思い込み激しい蜜蜂姫、舞い上がる
お姫様と皇子様に縁が結ばれました。舞踏会に招かれた他国のお姫様達は、誰と踊るかよりも、蜜蜂姫と婚約者に興味津々です。誰もそんな噂を知りませんでした。まあ、当然です。婚約は蜜蜂姫の脳内暴走と2人の兄による濡れ衣。
さて、こうして結ばれた縁は何色の糸でしょう? タイトル通り恋の色。思い込み激しい蜜蜂姫、勘が良いです。
★☆
運命の王子様と舞踏会で踊る。ティアの夢の1つ。今、まさに叶っている。煌めくシャンデリアの下、ティアはなんて贅沢者だろう。王子様ではなく、皇子様だとは思わなかった。東から婿入りしてきた父とは逆に、東へ嫁入りする自分。それもまた、運命的ではないか。ティアはルタ皇子と踊りながら、ニヤニヤ笑いを必死に堪えた。
「踊りが大変上手でございますね。私はどうも苦手です。この曲が終わったら他の方とどうぞ」
割と神妙な表情で、ルタ皇子が告げた。ティアは小首を傾げた。他の方と? ルタ皇子だけで満足。それも大満足。他の王子となんて踊りたくない。まだルタ皇子と踊りたくてならないが、苦手なのに我儘に付き合わせてはならない。
「なら、もう満足します」
恥ずかしくて、ずっと顔を直視出来なかったが「えいっ」と勇気を振り絞る。ティアは思い切って顔を上げた。何となく嬉しそうに見えるルタ皇子。やはり、とても優しい瞳をしている。短い黒髪で、額が露わなのが新鮮。海岸では横分けの前髪だった。どちらも格好良い。内面からにじみ出ている誠実さでキラキラして見える。
大蛇の国に属する国々の王子は、大抵軟弱卑怯そうで、好きになれない。勿論そうではない王子も居るが、ティアの星の王子様ではなかった。そういう王子の相手はティアとは別。もしくは、良い人なのに全くティアの心を奪わない王子。騎士や役人、市民もそう。誰1人としてティアをときめかせた事は無かった。ルタ皇子は違う。ずっと、胸がドキドキとして落ち着かない。
人々の暮らしを守る騎士こそがティアの星の王子様だと思っていたのに、違った。人生とは不思議。
ワルツが終わり、ルタ皇子はティアの手を離した。腰に回されていた腕も離れる。
「田舎皇子を揶揄って楽しかったです? まあ、満足したのなら良かったです」
胸を撫で下ろしたようなルタ皇子。揶揄う? 質問しようとしたら、ルタ皇子に中年男性が近寄ってきた。服はルタ皇子と似ている。ゆったりとした、束帯とかいう服。ここより東、大陸中央近辺の文化は、大蛇の国とは大きく違う。岩窟龍国は行ったことがないが、父の故郷である煌国には何度か行った事がある。ティアは密かに大蛇の国より、東の文化を気に入っている。ルタ皇子とは出会うべくして、出会ったのか。
ルタ皇子へと近寄ってくるとは、岩窟龍国の要人だろう。舞踏会に参加するような年齢の来賓ではない。わざわざ、何の用だろうか?
「ご機嫌麗しゅうございますティア姫様。岩窟龍国ベルグ皇帝の宰相テュールと申します。以後お見知りおきを」
会釈をされ、ティアも挨拶と会釈を返した。
「ルタ皇子と共にフィズ国王陛下と歓談させていただきます。少々、席を外させて下さい」
さあ、とテュールがルタ皇子を連れていく。婚約の次は、婚姻の日取りを決めるということだろう。今日は、あまりにも色々な事があり過ぎる。
もう踊らないので、ティアは壁際へと移動した。侍女カールに近寄る。折角の舞踏会なのに、男装に近い格好で骨つき肉にかぶりついていた。隣で綺麗なドレス姿の侍女アンリエッタが呆れ顔をしている。
「まあ、カール。折角、美人なのに台無しよ」
ティアの声掛けに、カールはムスッと口をへの字にした。
「護衛騎士隊長として参加予定が、招待客同様の扱いとは聞いていませんでした。ティア様。あの朴念仁は何です?」
カールは肉を食べきった骨をアンリエッタへと放り投げた。アンリエッタは、フォーク2本で素早く骨を掴んだ。
「ちょっとカール。行儀の悪いことは止めて頂戴。またティア様の評判を落とす気? あと、護衛騎士隊長は私。貴女は副隊長」
ゆっくりとした仕草で、アンリエッタは骨を近くのテーブルに置いてある皿に乗せた。
「これしきのことでティア様の素晴らしさを見失う者は、見る目が無さ過ぎる。そんな者、侍らす必要無し。私が副隊長? 馬鹿かアンリエッタ。実力順だ」
「総合力では私が上よ。カール、貴女は剣術特化なだけ。私は掃除裁縫、体術に狙撃までそつなく何でもこなすわ」
可憐な笑顔のアンリエッタ。鋭い鷲のような眼光のカール。両者、いつもの睨み合い。間にバチバチと火花が散っているように見える。
「ティア様の護衛騎士隊長は私よ」
「ティア様の護衛騎士隊長は私だ」
アンリエッタとカールの台詞が同時に重なった。
「2人とも侍女でしょう? 毎回毎回、どうして護衛騎士隊長にこだわるの? 隊長も何も2人しかいないわ」
アンリエッタとカールが殆ど同時に、似たような表情をした。呆れ顔。
「お父様の名誉がかかっているからよ」
「父上の誇りを背負っているからだ」
当然の事を聞くな、というこれまた良く似た表情をしたアンリエッタとカール。青味を帯びた金髪をひっつめた背の高いカール。赤味がかった金髪を横流しにして編み込んでいる背の小さなアンリエッタ。見た目は全然似ていないのに、言動がそっくりで息もピッタリ。でも、喧嘩ばかり。このじゃれ合い、楽しい時と疲れる時がある。今日は後者。
「また喧嘩しているとアクイラとオルゴに言いつけますよ。今日は大変おめでたい日なのだから、そんな険悪な……」
父の側近2人はとても仲良しなのに、どうしてそれぞれの2人は対抗心剥き出しなのか? おめでたい、と自分で口にしてティアは思わず「えへへ」と気持ちの悪い声を漏らしてしまった。恥ずかしい。
「話を戻しますティア様。あの、虫の好かない朴念仁は何です?」
カールの問いかけに、先程も聞き返そうと思っていた。朴念仁とは誰のことだろう?
「朴念仁? 誰のこと?」
「誰って……貴様、その不埒な顔でそれ以上ティア様に近寄ってみろ。首を刎ねる」
今迄の晩餐会と同じように、武器を没収されているらしいカール。腰元から剣を引き抜く動作をしてから、手刀を繰り出す。近づいてきていた相手は、ルタ皇子の側近だった。まあ、確かにまたティアの胸元を見ている。きちんと布で隠れている谷間を、堂々と探そうとは腹が立つ。
「ふ、ふ、不埒な顔などしておりません。き、緊張と照れでございます。ティア姫様が想像以上に美しく、顔を直視することすら出来ません」
真っ赤な顔のリシュリ。ティアは己の勘違いを恥じた。リシュリは胸を見ていたのではなく、顔を見れなくて視線を下げていただけ。
「こちらこそ失礼致しましたリシュリ様」
謝罪をすると、リシュリはバッと顔を上げた。まじまじと見つめられ、恥ずかしくなる。いくらティアが、母親譲りの美人でもここまで明け透けに見てくる者は少ない。瞬き1つしないでティアを見つめるリシュリ。照れで顔を見れないと言ったばかりなのに、どういうこと?
「リシュリ……様? リシュリ様⁈ お、お、俺……今すぐ死んでもいい……」
死んでもいい? 何か訳が分からない事を言い出したこの人。他国の皇子側近なら、敬称をつけるのは当たり前。変な人。
「ルタ様の側近が死ぬのは困ります」
正しくは、ルタ皇子が困るから嫌です、だ。リシュリはポヤンとした表情で、ヘラヘラしている。こんなのが側近とは、ルタ皇子は従者が必要な者では無いのだろう。あの年で役人を教育する側とは、エリニスとレクスよりも優れている。さすが、ティアの婚約者。ん? あの年? ルタ皇子は幾つなのだろう?
「リシュリ様。ルタ様はお幾つでしたでしょうか?」
「へ? あ、は、はいティア姫様。いえ、お妃様。ルタ様はつい先日、20歳になりました」
お妃様。お妃様! 岩窟龍国ルタ皇子のお妃様。何て素敵な響き。
「まあリシュリ。お妃様だなんて、もう1回言ってくれる?」
「リ、リシュリ? こっちもいいな。ええ、リシュリでございます。1回とは言わず、何度でもお呼び致します。ティアお妃様。しかし、あのー、ルタ様とはいつから? 第1側近の私が婚約話を知らないなど……」
ふと見ると、人が集まってきている。リシュリは言葉を詰まらせ、固まってしまった。集まっているのは同じ大蛇の国に属する王国の姫達や貴族娘達。リシュリはデレデレ顔。本当にこの人はルタ皇子の側近として、大丈夫なのか? しかし、杞憂だった。我に返ったようなリシュリは、礼儀正しい挨拶や的確な褒め言葉を口にした。本心という笑顔で、親しみやすい雰囲気を出している。
仲良しのララ姫やルル姫、リリー姫と目が合った。リシュリの挨拶が終わった頃、ティアは全体に軽く会釈した。ララ姫、ルル姫、リリー姫には特別親しみを込める。
「婚約していたなんて知りませんでしたティア姫。岩窟龍国とは遠い異国ですね。父上であられる、フィズ国王様の取り計らいでしょうか? フィズ国王様のご出身である煌国と同盟を結ぶ国ですものね。どういう方なのです?」
桃色のドレスが愛くるしい、ララ姫がおめでとうというように笑ってくれた。父がティアの星の王子様を連れてきてくれたとは知らなかった。単に招待客の1人だと思っていたが、違ったらしい。
「ルタ様は勇敢です。ティアを助けて下さいました。それで、真贋持つ方です。プチラを最初から可愛がってくださっています。見てはいないけど、プチラの気持ちならティアは良く分かります。大変紳士で、ティアを宝物のように扱ってくれます。踊り方を見ました? 公の場で過剰に近寄ったりしません。ふしだらとは、正反対です」
ふしだら、と言う時に遠巻きの王子達を軽く睨んでおいた。女なら誰でも良さそうな者は嫌い。嘘臭い褒め言葉を並べて、直ぐに触ろうとしてくる。あっちこっちで粉をかける王子はブラックリスト入り。絶対にティアの友達には近寄らせない。大蛇の国王子の見本、エリニスに言いつけてある。
それに比べてルタ皇子。向こうの王子達にはルタ皇子の爪の垢を飲ませるべきだ。
「まあまあ、ティア姫。見てるこっちが恥ずかしいくらい、あの皇子様に夢中なのですね」
ルル姫が愉快そうに笑い、ララ姫とリリー姫と顔を見合わせた。3人揃って、ねーっと含み笑いをする。別々の国のお姫様なのに、まるでティア達3つ子のように仲良し。
「ついに星の皇子様と出会って、婚約までしたのだもの。浮つきもするわ」
ティアがララ姫達と歓談をし始めると、アンリエッタとカールは離れていった。何故か、リシュリを連れて行っている。鼻の下を伸ばしっぱなしだったから、こっそり注意するのだろう。ティアの婚約者の側近なら、ティアの侍女とは連携が必要。ティアはカールとアンリエッタに手を振った。
ふと窓の外へ視線を向けると、夜空に流星が横切った。ティアが大好きな、幸せの象徴。やはり、今日のティアは何もかもに祝福されている。
明日から、この幸福分を大勢の人に分け与えたい。こんなにも胸が一杯なので、そうするべきだ。