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女嫌い皇子、好かれる

 女の子が巨体狼に襲われそうになっていたので、ルタは思わず飛び出していた。突風が吹き抜けて、目を閉じかける。


 眩しくて、完全に目を閉じるところだった。


 秋の豊穣を象徴するような、黄金に輝く巻き髪が潮風で広がる。陶器のように滑らかで、雪のように白い肌。熟れた果実のように瑞々しい唇。大きな目で、睫毛は長く、夏空を閉じ込めたような瞳。潤んだ目に吸い込まれそう。


 顔を見てルタは頬を引きつらせた。誰だか知らないが、こういう美人には関わりたくない。しかし、見捨てるなど人道外れた行為。それにしても目の前の美少女は、ぼんやりとしている。この状況で——狼に食い殺されようとしていたのに——危険を察知出来ないとは呆れる。そう思ったが、彼女を襲いそうに見えた白狼は微動だにしない。琥珀色のような目が、ジッとルタを見つめている。犬の3倍はある大きな狼。頭部に小さな角らしきものが見える。


 そうだ、この国の王には3つ子の息子と娘がいる。王子が大きな狼を従わせているという噂。あの狼は王族が飼っている狼に違いない。普通の犬や狼とは雰囲気が違う。威風凛々とした立ち姿に、ルタの腕には軽く鳥肌が立っている。噂に聞く、獰猛凶悪な猛獣、大狼か? それにしては神聖さや、荘厳さを感じる。


 何にせよ、この白狼は流星国の王子に従う獣。それなら目の前の娘は姫……そう思い至った時、白狼が頭部を縦に振った。


「プチラ! フェンリス! 星の王子様だわ! 想像通りの王子様よ! なんて運命的! 会いたかったです星の王子様。末永くよろしくお願いします」


 へ? 星の王子様? おとぎ話がどうした?


 はあ? 末永く?


 ルタは聞こえてきた台詞に耳を疑った。驚いていると、美少女の頭上に化物が乗った。人の頭くらいある、3つ目だが蜜蜂に良く似た生物。ゆっくりと近寄ってきた白狼が、彼女の体に寄り添う。両手を握りしめて、ニコニコしながら左右に揺れる美少女。


 多分、この人は蜜蜂姫ティア。


 化物さえ虜にしているという絶世の美女。蜜蜂姫ティア。行商や、今まで外交でこの国を訪れていた兄達から、ティア姫はいつも蜜蜂もどきと一緒にいるので「蜜蜂姫」と呼ばれていると聞いていた。髪が蜂蜜色だから、というのもあると兄が言っていた。一目見たら心奪われる、甘ったるい顔の美少女。まさに、今目の前にいる蜜蜂姫は噂通り。20年生きていてこんなにも美しい女性は初めて。


 容姿端麗な上にお姫様とは、さぞ高慢ちきな我儘女に育ったに違いない。


 しかし、蜜蜂姫は何故1人で海岸にいる?


「ティ、ティア姫でしょう……」


 でしょうか? と尋ねる前に蜜蜂姫が満面の笑みになったのでルタは声を詰まらせた。うっかり見惚れそうになる程愛くるしい。ルタは後退りした。容姿端麗な女は恐ろしい。いや、女自体が怖い。ルタを惑わせ、極悪の限りを尽くそうとする。皇居、後宮に住まう女達を思い出してルタは拳を握りしめた。襲われていたというのは勘違いなようなので、もうここに用事は無い。


「星の王子様。親しみ込めて、ティアとお呼び下さい」


 ティアが一歩近寄ってきたので、ルタは一歩後ろに下がった。


「滅相もございませんティア姫。我が名はルタ。東の地、岩窟切り開いた国の田舎皇子でございます。呼び捨てなど畏れ多いです。ご友人に対して、大変失礼致しました。早朝の散歩にて、偶然お会いするとは思いませんでした。夜の晩餐会にて改めてご挨拶致します」


 新興国家だが、この国は最も親しくしている同盟大国の煌国と縁がある。国王が煌国出身。先代皇帝陛下の息子にして、現皇帝の弟。蜜蜂姫はその娘。粗相があってはならない。ルタは会釈をして、愛想笑いを作った。頬の筋肉が痙攣しそう。毒牙にかかる前に、薔薇の棘に刺される前に逃げたい。気分を害したら、難癖つけられて自国がぺちゃんこにされるかもしれない。女は時に国を傾けるという、父親の忠告を思い出す。


 白狼は襲ってこなそうなので、背中を向けた。指笛を吹いて、愛馬スコルを呼び戻す。ルタは駆けつけてきたスコルに飛び乗った。即座に馬を走らせる。


 森へ入ると、はぐれていた側近リシュリを見つけた。馬で近寄る。


「ルタ様! はあ、良かった見つかって。はぐれないで下さい」

「海を見ようと言ったのに、勝手に何処かへ消えたのは君だリシュリ。そろそろ戻らないと国王陛下との謁見に間に合わない。帰るぞ」


 えー、と嫌そうな声を出したリシュリ。


「ほんの少しだけ。まだ時間がございますルタ様」


 リシュリの嘆願に、ルタは首を横に振った。まだ、時間はありそうだが海岸に戻ると蜜蜂姫がいる。


「何事も早め早めの行動だ。ったく、これではどっちが側近か分からないなリシュリ。まあ、俺は社交場が苦手だから晩餐会では頼むぞ。代わりに国王陛下との謁見時には黙っていろ」


「お任せ下さいルタ様。あれ、ルタ様? 熱でもあります? 顔が少し赤いです。あ、あ、あと背中のそれは……」


 尋ねられて、ルタは目を丸めた。顔が少し赤い? そりゃあそうだ。蜜蜂姫はあまりにも美しく愛らしかった。あれはきっと世の男を狂わせる毒蜘蛛。いや、ここは大蛇の国に属する国なので毒蛇か。女自体が信用ならないのに、あんな娘は最低最悪。絶対に近寄りたくない。


 真っ青な顔のリシュリを不審に思い、ルタは背中を見ようと首を動かした。


「蜜蜂もどき! 何で俺にひっついている!」


 ルタの上着に蜜蜂もどきが張り付いていた。春に芽吹く若草と似たような3つ目と目が合う。ふさふさの緑色の産毛。鉛色の体はまん丸で、何とも可愛い生物。可愛い、その単語でルタの脳裏に蜜蜂姫の可憐な笑顔が過った。


「ひっ! 俺を惑わして国から何もかもを搾取するつもりか蜜蜂姫! おい、離れろ! 我が国は貧乏小国! 何も無い! 大国の御曹司とか金持ちを狙え!」

「ば、ば、化物!」


 リシュリが腰に下げる剣を抜いた。刃と鞘が擦れる音がした時、蜜蜂もどきはブルブル震え出した。緑色の3つ目が一気に黄色に変わる。


「リシュリ、止めてやれ。こんなに怯えて可哀想だ。化物ならとっくに食い殺しにきている。それに、この蜜蜂もどきは噂の蜜蜂姫のペットだろう。しかしまあ、世界にはこのような生き物がいるのだな。俺はあまり噂を信じていなかった。手を出すと外交問題かもしれない」


 キョトン、と目を丸めるとリシュリは剣を鞘に戻した。恐々と蜜蜂もどきを見ている。


「蜜蜂姫のペット? こんな気持ちが悪い……ひいっ!」


 真っ赤な目になった蜜蜂もどきが、ルタの背中から離れてリシュリにペッと何かを吐いた。リシュリの頬に透明な液体がべちゃりとくっつく。蜜蜂もどきは、そのままブーンと海岸方面へと飛んでいった。


「ぎゃああああああ! ルタ様! し、死ぬ! 俺は死んでしまいます! ん? 別に何でもないな……」


 ホッとした顔をした後、リシュリは顔を思いっきりしかめた。


「く、臭っ! 草臭い! うへー……。ん? 蜜蜂姫のペット? ルタ様、追いかけましょう! 俺はこの国に、噂の絶世の美少女ティア姫を見に来たんです!」


 ルタはリシュリの顔にハンカチを投げつけて、馬を蹴った。


「いいや、行くぞリシュリ。夜の晩餐会で見ろ。第1側近なのだから、しっかりしてくれ」


 そう言い残して、城下街へ向かって走り出す。


 今夜、晩餐会でまた蜜蜂姫に会う。晩餐会は立食の舞踏会だと聞いている。なるべく蜜蜂姫を見ないようにしないとならない。その他、各地から集まるルタのような国を代表して祝いを述べにくる姫もそう。権力者の娘は、ことごとく気に食わない。気をつけないと、うっかり態度に出てしまう。口から皮肉が出てきては困る。


「各地の王子と交流を持てるのは楽しみだが、憂鬱だな……。あんな姫がいると色めき立って王子と交流なんて出来ないかもしれない」


 ポツリ、と独り言を漏らす。リシュリの馬は遅い。というか、リシュリが馬に信頼されていないせい。長所は多いが、お調子者なせいなのか、少々臆病なせいか、リシュリは馬にまで小馬鹿にされている。


「おい、リシュリ! 早く来い!」


 ルタは振り返って、リシュリを手招きした。やはり、遅い。ルタは少し馬の速度を落とした。蜜蜂姫には挨拶以外では離れておくが、第1王子エリニスと第2王子レクスとは是非話したい。連合国である大蛇の国にて、存在感強いという第1王子エリニス。何度か会ったことがある兄達は、何も語らない。複雑そうな表情で「会えば分かる」と告げただけ。ルタの父親は「難儀そうな青年」と評している。


 なので、第1王子エリニスがどんな男か良く分からない。行商は「あの方は王です」と口にする。次期国王なのだから当然なのに、何か含みのある言い方だった。この目でどのような男なのか見定め、手本になるところがあれば吸収したい。


 第2王子レクスの話はよく聞く。大変な勤勉家で、既に国王の右腕的存在らしい。福祉関係の法的整備に長けていて、他国にも意見役として招かれることがあるらしい。彼は医者としても働いていると聞いている。


「やはり、レクス王子だな。街に出ることも多いというので、偶然を装って近寄りたい」


 リシュリの馬が中々追いつかないので、独り言になる。


——なんて運命的! 会いたかったです星の王子様。末永くよろしくお願いします


 蜜蜂姫の、甘くて耳障りの良い声が蘇った。偶然海岸で出会ったのを運命的? それに星の王子様。星の王子様とは、確かこの地に伝わるおとぎ話の登場人物。ルタをおとぎ話に出てくる王子と思うとは、どういうことだ? おまけに、末永くよろしくお願いします?


 ルタはブンブンと首を横に振って、蜂蜜姫の姿を脳内から追い出した。訳が分からないので、考えないようにする。


 ふわりとした風が吹き、海の匂いがルタの鼻をくすぐった。


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