蛇で、向かい合って互いの首に噛み付いているという、奇妙な形。王族の友人は初めて。心底嬉しかった。


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