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思い込み激しい蜜蜂姫、起きているのに夢を見る

 熱い。熱すぎる。それに煩い。バクバク、ドキドキ、バクバク、ドキドキ。ティアの心臓、破裂するんじゃないだろうか。頬に当たる、服越しでも分かる厚い胸板。


 ティアは思わず頬を抓ろうとした。座っているルタ皇子に抱きしめられていて、腕も包まれていて動けない。頬の代わりに口の中を軽く噛んでみた。痛い。痛いから、夢ではない。いや、痛い夢もあるというので、夢だろう。感触、匂いなどもあるのは、確か明晰夢というやつだ。


 早起きしたから、居眠りしたらしい。何処で? 絵本を読み始めたところからだろう。本を読むと眠くなる。


「ティア……」


 吐息のような声で名前を呼ばれ、やはり夢だと確信した。我慢出来なくて泣くほど、想っていたからだ。


 なんて素敵な夢♡


 頬が緩む。えへへ、と変な声が出そうなのだが、夢でも恥ずかしいので堪える。代わりに「えいっ」とルタ皇子の胸に擦り寄る。現実と違わなそうな感触。好き放題するなら、夢である今のうち。そうだ、と思いついた。


「ルタ様……。ティアの髪は中々触り心地が良いと思います」


 夢の中でも、恥ずかしいので顔が見れない。もう少し、夢が続いて慣れてきたら勇気を出して顔を見よう。とりあえず、今の言葉で髪を撫でて貰えるかもしれない。撫でて下さい、では恥じらいが足りない。多分、そうだ。エリニスが、女は恥じらいと大胆さのバランスが大切と言っていた。レクスはティアに淑女であれと常々説教。シャルル王子もララ姫の奥ゆかしいところが魅力的だと、エリニスに話していた。ララ姫のために盗み聞きしたことが、今役に立っている。


 しかし、夢なのに、ティアの願望なのに、頭を撫でて貰えない。明晰夢とは操れるのではなかったか? そう、本で読んだ。いつ読んだかは覚えてないが、確かに読んだ。記憶力は良い方。


「ティア……」


 また名前を呼ばれた。何て甘い響き。年に1度は食べたい大好きなマカロンより甘ったるい。何だ操れるじゃないかとティアは、とりあえずルタ皇子の胸に頬ズリした。服から香るのは何の香料なのだろう? とても心地良い匂い。とても好きな芳香。ティアとルタ皇子は運命の相手だから、やはり気が合うのか。夢だから、そういう事になっているだけ?


 実際はどうなのだろう? 疑問符が頭に浮かんだ時、ルタ皇子の腕の力が強くなった。一瞬、ビクリと体が強張る。そうだ、ティアが匂いを嗅げるということは逆も然り。で、今のティアの匂いは何だ? 臭いって思われたらどうしよう。昨日、きちんと髪を洗った。お風呂も入った。頑張り屋さんだから来なさいと言ってくれた皇妃様と仲良く湯船に浸った。しかし、髪を触って貰えないのは臭いからだ。


「は、離れ、離れて下さいませ……」


 口にしてから、これは夢だと思い出す。つまり、このティアを宝物みたいに抱きしめてくれているルタ皇子は幻想。幻。ティアの脳内人形。


 ルタ皇子の腕が緩んで、体が少しずつ離れる。忘れないようにルタ皇子、ではなくルタ皇子(幻)と常に言い聞かせよう。夢なのだから、何をしても許される。少々ふしだらで、破廉恥でも大丈夫。


 ティアは「ええいっ」とルタ皇子(幻)に抱きついた。


「や、やはり……このままでお願い致します……」

 

 背中が広くて驚く。ルタ皇子は背は高いがどちらかというと細身。エリニスと同じくらい広い背中。夢だから、ティアの知っている男性が基準なのだろう。今の大きさまで成長したティアが、こんな風に腕を回したことがある男は父か2人の兄のみ。ルタ皇子(幻)はつまりエリニスもどき。途端に心臓の爆発音が治っていく。


 ティアは腕の力を緩めて、そっとルタ皇子(幻)からも離れた。


「はあ……夢の中の自分の幻想にドキドキしてティアは大馬鹿ね。こんなエリニスもどき、ルタ様と違うのに」


「夢? エリニスもどき?」


 ルタ皇子(幻)の問いかけに、ティアは顔を上げた。


「あら、でもルタ様そっくり。流石、毎日見ているだけあるわ。ティアの記憶力は良いもの。黒子の位置まで同じ」


 そっと手を伸ばし、ルタ皇子(幻)の左頬真ん中辺りにある黒子に触れる。ベタベタ触るのは淑女ではない気がする。ティアは伸ばした手を引っ込めた。


「宝石みたいに綺麗な瞳。優しさを閉じ込めたみたい……。これもティアの記憶力がズバ抜けているからね。明晰夢って素晴らしいわ。こんなに近くでルタ様を見れるだなんて……」


 笑ってくれれば良いのに、ルタ皇子(幻)は無表情。操れるんだか、操れないんだかハッキリしないな明晰夢。念じてみる。効果なし。うんと念じてみる。効果なし。ティアは大きなため息を吐いた。


「ティアの夢なら笑ってくださる?」


 口に出して懇願してみたら、ルタ皇子(幻)は頬を引きつらせた。嫌そうなので、もっと大きなため息が漏れた。


「もうっ! 夢ならティアの幻想なのに、笑ってくれるくらい良いじゃない。髪くらい撫でてくれても……」


 立ち上がったら自然と唇が尖った。夢の中でまでルタ皇子に嫌がられるなんて、と悲しくもなってくる。我慢しようとしても、ポタポタと涙が畳へと落下した。


「自分の夢に八つ当たりしても仕方ないわ。それに、夢ではしゃいでいる場合じゃない。現実で励まないとならないわ。夢から覚めるには……寝れば良いのかしら? きっとそうね」


 寝るなら御帳台。後宮に戻り、ルタ皇子が用意してくれたという可愛い御帳台で寝る。リシュリがそう言っていた。あのお気に入りの御帳台は、ルタ皇子が用立ててくれたらしい。リシュリは直ぐ嘘をつく。ルタ皇子はティアを嫌っていないという嘘。だから、御帳台の件も嘘。ティアを慮った優しい嘘。岩窟龍国はティアを妃にしたい。得ばっかり。大蛇の国と縁が結ばれる。流星国は交易が盛んなので、岩窟龍国は参加したら絶対に儲かる。次にティアの祖父、煌国御隠居と縁が出来る。あまり会ったことはないのに、ティアは溺愛されているのでとても強い権力だ。


 それを差し引いても、ルタ皇子はティアでは不満。却下。要らない。らしい。素晴らしい皇子なので今のティアでは不満なのは至極当然。南の国だ。大陸王者と呼ばれるほど栄えていて、お金持ちの南の国のお姫様ならきっと横並びになれる。ほぼ鎖国しているので、会った事はないが南の国のお姫様は聖人君子らしい。宗教の頂点で、国民の手本。そういう話だ。つまり、ほとんど女神様。ルタ皇子に相応しい。2人が出会う前にティアも同じようにならないとならない。でないと女神様がルタ皇子のお妃様になってしまう。


「寝て、起きないとならないわ。頭を撫でて欲しいとか、頬にキスして欲しいとか、ふしだらで不埒なのを直さないと。淑女でないと益々嫌われるもの。手を繋いで散歩も、お花を髪に飾ってもらいたいも欲張り。ティアは全くもって星姫になれてないわ」


 涙がしょっぱい。味まであるのかこの夢。腹が立ってきた。袖で涙を拭い、上を向いく。拳を握って天井へと突き上げた。小さい頃はエリニスやレクスと3人でしていた、頑張る合図。今は1人。


「エリニスやレクスは元気かしら? お父様やお母様にも会いたいわ……。でもルタ様の顔が見れない……。帰ろうかしら……ルタ様のお妃様になれないとあのジョン王太子のお嫁さん? 血の匂いがするから嫌……。なら煌国なのね……。あの国、お妃様だらけ……」


 考えないようにしていたことを思い出してしまい、トボトボと歩き出す。


「家臣になれば良いのだわ。それで、ルタ様のお妃様を探すのよ。星姫を見つけないと。ティアは南の国へ交渉に行くべきね。それで、ルタ様は幸せになれるわ。ティアも幸せ。お妃様が見つかるまで、この国に居座れるもの。我儘で自分勝手でもいいわ。血の匂いもその他大勢も嫌。絶対嫌。お父様やお母様が打ち首になったら困るからそんなの無理ね……」


 手を掴まれて、振り返る。ルタ皇子(幻)だった。やはり、無表情。むしろ険しい怒り顔。ティアは顔を背けた。


「そうよね、理不尽よね? ティアが怒っているから幻想も怒るのね。こんなルタ様、見たくないから早く寝ないと。行きましょうルタ皇子の幻。添い寝だなんて破廉恥極まりないけど、夢でくらい許されるわよね。黙っていれば誰にも知られないわ」


 それにしても、怒り顔でティアを見るルタ皇子の夢なんて、最低最悪!


 ムスッとしたら、引っ張られてまたルタ皇子(幻)の腕の中。座って抱きしめられた次は、立って抱きしめられる。ティアの脳内妄想を叶えてくれるなら、もう少し思い通りになって欲しい。しかし、嬉しいのでルタ皇子(幻)の胸にそっと両腕を添えて寄りかかった。


 このままなら、ずっと寝ていたい。


 やっぱり素敵な夢♡

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