思い込み激しい蜜蜂姫、婚約者になる
さて、こうして思い込みが激しい蜜蜂姫と女嫌い皇子は知り合いました。昼間、それぞれ外交や公務をしましたが、2人の恋物語とは関係ないので次の幕は夜です。2人は城で行われる舞踏会にて再会します。
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かつて、母が父と出会った時に着たという海色のドレス。ティアは壇上で、2人の兄に挟まれて会釈をした。18歳、今日で成人。昼間は、城下街で行われる流星祭りに参加。夜は他国の年が近い王族、貴族と交流を深める舞踏会。
疲れるし、ニヤニヤヒソヒソ見られるのが嫌なので、こうした社交場は避けてきた。挨拶をしたらすぐに引っ込むことが多かった。しかし、今夜の舞踏会はそうはいかない。自分達の誕生会として開催している。今回、あれこれ取り仕切ったのは兄レクス。恥をかかせてはならない。勿論、国を背負っているのだからというのもある。2人の兄達に頼ってばかりではなく、見習わないとならない。
この特別な日に挨拶をするのに、うんと練習してきた。ティアが会釈をすると、大鷲の間は拍手喝采。チラリと確認すると、父と母は大変素晴らしいという顔で笑ってくれている。
広間を見渡して、ルタ皇子を探す。後方の窓際近くに立っていた。国王である父が招待客へ謝辞を述べる間、ヘラヘラしていたり、つまらなそうな表情の来賓は多い。そんな中、ルタ皇子は背筋をピンと伸ばして、精悍な表情で父を見つめている。隣で、ぼやーっと締まりのない顔をした、ルタ皇子と似た服装の男は気になるが、ルタ皇子は大変素晴らしい青年だとよく分かる。流石、ティアの運命の皇子様。
「何だティア。その熱視線は」
兄エリニスが、笑顔で前を向いたまま、それも口を閉ざしたまま話しかけてきた。ほんの少し唇を開いているかもしれないが、全く分からない。今日も堂々と角蛇バシレウスを胴に巻きつけ、鷲蛇ココトリスを頭に乗せている。2匹の蛇は殆どエリニスから離れない。その点が、蜜蜂プチラや白狼フェンリスとは少し違う。
「エリニスお兄様。ティアはついに、運命の方と知り合いました。勇猛果敢な騎士様かと思っていましたが、東にある岩窟龍国の皇子ルタ様でした」
私語を隠すのに、ティアは扇で口元を隠した。なるべく小さな声を出す。
「はあ? 何だティア。恋人を作っていたとは知らなかった。そんな素振りや暇はあったか? まあ良い。ルタか。流星祭りで会ったが、あれは中々良い男。我が直下にしても良さそうだった。それなら、この後俺がティアの為に一肌脱いでやろう」
恋人? 運命の相手なのだから恋人か。ティアは大きく頷いた。敬愛するエリニスが、そこまで言うなら間違いなく内面が素敵な皇子。おとぎ話の星姫のようになろうと、ずっと励んできたティアなら隣に並べる。闇夜を照らす星々のようになりたい。出来れば、道しるべとして活躍する2つ並びの北極星が良い。
国王である父の話が終わった。また、拍手が巻き起こる。本当と嘘が混じり合ったような、変な空気。だから社交場は好きではない。まあ、見る目が養われる。そう口にするのは兄レクス。そのレクスが壇上から降りる時に、エリニスとティアに渋い顔をした。また、何か説教かもしれない。レクスは自他共に厳し過ぎる。尊敬しているが、面倒臭い。
「エリニス、ティア。すまない。僕は風邪を引いたらしい。昼頃から熱が出たり、息苦しくなったりするんだ。今は大丈夫そうだが、明日は大切な会議がある」
ちっとも、すまなそうな顔に見えない。どうみても血色の良さそうな顔をしているレクス。ぼんやりとはしている。
「ふーん。そうかレクス。この舞踏会を取り仕切るのに加えて、あれこれしていたから疲れたのだろう。医者に診てもらって、休むといい。挨拶回りは兄であり、一応王太子である俺がしておく」
ティアは驚いて、エリニスとレクスを交互に見た。いつものように、ヒソヒソ痴話喧嘩を始めるかと思った。それに、エリニスが、一応王太子と発言するたびにレクスは渋い顔をする。
「ありがとうエリニス。甘えさせてもらうよ」
爽やかで嬉しそうな笑顔を残して、去っていくレクス。スキップしそうな程、ウキウキして見えるのは気のせいだろうか?
「阿呆レクスは放っておけ。昔から妙ちくりんだと思っていたが、本当に奇人変人。関わると疲れるから無視していろ」
「エリニスお兄様、何の話です?」
「そのうち嫌でも分かるさ。さて、ティア。行こうではないか」
エリニスがティアの右手を取った。恭しいというように、高く掲げてくれる。2人で大鷲の間の中央へと移動する。ティアの手を握っていない右手で、エリニスが腰に下げている剣を引き抜いた。虹色がかった、装飾用の剣にシャンデリアの灯りが乱反射する。
「本日は余興として、まず私が華麗に舞って皆様を楽しませます。剣術を嗜む方に是非相方を、おお、そちらのルタ皇子! 昼間は世話になりました。どうぞ宜しくお願い致します」
剣の切っ先を、ルタ皇子がいる方へと向けるエリニス。ティアの身長では、壁際にいるルタ皇子の姿は見えない。自然と人が左右に分かれた。
「軽く切り掛かってきて欲しいです。折角の社交場ですので、自己紹介も兼ねて。初めましての方が多いでしょう?」
こういう時のエリニスは、相手に有無を言わせない空気を発している。突然の事態なのに、ルタ皇子は動揺していない様子。大抵、エリニスに何かされる相手は、驚き、戸惑い、気圧される。ルタ皇子の隣の男は完全に怯えて見える。
ルタ皇子が胸を張って、堂々と前へ進み出る。
「岩窟龍国、第3皇子ルタ・エリニースです。皆様、以後お見知りおきを。偶然にも同じ名という事で、このように誘われるとは有り難いです」
腰元に下げる剣を手に持つルタ皇子。今朝、海岸で出会った時のものとは別の剣。エリニスと同じく、装飾品として身につけているものだろう。自然と来賓達が後退する。ティアはルタ皇子の隣にいた男——多分側近——の横へと移動した。
「初めまして、こんばんは。ご挨拶致しましたがティアでございます」
挨拶をしたのに、返事が無い。おまけに目線が胸元。なんたる破廉恥男。ティアは必死に笑顔を作った。
「は、は、はひ。はい。は、はい。リ、リ、リ、リシュリでございましゅる。ルタ皇子の側近です」
勢い良く右手を差し出したリシュリとかいう、変態男。触りたく無いので、ティアは必死に考えた。よし、握手を知らない振りをしよう。男性が手を取って、手の甲に唇を寄せる。つけたりはしない。それが社交場における正式な挨拶。作法に乗っ取らない、不埒そうなリシュリが悪い。と、言い訳が出来る。
「まあ、ルタ様の側近なのですか。あ、あの。こちらの手は何でございましょうか?」
分からない、そういう表情を作る。リシュリはボサッとしたまま、右手を差し出し続けている。目が、ずっとティアの胸。これは腹が立つ。まあ、顔やら体を凝視されるのはよくある事なのでこういう非礼については諦めている。益々、ルタ皇子は素敵だと気がついた。ルタ皇子はティアをいやらしい目で見なかった。
キン、キン、という音がしてティアは体をエリニスとルタ皇子へと向けた。エリニスが腕を伸ばして剣を小刻みに揺らす。飛び込んでいったエリニスの剣をルタが受けた。クルリと踊るように身を翻すエリニス。その背中の外套がふわりと広がった。漆黒に銀刺繍で揃えた服に、同じく黒い外套。エリニスの背中で揺れる外套が揺れるたびに、あしらわれている銀色の大蛇の国の国紋——双頭蛇——が生き物のように動く。
踊りのように、2人が剣を繰り出す。大鷲の広間は熱気が渦巻いているような雰囲気。2人とも軽快な動きで、エリニスは険しい表情。
エリニスはこの国で1番どころか、連合国のうち近隣諸国の中でも1番の手練れ。ルタ皇子の動きは中々良いが、本気のエリニスとレクスならもっと激しい演舞も出来る。エリニスは何か目的があって、あの表情をしているのだろう。兄なのに、何を考えているのかちっとも分からない。
「ん? これは我が国の……」
確かに、旋律のようにも聞こえる不規則な金属音。
「龍が現れ、岩を砕き、ひらけた大地へ雨がそそがれ、命を育む!」
やはり、歌だ。ティアは聞いたことがない曲。エリニスはこの歌を何処で仕入れたのだろう?
角蛇バシレウスがエリニスからするりと離れる。トンッと高く跳んだエリニスが、バシレウスの頭部を踏み台に更に高く跳んだ。その時、ルタ皇子の手から剣が弾かれた。床を滑った剣は、回転しながら来賓へと向かっていく。
エリニスは片手でシャンデリアにぶら下がっていた。目立ちたがり屋で、派手好きエリニスの悪い癖。
「龍が現れ、宝に満ちた穂を揺らし、命を繋ぐ! 岩窟龍国には骨がある皇子がいるのだな! 第三皇子ルタよ、ようこそ大蛇の国へ!」
いつの間にか、エリニスの手にはグラスが握られている。赤い中身なので、葡萄酒だろう。エリニスの側近、ヴァルが来賓達へとグラスを配っている。
ティアの隣にバシレウスがいた。気配がしなかったが、いつ来たのだろう? 歩けというように、肩をつつかれる。エリニスがすることは、自分勝手で傍若無人なようでも大抵は他人の為。今回はティア?
ティアは素直に前に進んだ。ルタ皇子の隣に並ぶ。
「この俺と舞えるなど良い男だルタよ! 我等の宝石、ティアを手に入れるとは暗闇照らす星の光になれる器だろう! 我が妹とルタ皇子、 全ての国、全ての民に幸あらんことを! 食事は明日への活力。歌と踊りは祈りと願い! 今宵は楽しめ!」
エリニスがシャンデリアから手を離し、三回転してから、大鷲の間中央に着地した。ティアはルタ皇子を見上げた。熱心な瞳でエリニスを見つめている。燃え上がるような闘志。ルタ皇子はティアを手に入れていたらしい。いつの間に? まあ、運命の2人なので至極当然。自然の摂理。ティアは「えいっ!」っと勇気を出してルタ皇子の腕にそっと手を添えた。
「乾杯!」
エリニスが高々とグラスを掲げる。次々と打ち鳴らされるグラス音は、まるで祝福の鐘のよう。
ルタ皇子がティアを手に入れたと言ったエリニス。つまり、ティアはルタ皇子と婚約をしたようだ。エリニスによる素敵な婚約の披露。大勢の前で祝福され、何て幸せで、胸が一杯なのだろう。この幸福はあらゆる者に分け与えないとならない。
嬉し恥ずかし、と思いながら見上げたルタ皇子の横顔は、どんな宝石や景色よりも輝いて見えた。




