龍の皇子、再会する
不穏な雰囲気の大蛇の国。ルタ皇子は流星国城の地下牢にて、意外な人物に会います。殺されたと聞いたシャルル王子です。
毒を盛られ、シャルル王子は殺される寸前でしたがエリニス王子とレクス王子に救われました。しかし、得体の知れない毒を盛られたシャルル王子。皮膚の硬質化、浮腫み、それに節々の強い痛み。とても可哀想な事になっています。ルタ皇子は彼を励まし続けました。
2週間後、フィズ国王はレクス王子と帰国。ルタ皇子はシャルル王子の身を預かる事になりました。シャルル王子と共に、主治医としてレクス王子もついてくると言います。
エリニス王子はジョン王太子をどうにか蹴落とし、自ら王になると決意したそうです。間も無く、大蛇の国には革命が起こるという噂。エリニス王子の目的が成し遂げられれば、ルタ皇子とティア姫には何の障害もありません。
ドメキア王が崩御し、ジョン王太子は2週間後に戴冠予定。エリニス王子による革命が失敗すれば、ジョン王太子は煌国、岩窟龍国へ戦争を仕掛けてきます。名目はティア姫誘拐。十中八九、穏便に済ます為にティア姫はジョン王太子の元へと行くでしょう。
間も無く、大蛇の国は血みどろの革命戦争です。
と、誰しもが思っていますが歴史は思わぬ方向へ転びます。エリニス王子、単に王になる気なんてありません。もっと別の事を考えています。でも、これはあくまでティア姫とルタ皇子の恋物語。革命の話はまた別の物語。
ルタ皇子はティア姫の元へと帰ります。
☆★
【岩窟龍国】
帰国早々、ルタはシャルル王子とレクス王子を皇帝と皇帝側近テュールへ任せた後に、ティアの元へと向かった。国を離れて1ヶ月以上過ぎている。会いたくて仕方なかった。
大蛇の国にて、ルタは死んだ事になっている。ジョン王太子が戦争の口実にしようとしているティアと共に、何処かに身を潜める。それがフィズ国王、レクス王子やシャルル王子と相談して決めた作戦。
ルタが不在になろうと、岩窟龍国は崩壊したりしない。しかし、大蛇の国が束になって攻めてくればペチャンコにされる。ティアも奪われる。血の匂いがするという、暴君になろうとしているジョン王太子に。
国を離れる前に、テュールに託した案件。ティアの引越し。ティアはルタの屋敷に移動してくれたと聞いた。ルタは自らの屋敷に向かいながら、何を話すか考えた。血生臭い話はしない予定。婚姻の許可が出たと話して、新婚旅行と称して東へ向かう予定。隣国に父の知人がいる。
廊下で見知らぬ尼とすれ違った。ん? と振り返る。尼? 何故、尼がルタの屋敷にいる。白い頭巾に白い服。何故、黒ではなく白い装束? そんな尼は見たことがない。尼は廊下を走り出した。一瞬だったがそれでも目に入った。尼の顔半分は酷い肌。灰色でボコボコして見えた。
「お待ちください!」
叫んで振り返る。向こうも足を止めて振り返った。尼だと思った人物はティアだった。やはり何て悲惨な肌。しかしまだ残る無事な肌と、美しい澄んだ空色の瞳でティアだと分かる。しかし、何故、尼の格好? これでは綺麗でフワフワした髪が全く見えない。
「その顔、どうしました? 痛いです? 辛くは無いですか? 何があったのです? 何故そのような格好を?」
「まあルタ様。恥ずかしいので見ないで下さい。久々過ぎて、それに数々の情熱的な文もいただき、ティアはルタ様を直視出来ません。今も逃げようとしていました」
左側の白い頬を赤らめて、照れ笑い。その後は両手を頬に当てて上目遣い。予想外の表情に、ルタは面食らった。普通、多分普通はこういう場合「酷い顔なので見ないで欲しい」と言うものではないか? ルタがティアならそう言う。それなのに、先程の台詞に今の表情。悩ましい上目遣いで、直視出来ないのはルタの方。視線が泳ぐ。耐えないと、嫌っているという誤解をされる。
「いや、見たいので見ます。帰国が遅くなってすみません」
「いいえ。寂しかったですけど、素敵な文を残していただきました。真心たっぷりで、毎日楽しく過ごせました。ありがとうございます」
上機嫌という様子のティア。見た目は辛そうなのに、何てことないという様子。悲しみや辛さを、隠しているという感じは全くしない。
「何だかよく分からない病気です。うつりませんので安心して下さい。少し痛い日もありますが、元気一杯です。髪が抜けてしまったので、この服をいただきました。白い袖頭巾、可愛いので気に入っています」
髪が抜けてしまった⁈ ルタは大口開けて固まった。ティアの髪が抜けたことより、このあっけらかんとした態度が不思議でならない。
「ルタ様? どうされました?」
「い、いや、いや……。どうした? は貴女の方ですティア様。そんな、何でもないという態度を取り繕って……」
キョトン、と目を丸めるとティアは首を傾げた。それから、モジモジし出した。可愛い。何て愛くるしい仕草。はにかみ笑いも加わっているので、破壊的に可愛い。ルタは今度は別の意味で固まった。全身が熱くなる。
「何でもないだなんて……恥ずかしいのと、嬉しいので、今にも倒れそうです……」
「そ、そうですか……。ティア様……いやティア……それなら休むか? その、あの、2人で……」
俺は何を言っているんだ! と心の中で叫ぶ。ティアが益々真っ赤になった。
「ふらあへっ?」
ティアが何とも間抜けな声を出した。面白くて吹き出す。
「そんな声、どこから出るんですか?」
ルタはティアの両手を取って握った。左手はスベスベ、しっとり、な普通の手。右手はザラザラで固い薄い灰色の手。豆があって、良く働いたの分かるのは同じ。それに寄る辺のない小さな手なのも一緒。
「そ、そ、そんな声とは間抜けな声です?」
「いいえ、……かわゆい……声……です……」
目を背けない、笑う、と心掛けているのに難しい。それに言葉も上手く出てこない。ルタはティアの左手を離して、右手を引いて廊下を歩き出した。
「ひ、人が通るとアレですので……とりあえず部屋に……」
背中に悪寒がして、ティアを庇うようにして振り向く。
「貴様! 婚姻前のティアに手を出そうなど首を刎ねてやる! 破廉恥野郎! 許さん!」
何でここにいるレクス王子。鬼の形相で殴りかかってきたので、ティアを抱き上げて庭へ出た。首を刎ねると言ったが、さすがに抜剣はしていない。
「頭を撫でたりしようと思っただけです!」
瞬間、ティアが首に腕を巻きつけてきた。頬ずりされ、力が抜けそうになった。
「レクスお兄様。遠路遥々見張りに来たようですが、ルタ様とティアは夫婦です。何でもします」
夫婦? まだ夫婦ではない。もうすぐ夫婦だがまだ違う。何でもします? 何でも? 何でも? どこまで分かっていての発言だ?
何て言おうか迷っていたら、また背中に寒気がした。バッと見ると、目が笑っていないエリニス王子。庭の灯篭の上でしゃがんでいる。
エリニス王子⁈ 何でいる⁈ ジョン王太子を討って王になるんじゃなかったのか⁈
「よう、龍の皇子。前は据え膳食わなかった事に苛々したが、今度は逆だ。やはり、本人の希望でも腹が立つ」
蹴りかかってきたエリニス王子。
「そもそも俺が女に苦労しているのに、イチャイチャと見せつけるんじゃねえ! 恋人とか夫婦とか滅びろ!」
「はあああ⁈ 言ってる事が無茶苦茶だ!」
どう見てもルタよりも容姿端麗で、絶対女に不自由しなさそうなエリニス王子の、謎の嫉妬心。エリニス王子の蹴りを避けると、レクス王子の拳が飛んできた。
「おいレクス! ティアに当たったらどうしてくれる!」
「それはこっちの台詞だエリニス!」
「八つ当たりとは情けない男だな!」
「お前の嫉妬心の方が余程情けないだろう!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、組手のような喧嘩を始めたエリニス王子とレクス王子。
「あの2人、いつもです。喧嘩するほど仲良しなので放置してください。そのうち肩を組んだり、チェスを始めます」
心底呆れた、という表情のティア。ルタは戸惑いながらも首を縦に振った。あんな物凄い殺気を放って、拳や蹴りを繰り出しているのに、そのうち肩を組む? チェスをする?
「ま、まあ……今のうちに行こうティア」
抜き足、さし足で歩き出す。やはり、あんな兄2人がくっついてくるのは……仕方ない。それは仕方ない。諦めよう。ルタは腕に力を込めた。本当に、いつからこんなにティアに惹かれてしまったのだろう?
「何、逃げようとしてるんだポンコツ皇子! 」
エリニス王子が投げてきた小石がルタの脛に当たった。ん? ポンコツ皇子?
「っ痛!」
「まあ、エリニス! ティアのルタ様に何てことを! バシレウス! ココトリス! これはさすがに叱る案件よ!」
ティアがそう叫ぶと、エリニス王子に巻きついている角蛇がエリニス王子の頬をつつき始めた。エリニス王子の頭上にいる鷲蛇も同様。
「というかティア! その顔はどうした?」
レクス王子の悲鳴に近い声に、場が一気に静まり返った。
「謎の病気ですお兄様。お医者様にもサッパリ分かりません。うつりませんので安心してください。あと、少し痛いこともありますが元気一杯です」
腕の中のティアを見下ろすと、やはり無邪気な笑顔。
「ホウ病だティア。部屋にある毒消しで治る。しかし、あの毒消しが他にも必要な奴がいる。シャルルだ。種類と重症度は違えど、原因は同じ病。お前を慕うアピス達がくれた毒消し、全部シャルルに譲ってくれねえか? 俺はその為にティアに会いにきた」
ホウ病? 毒消し? アピス? 真剣な眼差しのエリニス王子。上着の内側から、麻袋を出した。何かが入っている。
「毒消し? あの白い金平糖みたいなものです? エリニスお兄様、アピス達とは誰です?」
ブーン、という羽音が聞こえて空を見上げた。蜜蜂もどきプチラだと思ったら、1匹ではなかった。ザッと見て、100匹はいる。産毛の色がまちまち。赤、黄、緑、青。かなり煩い羽音と、威嚇するような「ギギギギギ」という鳴き声。3つ目は一様に真っ赤。
「まあ、プチラがいっぱい……」
「アピスの子だティア。まあプチラの名を気に入っているからプチラで良い。1匹ずつ名前をつけたりするんじゃねえぞ。まあ、お前ってアピスの子がどんどん入れ替わってもちっとも気がつかないのな。産毛の色が変わったのを、反抗期! 我が妹ながら変な女」
いや、変な女よりも変な男はお前だろうとルタは言いそうになった。
「入れ替わって? まあ、ティアにはこんなに沢山の親友がいたのね……。エリニスお兄様。プチラは何でこんなに怒っているの?」
「毒消しも作れない未熟な末っ子虫に一生懸命用意した毒消しを奪いに来た。って怒っている。違うと言ってくれ。海蛇一族と違って、コイツらは俺のことをそんなに好きじゃねえんだ。贔屓? 贔屓などしていない。遊べ? そんなの後だ後。本当にアピスの子は喧しいな」
うんざり、という表情のエリニス王子。この男、蜜蜂もどき——アピス?——と話せるのか? 馬鹿力に人とは思えない身のこなしもそうだが、本当に奇想天外な王子。
「エリニスお兄様、シャルル様はティアと同じ病気なんです?」
「まあな。あいつは今後、ずっと人前に出ないとならん。仕事も膨大。ティア、これを貰って良いか?」
手に持つ袋を軽く揺らすエリニス王子。
「良いですよ。エリニスお兄様がティアからその毒消し? を貰っていくってことは、この病は死んだりしないのでしょう。シャルル様の方が悪いということですよね? 早く治してあげて下さい。ララ姫も心配しているでしょう。ティアはこの通り元気一杯です」
泣き笑いしてから、エリニス王子は恭しいというように片膝をついて首を垂れた。
「すまないティア。お前ならそう言うと思った。ありがとう」
プチラ達の鳴き声がピタリと止んだ。空に道を作るように、左右に分かれるプチラ達。その間に黒狼ヴィトニルが現れ、庭に着地した。尻尾に丸くて土色の肌をした、ぐったりしたシャルル王子を掴んでいる。エリニス王子が黒狼ヴィトニルへ飛び乗った。
「龍の皇子、半月この国でティアを守ってろ! ティア、レクス、命は短しされど尊い。自由に好きに生きよ! 俺は大蛇の国を照らす太陽となる! 18年間楽しかったぜ! あばよ!」
風のように去っていったエリニス王子と黒狼ヴィトニル。それにシャルル王子。プチラの群れが彼等についていくのか、一列になって飛んでいく。虹とも違う、なんとも不思議な七色の線が青空を横切っていく。
「今生の別れに、あばよ。ふんっ、そのうち見つけ出してまたチェスでけちょんけちょんにしてくれる。ルタ皇子。僕はこの地を拠点に薬学の研究をします。世話になりますね。エリニスが失敗したら東へ亡命しますよ」
レクス王子はさめざめと泣いていた。袖で涙を拭うと、レクス王子はそそくさと歩き出した。
「変なエリニスお兄様。あばよだなんて、寂しがり屋だから、すぐに会いに来るわ。ルタ様、大蛇の国で何があったんです?」
ティアの問い掛けに、ルタは首を横に振った。何もかも分からない。レクス王子に手招きされたので、後に続く。ルタとティアは、レクス王子から大蛇の国でこれから何が起こるのかを聞いて、驚愕した。
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大蛇の国は、その名の通りに蛇に似た生物が住まう地でした。バシレウスやココトリスの仲間です。エリニス王子と共に生きる海蛇達は、エリニス王子と一芝居打つ予定です。大蛇の国に伝わる蛇神伝説をなぞらえながら、シャルル王子を戴冠させる。エリニス王子は自らを蛇神の遣いと偽り、その後押しをして祖国から消える。
その計画の詳細は、別の物語。
半月後、エリニス王子は本当に神話になりました。