思い込み激しい蜜蜂姫、眠りにつく
【岩窟龍国】
エリニスが毒消しだという、白い金平糖もどきを持って大蛇の国から去って約半月。父の側近、アクイラとオルゴがティアとルタ皇子を迎えにきたらしい。迎え? ティアは寝室の御帳台の布団の上で半身を起こした。正確にはアンリエッタとカールがティアの体を起こしてくれた。
いつの間にか、寝ていたらしい。昼間だった筈なのに薄暗い。灯篭の薄明かりが照らす部屋の中、アクイラとオルゴが悲しそうに眉根を寄せている。ふと見ると、ティアの近くにルタ皇子がいてくれた。
「ティア様。これは、なんとまあ……」
「少々違って見えますが、コーディアル様の病は子に伝わる病だったのですね……」
ルタ皇子がティアの体を抱き上げて、御帳台から出してくれた。ルタ皇子はティアを抱きながら、アクイラとオルゴの前に座った。2人の隣に神妙そうな表情のレクスが座っている。
アクイラにアンリエッタ、オルゴにカールがしがみついた。
「父上! 日に日に悪くなっているのです!」
「父上! かつてコーディアル様を治したという蛇神様を探さねばなりません!」
すすり泣くアンリエッタとカール。それぞれの父親がアンリエッタとカールの背中を撫でる。こんなに心配を掛けて、日々の世話もしてもらっているのに、とティアの胸が痛んだ。
その時だった、エリニスと去ったのでずっと姿を現さなかったプチラが、開いている窓からブーンと入ってきた。緑色の産毛なので、生まれた時から一緒にいるプチラだろう。そんな気がする。
「プチラ、お見舞いに来てくれたのね。ティアは元気よ」
妙に眠いのと力が入らない以外は元気。ティアの胸へ飛んできたプチラを抱き締める。そのくらいの力は出る。
「ルタ皇子、このアクイラとオルゴが来たということはティアは流星国へ帰国してももう大丈夫だということです。ティアを蝕む病は、この地の北にある死の森から飛んでくる胞子が原因だそうです。母と同じく、耐性が無いようなのです。この地を離れれば、今より悪くはならないでしょう」
レクスの発言に、アクイラとオルゴはそれぞれカールとアンリエッタから腕を離した。
「エリニス様とレクス様はよくぞそこまで調べました。それにエリニス様。エリニス様は大蛇の国を救わんと、偉業を成し遂げられた。大蛇の国本国ドメキア王にシャルル様が戴冠致しました」
「蛇神に選ばれた真の王です」
アクイラとオルゴが語った大蛇の国での出来事。巨大な2匹の蛇と、無数の蛇が現れ、ジョン王太子一派を捕縛。本国、天空城の最上階にてシャルル王子に奇跡が降り注いだという。
「紅の光が注ぎ、シャルル様の病が治りました。蛇神の遣いを名乗る者がシャルル様に王冠を乗せたのです」
「大蛇の国、創世記と良く似た光景で震えが止まりませんでした。血塗れの革命ではなく、無血革命です」
アクイラとオルゴは顔を見合わせて、うんうんと大きく頷いた。2人とも涙目。ティアとしては、大蛇の国がそんな事態になっていたこともつい半月前まで知らなかったので、エリニスとレクスが暗躍していたことには驚きしかない。あと3つ子なのに除け者にされていたのが寂しい。
「あんなに小さかったエリニス様が、このように立派な者となって……。西の次は東だと、エリニス様は旅立たれました。かつて情けないフィズ様をけしかけ続けてコーディアル様との仲を取り持った甲斐がありました」
「そうだなアクイラよ。俺達こそ大蛇の国の救世主。フィズ様を何度蹴り上げたか。権力を振りかざして婿入り、影から盗み見。あんなに情けなかった方を俺達が立派な王にした。その背を見て育ったエリニス様は偉人となった。俺達は素晴らしい近衛兵長だ」
力強い握手を交わすアクイラとオルゴ。この2人、父の側近なのに近衛兵長とはどういうこと? アンリエッタとカールの「ティアの護衛騎士隊長は自分」という自己主張はここからか。
「父上。このアンリエッタもルタ様を蹴り上げ、必ずや偉大な王とします」
「父上。このカールもルタ様を殴り続けて、必ずや偉大な王とします」
目を合わせたアンリエッタとカールもガッシリと握手をした。
「仕方ないので私はルタ様の護衛騎士隊長となるわ」
「ならば私はティア様の護衛騎士隊長。たまに入れ替わろう」
えーっと、これはどういうこと? ティアはルタ皇子を見上げた。
「レクス王子、本当に国に帰らないのですか?」
ルタ皇子の問い掛けに、ティアは耳を疑った。
「エリニスが東へ行くから僕も行く。あいつには世話役が必要。死の森や森に生息する胞子植物の研究をするのにも、あらゆる生物と以心伝心するエリニスが必要。お願いした通りです」
エリニスがあらゆる生物と以心伝心する? そういえばそうかもしれない。いつもバシレウスやココトリスと話しているようだった。先日も、プチラと何かを語っていたように見えた。エリニスはいつも奇想天外。なので、あまり気にした事がなかった。ルタ皇子がティアを見下ろした。
「エリニス王子とレクス王子が去ると、流星国の後継は貴女ですティア様。私は生涯貴女を隣で支え続けたいです」
生涯。
隣で支え続ける。
プ、プ、プロポーズ♡
もしや、幻聴?
ティアはルタ皇子に抱きつこうとした。しかし、怠くて上手く体が動かない。代わりに逞しい胸に頬を寄せた。
「ルタ様……良く聞こえなかったのでもう一度お願いします」
ルタ皇子はクスクス笑いながら、大きく頷いて同じ台詞をもう一度言ってくれた。
「私は生涯貴女を隣で支え続けます」
幻聴じゃなかった。
やっぱり愛情たっぷりのプロポーズ。
夢みたい。夢? これこそが明晰夢かもしれない。以前、明晰夢だと思ったのは現実だった。しかし、これこそ夢だ。だって体中がフワフワする。
ルタ皇子をアクイラとオルゴが睨みつけた。アンリエッタとカールも親にそっくりな睨みをした。
「却下です。却下! そのような半端者は流星国に必要ありません! このアクイラが煌国から良い皇子を選抜しましょう」
「そうだオルゴ。流星国の王位継承権を得たティア様は煌国への嫁入りを拒否出来る。逆に婿取りです。大陸中を探してフィズ様のような方を育てよう」
「そうです父上! こんなに大変そうなティア様に王として働け? そんな男は必要ありません」
「その通りだアンリエッタ。私達2人でティア様に相応しい伴侶を探そう。大陸中探せば1人くらいいるだろう」
「言われたい放題じゃないですか! ポンコツ皇子! しっかりしてください!」
声の主、リシュリを見つけてルタ皇子がリシュリを睨んだ。存在感が無くて、アンリエッタの少し後ろに座っていることに気がつかなかった。
「全員喧しい! 揚げ足を取るな! 特にリシュリ! 主の背中を刺すな! 当然、このルタが流星国を背負う。ティア様の何もかもを担う。国も、病も、何もかもだ!」
おおおおお、と拍手が響く。
「そのような覚悟なら反対致しません。むしろフィズ様へ進言致しましょう。なあ、アクイラ?」
「その通りだなオルゴ。ルタ皇子。いや、ルタ様。是非とも流星国と我等の宝石、ティア姫を支えて下さい。このオルゴ、必ずやお力添えをします。娘を手放したくないフィズ様を常に説教しておきます。今までのように」
アクイラとオルゴはしたり顔。ルタ皇子が「揚げ足取り」と言ったように、ワザとか。それにしても、父がそんなにティアを手放したくなかったとは知らなかった。
「まあ、それならこのアンリエッタはルタ様を育てる手伝いをします。ねえ、カール」
「そうだなアンリエッタ。大陸中を探す手間が省けるしな」
ティアに負けない愛嬌たっぷりな笑顔のアンリエッタ。妖艶な笑みのカール。その2人を見てボーッとするリシュリ。
ルタ皇子は一瞬呆れ顔をした後に、精悍な表情になった。
見上げるルタ皇子の凛々しい、決意みなぎる、格好良い顔にティアは見惚れた。ティアに微笑みかけたルタ皇子に、心臓を止められるかと思った。見た目が悪くなっても、ちっとも平気。ルタ皇子はやっぱり星の皇子様だった。多分、最初から今の姿でもティアを見つけてくれた。体が不自由だと迷惑をかけるだろうけど、そこは努力家のティアなら大丈夫。出来る範囲で何かしらルタ皇子を支えられる。
レクスだけ不機嫌そう。さっきから一言も発していない。でも手を叩いてお祝いしてくれている。かなり、おざなりな拍手で仏頂面だけど、目の奥に「おめでとう」という光が滲んでいる。
今日は何て素晴らしい日なのだろう。
この幸福を光にして、夜空に流して、流星にしたら色んな人の願いが叶うんじゃないだろうか? 喜びで胸が一杯。
やっぱり夢かもしれない。フワフワ、フワフワする。ボーッとして、視界が霞む。欠伸も出た。眠い。眠い? 夢の中で寝たら起きるという。いつから眠っていたのだろう? エリニスが蛇神様のようになったという話に真実味が無いので、その前から? ルタ皇子がティアに愛していると文をくれた事がそもそも夢みたいだった。なので、その前?
それより前だったらどうしよう。ルタ皇子と出会うより前。
でもルタ皇子はティアの星の王子様なので、今が全部夢でもまた会える。運命の相手なのだから、必ず会える。試練があって、すれ違ったり辛いことがあっても、結局はずっと仲睦まじく暮らせる。ルタ皇子となら何があっても大丈夫。そういうものだ。
なのでどこから夢でも問題ないか、と思いながらティアは眠りについた。