蜜蜂姫と龍の皇子、愛を誓う
今日は誕生日を祝ってもらえる、流星祭りの日。それだけではない、それはもう特別な日。ティアは今日で19歳。パチリ、と目を開いて飛び起きる。窓へと近寄って、カーテンを開けた。
城の裏側にある畑の作物に朝露が溜まり、太陽の光を浴びてキラキラと輝く。森は風でさわさわと揺れて楽しそう。豊かな水をもたらしてくれる山脈に、うっすらとかかる雲。身に覚えがある感想。1年前も同じことを考えた気がする。
「ねえプチラ。まるで世界がティアをお祝いしてくれているみたいね。とっても良い天気。素晴らしいわ」
寝台からブーンっと飛んでくる、蜜蜂もどきのプチラ。はて、毛が青い。昨日までは赤かった。赤、青、黄色。プチラはしょっ中入れ替わる、らしい。エリニスがそんな事を言っていたが、ティアには毛の色以外同じに見える。全員、ティアを愛しているというような親愛こもった3つ目をしているから。
しかし、緑色の産毛のプチラだけはティアに寄り付かなくなってしまった。寂しい。あんまり悲しくて泣きそうになると、さすがに緑色のプチラはティアに会いにきてくれる。蜜蜂もどきプチラは妙過ぎる。変な生き物。でも大好き。ティアの唯一無二の親友。大親友。
ノック音がして、扉が開く。アンリエッタとカールがニコニコしながら立っている。貝殻を材料にして作ったネックレスが、とても良く似合っている。
「ティア様、おはようございます。今日は忙しい日になりますよ」
「おはようございますティア様。本日は誠におめでとうございます」
ティアは胸が一杯でアンリエッタとカールに駆け寄って、抱きついた。両手を広げて2人丸ごと抱きしめる。
「アンリエッタ! カール! ティアはついに今夜ルタ様と……えへへへへへ」
嬉しくて、恥ずかしくて、変な声が出る。
「そっちですか?」
「ティア様、はしたない笑みは止めてください」
呆れたようなアンリエッタとカールにだって、最近恋人らしき人が現れたことを知っている。本人達は否定しているが、城中で噂になっている。手作りのネックレスはそのお祝い。問題は、相手を教えてくれないこと。一体、誰なのだろう?
確かに破廉恥で、はしたない笑い方。ティアはニヤける顔を一生懸命、キリッとさせた。
「気をつけます。ルタ様に可愛いと思って貰える笑い方が必要です。見本を教えて下さい」
アンリエッタは苦笑い。カールも苦笑い。見た目は全然似ていないのに、そっくりな表情。これ、見本になる?
「2人きりの時になら良いと思います」
「大衆や従者の前では止めてくださいという意味です」
ふむふむ、と胸の中のノートに書き留める。ルタ皇子の前では良いのか。良いのか? はしたないと思われたら、嫌われたら困る。しかし、ルタ皇子はティアがどんな事をしても殆ど許してくれる。怒るのは、本当に悪い事をした時だけ。多分。まだ怒られた事がない。
「2人きりだなんて……んふふふふ」
だから、という目線のアンリエッタとカール。必死にキリッとした表情を作った。
今日を境に、大手を振ってキスも出来る。病気の調子が悪くて、少々長く寝込んでいた後、目が覚めた時にしてもらったキス以来。あれはもう、とろけそうなくらい甘かった。
何だか知らないが、何度も何度も邪魔されてきたが、婚姻の儀式にて堂々とキスする。世界中にティアとルタ皇子の永遠の愛を披露する。今日も体に灰色の斑点があるし、少し節々が痛いけれど、気にならない。お姫様に生まれて、星の皇子様と結ばれて、こんなに恵まれていて良いのだろうか? しかし、その分一生懸命学んできて、一生懸命国の為に尽くすから良いのか。
幸せ♡
★☆
その頃、ルタ皇子
鏡に映る花婿衣装は、中々様になっているように見える。今夜、ついにティアと結ばれるのか。しかし、幻滅されたら困る。その手の教養を学ぶとなると、女官に手を付けないとならないので嫌だから逃げてきた。夜、何からしたらいいんだ?
「ルタ様。赤くなったり青くなったり、何を考えているんですか?」
ルタの前髪を整えるリシュリが呆れた声を出した。リシュリの頭の上にプチラがしがみついている。
「リシュリ、君こそプチラを冠にして婚姻の儀に参加するのか?」
嫌そうな顔でリシュリがプチラを頭から引き離そうとした。黄色い産毛のプチラは、離れるのは断固拒否というようにリシュリの頭にしがみついている。
「離れろよ! 昨日までは青い毛の奴に追われて、唾みたいなものを吐かれ続けて、起きたらこれです。この謎の生物、俺に恨みでもあるんですかね?」
ルタは黄色い産毛のプチラの産毛をワシワシと撫でた。
「逆だろう。きっと好かれている。そう思っておく方が人生豊かで楽しいと思うぞ」
リシュリが鼻で笑った。
「さも自分の言葉みたいに。ティア様の台詞ですよね?」
「左様。妻の——……妻? 妻か。妻なのか……」
あの、毎日毎日前向きで一生懸命でニコニコ笑顔のティアが今日から妻。妃。ルタのもの。いや、ものではない。女性はものなんかではない。所有物ではない。しかし妻だ。側室を持つのは嫌ですと言われたので、逆もと言ってある。やはりティアはルタだけのものだ。
「このポンコツ皇子! だらしない顔を引っ込めろ!」
ベシリとリシュリに背中を叩かれる。その後、ずっと無言だったアクイラとオルゴにも殴られた。次は宰相バース。第2側近ルイ。何故か医師ハルベルにまで叩かれた。
「やあ、私も参加して良いかな?」
「俺は参加するぜ父上」
「なら僕も一応しよう」
声の主に、ルタは冷や汗をかいた。
なかなか絢爛な衣装のフィズ国王。左右に黒い法衣と白い法衣の者が立っている。顔は見えない。黒と白の法衣の者は背丈と声色からして、エリニス王子とレクス王子。帰ってきたのか!
「フィズ様。悪ふざけをしないで下さい。ルタ様を殴ったりすると、ティアに嫌われますよ?」
フィズ国王の後ろからコーディアル妃が現れた。質素だが海色のドレスがとても似合っている。
「そうだ、ルタ君を蔑ろにするとティアが激怒する。全くもって腹立たしい男だ。しかし、他に許せる者がいないので娘とこの国を末永くよろしくお願いします。最初からこうなると思っていたんだ。ああ、この2人の名は呼ばないように。顔も出さないそうだ」
嘆くように肩を落として、トボトボ歩き出したフィズ国王。コーディアル妃が慰めるように寄り添う。ティアの所へ行くのだろう。アクイラとオルゴが2人を追いかけていった。
「最初から?」
リシュリが首を傾げた。
「俺と弟は去るって、父上にずっと話していたからな。父上は婿養子に相応しい男を探していた。で、俺も一目で気に入った。予想外のこともあったがまあ概ね予想通り」
黒い法衣の者、声がエリニス王子が手を振って去っていった。
「伯父上が娘と結婚させて、側近に迎えようと思っていたのにと父上と大喧嘩したらしいですよ。僕も一目で父上が密かに招いたティアの婿候補が誰か分かった。しかし、まさか父上や兄が君をこの国の後継にするつもりとは思わなかった」
白法衣の者、声がレクス王子も手を振って去っていった。
伯父上? リシュリが「煌国皇帝陛下ですよ。ルタ様に皇帝の娘との縁談話があったらしいです」と耳打ちしてきた。
ルタはポカンと口を開いて固まった。そんな話知らない。自分はそこまでの男か?
シャルル新国王が以前「流星国としてはティア姫を他国に嫁入りさせるつもりはない」と言っていたのはこれか。岩窟龍国はすっかり煌国の属国だが、代わりに豊かさを得ている。父や宰相達は何処から何まで把握していたんだ? 始終、ティア姫を口説き落とせと言われていた。つまり、多分、あちこちの掌の上で転がされていたらしい。
まあ、愛しい人と結婚して添い遂げられるので良しとしよう。
——星の王子様だわ! 想像通りの王子様よ! なんて運命的! 会いたかったです星の王子様。末永くよろしくお願いします
運命は運命だったらしい。えらく作為的だが、ティアとルタは一応自力で惹かれ合った。出会いも、確かに運命というように自然なものだった。さすがにあれは、誰かの策では無いだろう。
ルタは出会った時のティアの笑顔を思い出し、今度は今夜の事を想像した。ティアは恥ずかしいと逃げ回る気がする。キスをした夜がそうだったので絶対にそうだ。
目と目を合わせた、初めてのキス。何となく3回と思ったが足りないので倍の6回キスした。それでも満足出来ないと増やそうとしたら、ティアは真っ赤になって布団の中に隠れてしまった。手だけ布団から出して、ルタの手を握りしめていた。あれは可愛くて、悶え死ぬかと思った。それに声。何とも甘い、誘うようなティアの声色には弱い。あの声で、もう嫌いとか言われたら死にたい。不埒で破廉恥な極悪非道とか罵られたらどうしよう。
また顔が赤くなったり、青くなったりしていたらしく、ルタはリシュリに叱られた。
★☆
大蛇の国に無血革命という歴史的事件が起こった年の流星祭りの事です。
流星国の第1王女ティアと岩窟龍国の第3皇子ルタの婚姻の儀が執り行われました。
新ドメキア国王シャルル・エリニース・ドメキアから友好の指輪を与えられているルタ皇子。これにより煌国は彼を皇帝陛下の養子にと望みました。同盟強化を望む岩窟龍国はこれを快諾。大蛇の国僻地の小国である流星国は、その巨大権力を有するルタ皇子を婿に迎えました。
ルタ皇子は四方八方、あちこちの姫との縁談が来ても全て断り、流星国のティア姫を望んだのです。勿論、流星国に断る理由なんて何1つありません。
謎の病にかかり、体のあちこちが、それも左頬にまで灰色の斑点があるティア姫。この婚姻の儀の日も同じです。なのに隠すようなドレスではありません。かつて母親が着た質素ながらも美麗な純白のドレスを身にまとっています。
ティア姫は、病の斑点なんてちっとも気にしていないというような幸福に満ちた笑顔で国中に手を振りました。招待客の大勢の者は、絶世の美少女だったティア姫の病を気の毒にと思いました。あんな風に醜くなった——おまけに何の得もない小国の姫——に婿入りするとは、とルタ皇子を影で嘲笑う声もありました。ティア姫の奇病は化物を愛でているせいだ、などと謂れのない噂も立ちました。ティア姫の血筋を知る者、彼女の兄達が何をしたのか薄々知っている者などは賢いので逆に口を閉ざしました。
2人をよく知る者は心から祝福し、羨ましいと思っています。特に流星国の民は大手を振って、泣き笑いで2人を祝います。招待された岩窟龍国の民も同様です。ティア姫の昔からの友人であるお姫様達は、馴れ初めをあれこれ聞いているので特にうっとりとしました。
ルタ皇子ときたら、隣に並ぶ純白礼装のニコニコ笑顔のティア姫に始終デレデレ顔です。ティア姫を見つめて歩く足を止めるたびに、空から魚が降ってきて、ルタ皇子の頭をベシリと叩きました。
群衆の中で、白い法衣と黒い法衣の怪しい者が大泣きしながら抱き合って、途中から喧嘩し合い、風と共に消えるという珍事件もありました。
流星国には、多くの謎が秘められているのです。
こうして2人は国中に祝福され、永遠の愛を誓い合いました。
仲睦まじい2人は、お互いを支え合い、豊かな小国を更に豊かにしたそうです。2人の婚姻は、大蛇の国と隣国の平和維持にも役に立ったそうです。
流星国の城で、2人は楽しく、愉快に、そして甘い甘い日々を送りました。ティア姫の病は良くなったり、完治しかけたり、悪くなったり、眠り続けてしまったりを繰り返しましたが、2人とも長生きをしたそうです。
婚姻の儀式の日の夜ときたら、それはもう、甘くて蕩けそうな夜でしたが、これは2人だけの秘密。
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病めるときも、辛いときも、悲しみのときも、貧しいときも、苦しいときも、恐怖に襲われていても、心臓を突き刺されようと、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、命ある限り、真心を尽くすことを誓います
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2人の愛の誓いは大蛇の国が名を変えても残り続けました。
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読んでいただきありがとうございました。
良かった、つまらない、ここはもっとこうした方が良い、誤字脱字指摘など、感想を貰えると励みになります。




