天の川の恋 織川七姫√
かなり文字数が多いです。
ギリギリ七夕投稿です。
僕が好きな織川七姫さんはその美しさと名前から織姫と呼ばれている。そんな織川さんがこの学校で一番のイケメンに告白されているところを階段から降りてくると偶然、僕は目撃してしまった。
見られたら恥ずかしいので僕は咄嗟にバレないように壁を盾にして隠れる。
よく廊下で告白できるね。驚きだよ。てかっ、見られちゃっているよ。
「ごめんなさい。あなたのことは人としては好きですけど、異性としては好きになれません。あの……わたしはその……好きな人がいますから」
えっ!? 今、サラッと衝撃的事実を聞いたんだけど!? あれ? おかしいな? 好きな相手は僕ではないことはわかるのにどうして嬉しく思っているんだろう?
自分の感情に不思議に思い、この感情はどういうことか考えていると足音が近づいてくるのがわかる。
ちょっ!? ここは僕の得意技を見せる時!
そう心の中で叫び、目をそっと閉じる。そして、次に僕が目を開けた時には何一つ変わっていないが、僕の得意技が成功したことがわかった。
次の瞬間に織川さんがこちらにやってきて、僕の前を通り過ぎて下の階へと降りていく。
彼女の艶があり美しい長い赤みがかった黒髪に僕は見とれる。
はぁ。あんな人に異性として好意を抱かれている人って羨ましい。あっ、もしかして晶馬くんかな? それだったら僕としては別にいいんだけどね。むしろ、祝福するよ。僕なんかよりも十分魅力があるしね。
晶馬くんとは僕の唯一と言っていいほどの友達の久沢晶馬のことだ。って、僕は一体誰に紹介しているんだ?
そんなことを心の中で繰り広げていると先程告白して玉砕した学校で一番のイケメンが涙を浮かべながら、走ってきた。
やったね! 玉砕している!
僕はそんな最低なことを思ってしまった。
でも、この学校の男子生徒全員がそう思っているだろうね。いやいや、ダメだよ! 僕! 人の不幸なんて喜んじゃいけないんだ! そんな最低な人間になっちゃダメだよ!
頭を振りながら自分を戒める。
二人が完全にいなくなったところで僕は得意技の影を薄くするをやめる。
「さて、僕も帰るか」
独り言を呟いてから家に帰るために下足箱で靴を履き替えて、帰路に着いた。
僕はきっと夢を見ている。そうじゃないとありえない光景が目の前に広がっている。
「貴方と会えて本当によかったです」
織川さんみたいな赤みがかった黒髪の女性が僕に話しかけてくる。その女性の格好は赤、青、黒、白とキレイな四色の織物で作られた着物を着ている。
「そんな別れの言葉みたいなことを言わないでおくれ。一年に一回だけど僕達はまた会えるのだから」
僕の口が勝手に開きそう紡ぐ。
「そうですけど! 今までのように毎日会えない!! そんなの別れと一緒じゃないですか!!」
「一緒じゃないよ。別れというのは今後いつ出会えるかもわからないことなんだよ。でも、僕達は一年後の七月七日には必ず会える。僕達はそういう運命なんだよ。だから、別れじゃない。少しの間会えないだけだよ。一年なんてあっという間なのだから」
僕の口から紡がれた言葉を聞いて、彼女は涙を流す。その光景に胸が締め付けられて僕も勝手に涙が流れてくる。
「彦星!!」
「来ちゃダメだ!! 織姫。一年後にまた会おう」
彦星と呼ばれた僕は涙を彼女には見せたくないため背を向けて、そう叫びながら少しずつ立ち去る。
僕の……いや、彦星の言葉を聞いた織姫の盛大な泣き声が彦星を通じて僕の耳にも届く。それでさらに胸が締め付けられた。しかし、彦星は振り向かずに二人を別つ、大きな川に背を向けたまま歩き出した。
「はっ!? なんだ夢か……。まぁ、当たり前か。あまりにも好きすぎて夢にまで織川さんが出てくるなんて、恥ずかしい。って、あれ? はは。現実でも泣いちゃったか」
いつもよりも少し早いが起きて、朝食の準備を始める。
それにしても真っ暗だな。まぁ四時代だし、仕方ないか。とりあえず僕は体を伸ばす。
さてと、今日の朝食は何にするかな?
冷蔵庫の中身を確認して絶句する。
「……………………」
どうしよう? 何もない。まさかの朝食抜きかな?
今、僕がいる場所はあるアパートの一室。僕は赤ちゃんの頃にこのアパートの前に捨てられていたらしく、大家さんの慈悲でここに住まわせてもらっているらしい。学費とかも大家さんが負担してくれていて、学校も普通に通えている。僕が健康に育ったのも全て大家さんのおかげだ。
「それにしても、本当に朝食をどうしよう?」
考えるとあることが頭に浮かんだ。
そういえば部屋が僕の横の人は確か親から仕送りをもらっている引きこもりのニートだったな。なら、こんな時間帯でも起きている可能性があるし頼んでみるか。
外に出て、隣の部屋の前に立つ。
「うぅぅぅ、寒。さすがに六月のこの時間帯は部屋着だと寒い」
今さらながら、部屋着で外に出たことを後悔した。けど、着替えるのは面倒くさいのですぐさま隣の部屋のノックをする。
「おはようございます。隣の部屋に住んでいる星天夕彦ですけど。少し食材をわけていただけないでしょうか?」
そうまだほとんどの人が寝ている時間帯だから控えめだが、大きな声で言うと扉が開いた。中からは金髪を自然の赴くままに伸ばしている女性が出てきた。
「いいわよ。その代わり条件があるわ」
「なんですか?」
「今後、色々と手伝ってくれない? 家事とか」
「はい、いいですよ。なんなら今からでも何かしましょうか?」
「そうね。なら、掃除でもしてもらうわ」
「掃除ですか? なら、着替えてくるので少しお待ちいただけるでしょうか?」
「わかったわ。着替え終わったら勝手に入ってきて」
「えっ? 勝手に入っていいんですか?」
「いいわよ。ただのゴミ屋敷なだけだしね」
「わかりました。なら、お言葉に甘えさせていただきますね」
この人とは今回で話すのが二回目だが、今の会話だけで大体どういう性格の人かわかった。顔は髪に隠れてよくわからなかったけど。
とりあえず僕は言った通りに自分の部屋へと行き、汚れても困らない服に着替える。
本当に大家さんにお世話になっているな。この部屋にあるもの全部大家さんに買ってもらったものだし。大家さんに頭が上がらないな。
少し苦笑しながら、隣の部屋に入った。
「電気を点けますけどよろしいでしょうか?」
「いいわよー」
返事が部屋の奥から聞こえてきた。また苦笑しながら電気を点ける。
「「うっ!?」」
僕と部屋の奥から聞こえてきた女性の声が完全に一緒だった。
はは。二人して光が苦手なんだな。
そう思いながらも電気を点けた瞬間に反射的に目を閉じたので、その目を開く。
「げっ!? マジですか」
この部屋の人が言う通り本当にただのゴミ屋敷だが、不思議なことに異臭は全くしない。
どういう仕組みなんだろう?
不思議に思いながらも少し歩くと足が濡れた。そのおかげでなんとなく仕組みがわかった。
消臭剤を吹きかけたな。まぁ、さすがに女性なんだし、人を入れる時に異臭がしていたら抵抗があるんだな。
「さてと、掃除を……って、えっ?」
驚いたことに床には塵も埃も付いていない。全てゴミ袋に入れられている。
「確か、今日はゴミの日だからそのゴミ袋を出しておいてよ」
「わ、わかりました」
かなり驚いたが、指示通りにせっせとゴミ置場にゴミ袋を置いていく。なかなか、それが重労働だった。階段を数えられないほど往復した。
「終わりました」
終了報告をしてから、食材を貰うのを忘れていたことを思い出したので、彼女がいる場所に向かう。
「あの」
「ごめんね。ほとんどがインスタントだけどこれで我慢して」
そう言う彼女の前の机には様々な種類と量の食べ物が置かれていた。
「これは?」
「お礼の朝食。食べていって」
壁に掛けられていた時計を見ると時刻はちょうど六時半を指していた。いつも、朝食を食べ始める時間帯だ。
「お言葉に甘えさせていただきますね」
少し遠慮をしながら、朝食を食べ始める。
味噌汁に口をつける。
さすがはインスタント。美味しい。
「どうかな?」
「? 普通に美味しいですよ」
「よかったー。普段はあたししか食べないし、一般的にどうなんだろうと気になっていたよ」
「えっ? これインスタントじゃないんですか?」
「うん。あたしが作ったのよ。言ったじゃないほとんどインスタントだって」
マジかよ。こんなに美味しいんだったら、料理人目指せるじゃん。
「あっ、そうそう。食事中で申し訳ないんだけど髪を切ってくれる?」
「えっ? 僕は美容とかそういう系からっきしですよ」
「いいの。パッツンでいいから」
「本当にパッツンでいいんですか?」
「うん。どうせ滅多に外に出ないしね」
「わかりました。それでしたら、どこら辺まで切りますか?」
「ううーん。前髪は眉に少し重なる程度で、横は耳よりも少ししたくらいかな。そして、後ろ髪はうなじまででお願い」
「わかりました。ハサミを借りますね」
そう言い僕は勝手にハサミを借りる。しかも、明らかに文房具のハサミをだ。
僕は長さはオーダー通りで、切り方はできる限りパッツンにならないように気をつけながら切る。
結果は思っていた以上にうまくいった。
「ふぅ」
「ねぇ」
突然呼ばれたので背後に振り向く。もしかして、気づかないうちにミスをしていてお怒りなのかな?
少し不安になりながらも声が聞こえた方を向く。
「こんなにもかわいくしてくれてありがとう!」
彼女が髪を触りながら満面の笑顔を向けてきたので、ドキリとする。
ダメだ僕! 正気を保て! 僕には織川さんという心に決めた人がいるんだから簡単になびくな!!
「あっ! そういえば自己紹介がまだだったわね。あたしの名前は姫野沙織。高校二年生」
「えっ? 今、名前をなんて?」
「だから、姫野沙織だよ」
「どうやら聞き間違えじゃなかったようだね」
「ん? どういうこと?」
「姫野沙織って僕と同じクラスの不登校児なんだ。顔は一回も見たことないからどんな人かわからないんだよ。でも、まさかこんなに近くにいるとは思えなかったな」
「ちょっと待って。君の名前をフルネームでもう一度だけ教えて」
「星天夕彦」
「ということは間違いないわね。七姫の好きな人のようね」
「ん? 最後の方なんて言った?」
「ううん。なんでもないよ!」
「なら、いいんだけど」
「ねぇ。手伝って欲しいことがあるんだけど時間的に大丈夫かな?」
時計を見る。
まだ七時か。なら、大丈夫だな。
「大丈夫だよ。それで今度は何を手伝えばいいのかな?」
「それを答える前に一つ。どうして敬語じゃないの?」
「あっ!? ごめんなさい! いやでしたか? 同級生とわかったのでついつい」
「いやいや、むしろ敬語を使わないで欲しいんだけど」
「いいの?」
「当たり前じゃない。逆に同級生に敬語を使っている方が怖いし」
「怖いねー。まぁ、別に敬語を使わないでいいからって僕は何一つ文句ないけどね」
「ありがとう。それじゃあ手伝ってほしいことだけど、服を着替えるの手伝って」
「はぁ?」
「最近まともな服を着てなかったから着方を忘れたの」
「いや、さすがにそれはお互いに困るし、恥ずかしいよね?」
「恥ずかしい? 何を勘違いしているの?」
「へっ?」
「下着から全て手伝ってもらうんだし恥ずかしくないでしょう?」
「どういう理屈だよ!? 逆に恥ずかしいよな!? 悪化しているよ!!」
「人間は誰しも生まれた時はみんな平等で全裸でしょ?」
「うん。確かに全裸だよ。でも、大人になると羞恥心というものがあって」
「羞恥心? 何それおいしいの?」
「高校生で羞恥心を捨てている人がここにいるよ! お巡りさん!!」
「という冗談はさておき」
「ふぅ。冗談か。驚かないでよ」
マジで焦ったし、驚いた。これが冗談じゃなかったら今頃、僕はどうなっているんだろう?
「とりあえずあたしが着替えるから外で待っていて。そして、いいよと言うまで入ってこないで。入ってきたらぶっ飛ばすわよ。それと、もしも、着替えるのが間違えていたら本当に手伝って」
「まぁ、それならいいかな。とりあえず僕はどこにいたらいいの?」
「自室に帰るのもよし。あたしの部屋の廊下にいるのもよし。そこは任せるよ」
「なら、自室に戻るよ。全く僕の方の準備ができていないしね」
「わかったわ。なら、また後でね。彦星」
「えっ?」
今、彦星って言ったよね? 一体どういうこと? とりあえず自室に戻ってから考えよう。
そう思い自室に戻った。
どうして僕は彦星と呼ばれたんだ? 確かに僕の名前から読もうと思えば彦星と読める。でも、どうしてそう呼ばれて懐かしさを感じた? 今まで、彦星と呼ばれたことなんて一度もないにも関わらずにだ。
そういえば彼女も織姫と読もうと思えば読めるし、織川さんも織姫と読める。本当にこれはどういうことなんだ? 織姫が二人いて彦星が一人いるこの状況は?
そんなことを考えながらも学ランに身を包む。
織姫と彦星という名前に過剰に反応するのも、全て夢のせいだ。あんな夢さえ見なければ反応もしなかっただろうに。
あぁ、もう! こんなことを考えていたらラチがあかない! もう着替えたし隣の部屋に行ってみる!
僕は学生鞄を手に持ち、鍵を閉めてから隣の部屋に行く。
ノックしてから入っていいのか聞くと扉が開いたと思うといいなり胸に飛びつかれた。
危ねぇ! バランス崩してこけかけた。
「いきなりどうした?」
「な、中にゴキ、ゴキブリが!!」
「えっ? 殺せないの?」
「お願い早く退治して」
「はいはい」
僕は適当に返事をしてから、壁に掛けてあったティッシュを五枚ほど箱から抜き取り、ゴキブリがいるであろう部屋に入る。
てかっ、その部屋しかないんだけど。
とりあえず僕は中を覗いてみる。すると、ゴキブリはいた。確かにいたんだが、チビっこい奴だ。
えぇー。この程度の大きさであの反応。驚いた。
もっと、大きなゴキブリかと思ったから五枚もティッシュを重ねたんだけど、それが無意味に終わる。仕方ないので五枚重ねティッシュでチビっこいゴキブリを潰す。そのティッシュを近くのゴミ箱に捨てて、手を綺麗に洗う。
「これで終わり。もしかして、ゴキブリ苦手なのか?」
僕のその質問にさっきの自分の痴態を思い出したのか、顔を真っ赤にする。
「べ、別にゴキブリなんか怖くないんだからね!」
うわぁ。面倒くさそうな性格の人だ。って!
「どどど、どうしてまだ服を着てないんだよ!? しかも、よくそんな下着で男である僕に抱きつけたね!」
彼女は自分の格好を見てさらに顔を真っ赤に染める。
「へ」
あっ、これは変態! 叫ばれるオチだね。
しかし、続きの言葉はいくら待っても来なかった。
恐る恐る彼女の方を見ると着替え始めていた。僕がいる前でだ。
男であると僕の前で着替えるとか、この人って、本当に羞恥心がなかったりして。
少し不安になってしまう。彼女は制服姿で僕のところまで来た。普通に制服を着れていた。
「さっ、一緒に行きましょう。行き方なんてとっくの昔に忘れたし」
「あっ、うん。わかった」
少し呆然としながらだが、返事を返してから二人で学校に向かう。
「あっ、そういえば」
学校までの道中で、いきなり彼女からそんな言葉が聞こえてくる。
「七姫とはどんな風に知り合ったの? ちなみにこれでもあたし七姫の友達だから」
七姫ってどこかで聞いたことある名前だなぁ。七姫。七姫。七姫。七の姫。織姫。はっ!
「もしかして、七姫って織川さんのこと?」
「もしかしなくても、そうよ」
「どんな風に知り合ったか。本当によくある出会い方だけど聞きたい?」
「うん」
「なら、話すよ」
僕は彼女に織川さんとの出会いについて話し始める。
僕と織川さんの出会いは高校一年生の時。入学して早々に出会ったわけではなく、普通に同じクラスだったのでそこではじめて知り合った。最初は嫌いな人だなとしか思わなかった。そこから好きに変わったのは二学期になってから。
僕は流れで体育祭と文化祭の委員を任された。どんな仕事かわからないが、どうせ暇だろうと思い普通にそれを受け入れた。しかし、夏休みが終わった瞬間にいきなり忙しくなり始める。
朝は五時に学校に行き、夜は深夜の一時に家に着く。その頃、僕はバイトを始めた。しかも、居酒屋だ。そのせいで学校ではほぼ毎日休み時間がまともになかったので、朝食も昼食にもほとんど、手をつけなかった。そして、帰ってくるのが深夜の一時頃なので僕は食べるよりも寝ることを優先した。そのせいで僕は当たり前のように体調を崩した。
しかし、学校もバイトも休むわけにはいかなくて熱が三十九度を超えない限りは両方とも行っていた。そんな無理が祟ってか僕は四十度を超える熱を出した。体を少し動かすだけで全身が痛くなるし、呼吸すらままならなかった。
熱でまともな栄養すら摂っていないから、その熱は引き延ばされる。その時に僕はあまりの辛さに生きることを諦めた。つまり、もったいないから栄養を全く摂らないことにした。しかし、そんな時に僕は本物の天使というものを見た。
それは完全なる妄言だということは自分自身でわかる。しかし、僕にはそうとしか見えなかった。
織川さんは風邪にうつる可能性がありながらも、僕の部屋に来て、つきっきりで看病してくれた。本当に付き添いでだ。つまり、一日中。
織川さんは風邪がうつる可能性プラス成績が落ちる可能性があるのにつきっきりで看病をしてくれた。僕はそんな天使のような彼女の優しさに触れて、すぐに恋に落ちた。
「以上が、僕と織川さんが出会い方だよ」
恋という部分だけは隠して、彼女に説明をする。
「ほとんどない出会い方ね。そんなロマンチックな出会い方をあたしもしてみたいよ」
「ロマンチックなのか? まぁ、そこはいいけど。ちなみに君ならロマンチックな出会い方なんて簡単にできるよ」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
そう言う時の彼女の微笑みに僕はなぜか、悲しさを感じ取ってしまう。どうしてそんな表情をしているのか僕には知るよしもなかった。
僕たちの教室に入った瞬間に晶馬くんが怖いくらいの笑顔で僕に近づいてきた。
「なぁ、夕彦。お前と一緒に登校していたのは誰だ?」
「もしかして、見えてた?」
「あぁ。上からはっきりとな!」
「それにはちゃんとわけが」
「ねぇ、あたしの彦星」
『………………』
「………………」
その彼女の言葉に教室にいる全員が休み時間なのに口を閉じた。もちろん、僕も含む。けど、僕の場合はみんなとは違うと思う。
「なぁ、夕彦くん。さっきそこの彼女は君のことをあたしの彦星と呼んだよね? つまり、彼女が織姫だとすると、どういうことかわかるよね?」
「彼女の名前は姫野沙織さん。このクラスの不登校児だよ。家が近かったから僕が案内してきただけ」
ごめん。晶馬くん。スルーして。でも、そうしないと僕が危ない気がした。
僕の言葉を聞いたクラスのみんなは不登校児という言葉に反応して「仕方ないか」と言い、別々のところに向かい、また休み時間のような騒がしさに戻った。
「チッ!」
背後で舌打ちをしているのが聞こえる。
「まぁ、夕彦はクラス委員だし不登校児を連れて来るのは仕方ないか」
晶馬くんの言葉に「ふぅ」と安堵の息を吐く。
「まぁ、アパートで隣の部屋だから普通よね」
彼女の言葉にまた教室が静まり返る。
クソッ! 爆弾投下しやがって!
「ほう。隣同士と。お互いにいかがわしい行為をしている音が聞こえるんだな」
「晶馬くんは知っているよね? 僕の住んでいるアパートが完全防音なことを」
「あぁ。でも、いかがわしい行為をしているところは否定しないんだな」
「そこを否定したらまた、面倒くさいことを言われるしね」
そもそも、ついさっき下着姿で抱きつかれたから、いかがわしい行為をしていないとは言えないし。
そのことがわかっているのか、彼女もそのことに対しては言わないし。
「さて、席に座っていいかね?」
「あ、あぁ。もう、問い詰めは終わったし」
「なら、遠慮なく」
自分の席なのに遠慮なんてと思うが、そう言ってから座る。今日の授業の用意を鞄から全て出して、一度忘れ物がないか確認するために机の中に手を入れる。すると、何かが手に触れた。
あれ? もしかして、何か忘れ物でもしたのかな?
そうとしかありえないので、そんなことを思って中に入っていた物を出す。しかし、その出したものを見た瞬間に慌てて戻す。
えっ? ちょっ!? えっ? 一体どうして僕のところに手紙らしきものが入っているんだ? いやいや、ラブレターと決まったわけではない。もしかしたら、果し状かもしれないじゃないか。果し状だったら、それはそれで困るんだけどね。とりあえずはこのままだと怪しまれるだけだし、手紙はポケットの中に入れとくか。
僕は自分でも驚く速さでポケットの中に手紙を突っ込んだ。しかも、形を崩さずに。そして、空いた机に今日の授業の用意を入れる。
「そういえば晶馬くん。朗報だよ」
「ん? どうした?」
「この学校一番のイケメンが告白して玉砕していた」
「っ!? みんな! 今の聞いたか!?」
晶馬くんの言葉でみんなの顔が満面の笑顔になっている。
男子連中はまだ自分たちにもチャンスがあると思い、女子連中は自分が慰めたら振り向いてくれると思っている。
僕でもわかるほど全員があからさまにそのような顔をしている。
しかし、晶馬くんは真剣な表情をしている。
「あいつを振った子ってどんな子だ?」
「織川七姫さん。通称織姫だよ」
「うぉぉぉぉ!! マジか!? で、彼女はなんて振ったんだ?」
「好きな人がいるからだって」
僕の言葉を聞いて男子連中の顔が一気に緩まる。それもそのはずだ。織姫と言われるほど美しい彼女が好きな人がいると言ったからだ。つまり、それは自分の可能性があるということだ。
まぁ、僕の場合はハナから諦めているけどね。
そう思うとチャイムが鳴り、担任の先生が入ってきた。
そして、ホームルームが終わった後、すぐに授業が始まった。
先生たちは姫野沙織が来ているから、そのことに驚きと普段いない生徒がいることに対する緊張の感情で一杯なのが、声からでもわかる。
僕はというと朝に手紙が入っていたことに対する驚きと中身がどんなことを書いているかと不安に思う感情で一杯だ。手紙はなんとなくだが、昼休みに読むことにしている。
早く昼休みにならないかなと思っていると授業なんて頭に入ってこなかった。
そして、昼休みになった。僕は売店に行く人並の速さでトイレに行った。学校で唯一誰にも邪魔されないところ。そんなイメージを僕はトイレに持っている。
さて、見るか。
恐る恐る手紙を開ける。
【星天夕彦君へ
あなたに話したいことがあります。放課後午後六時に二年二組で待っています】
手紙にはそう書いてあった。内容は結局はモヤモヤが残ったままだ。ラブレターとも言えるし果し状とも言える。しかし、字的には筆跡を真似るのが得意な人だったら、男でもこんな字で書ける。しかも、僕の知り合いには筆跡を真似るのが得意な男子がいる。
要するに真相は神のみぞ知るというところだ。
とりあえずイタズラでも果し状でもいいから指定された時間に指定された場所に行くことにする。
幸いなことに二年二組といえば二年一組である僕の教室の横。だから、時間までに一組の教室にいても何一つ違和感はない。
結局はその後も色々なことに身が入らなかった。
時間が経ちあっという間に約束の時間になった。僕は教師しかいなくなった廊下を歩き、誰もいない可能性のある二年二組の扉を開けるために手をかける。そして、力を入れる。
扉はなんの抵抗もなく開いた。つまり、鍵がかかっていないということだ。
教室に足を踏み入れると一人の女子生徒であろう人物がいた。
僕はその人物に近づく。
足音に反応してか、その人物がこちらを向く。そして、目があう。
全く予想外の人物がそこにいた。
「織川さん?」
あぁ、これは間違えか、きっと夢だ。そうじゃないとありえない。頬を叩くが普通に痛かったので、夢ではなかった。なら、夢だ。証拠はある。織川さん自身が目を見開いて驚いているからだ。
「本当にあんな怪しい手紙で来てくれたのですか?」
「そりゃあ、呼び出されたら例え罠だとしても来るよ。僕はその程度しかできない人間だし」
「そんなことありません!! 星天くんはとても優しくて責任感が強い人間です! わたしはそんな星天くんの美点も含めて好きになったんです! 異性として! ……あっ!」
どうやら勝手に口が紡いだらしい。しかも、嘘の方向へ。だからか、目を見開いて驚いているし。
「お世辞でも嬉しいよ。まぁ、僕は織川さんの全てが好きなんだけどね。異性として」
「えっ?」
「好きだからこそ幸せになって欲しい。例え、僕が選ばれなくてもいい。本当に織川さんの幸せを僕は願うよ。一ヶ月後には七夕だし、短冊にそう書いていると思うよ。だから、無理に僕に気を使わないでよ」
「わかりました。星天夕彦くん。わたしはあなたのことを世界で一番愛しています。ですから、わたしと付き合ってください!」
「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、織川さんには僕なんかよりもふさわしい人間がいるはず」
「いいえ、わたしとあなたが出会うのはずっと前から決まっていた運命なのです。ですから、あなた以上、好きになる人は今後一切現れません。ですから、嫌でないのでしたらわたしと付き合ってください。もう一度だけ言います。わたしと付き合ってください」
嘘……だろ? えっ? ちょっ!? マジで? 色んな意味でマジで!?
「嫌です」
「えっ?」
「付き合ってくださいと言うのは僕の方からです。改めて、僕と付き合ってください!」
僕は手を伸ばす。もしかしたら、今までの言葉は全て冗談で本当は僕なんかと付き合いたくないかもしれない。その意思を確認するために僕はこんな行動に移った。
「はい。こちらこそ」
そう言い、織川さんは僕の差し伸ばした手を握ってくれた。そんな彼女の手は優しくて、暖かく感じた。
「ごめんなさい。急に呼び出してしまって」
「それは来たらすぐに言うセリフだと思いますけど」
「敬語をやめてください。わたしもできる限りは敬語をやめますから」
「本当によろしいのでしたら」
「よろしいもなにもわたしの方から頼んでいるんですから」
「言ったそばから敬語を使っているよ。あっ、それと僕の方からも一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「どうぞ」
「二人っきりの時だけでいいからお互いに名前で呼び合おうよ。僕たち付き合い始めたんだし」
付き合いと言った瞬間に顔が火照る。僕のそのセリフに織川さん……いや、七姫も顔を赤くする。
「わかったよ。夕彦くん」
七姫に名前を呼ばれた瞬間に心が飛び出そうになる。
「あっ、そういえば七姫。僕と連絡先交換しない?」
「いい……よ」
名前で呼ばれて恥ずかしそうにしている七姫を可愛いと思いながらも、僕は制服のポケットからスマホを取り出す。しかし、手が滑り床に落としてしまう。
ヤバい! かなり動揺してしまっている! でも、仕方ないよね。好きな人と付き合えたんだし。これで動揺していなかったら、その恋愛感情は本物ではないと僕は思うな。
僕たちはお互いに手を震わせながら、連絡先を交換する。連絡先を交換するためにお互いに近づかないといけないために、七姫の顔をかなりの至近距離で見てしまう。
そんな状況に僕が耐えられるわけがなく抱きしめてキスをしたい衝動にかられるが、なんとか抑える。それが原因かわからないが、鼻血が流れてくる。幸いなことにその鼻血を見られていない。
連絡先の交換が終わった瞬間に僕は恥ずかしさのあまりかなりの距離をとる。
「そ、それじゃあ家まで送るよ」
声を微かにうわずらせながら七姫に話しかける。
「あ、ありがとう。なら、お言葉に甘えようかな?」
「う、うん。好きなだけ甘えて」
とてつもなく、このセリフ恥ずかしい。
僕たちはその後、無言で下足室に向かい、靴を履き替えて七姫の家への帰路を歩く。
お互いに付き合い始めたことをあんまり知られたくないので、人通りが少ないけど安全な道を通る。いや、安全だと思っていた道を通る。
「おんや〜。もしかして、君たちこんなところでデート?」
突然聞いたこともない男の声が聞こえてくる。その後ろでゲラゲラと笑っている複数の男の声も聞こえる。
「でで、デートなんてそんな」
「…………」
七姫は恥ずかしいのかそんなことを言っているが、僕はこの男共の登場によってさっきまで高ぶっていた気持ちが冷めたせいで、無言になる。
僕は意識して鋭い目つきにして男共の表情から考えていることを読み取る。しかし、男共の表情からは容易く考えていることがわかった。
「デートじゃないんだったらさ、俺らと遊ぼうよ。そんな冴えない男は放っておいてさ」
男共の中のリーダーであろう男がそう言い、七姫の腕を掴む。
「離してください!」
七姫が男に訴える。しかし、そんなことに従うわけがなくさらに考えていることがわかりやすい表情をする。その表情を見た僕は反射的に男の腕を掴んでいた。
その行動にハッとして僕は腕を離す。
「僕の知り合いに汚らわしい手で気安く触れないでください」
「アァン!」
明らかに喧嘩をふっかけてしまった。僕はそのままその男に顔を殴られて、吹き飛ばされる。
「うっ!?」
さすがに久々に受けたら少しは効くな。
「その男をやれ」
リーダーであろう男の指示で男共は僕に様々な暴力を振ってくる。そんなのに僕はやり返せるが、やり返さない。ここでやり返したらあっという間に僕の本性を知られるからだ。さすがにそれは避けたい。しかし、彼女の身が確実にヤバくなりそうだったら問答無用でやり返す。
それまで我慢だ! 僕!
焦っている僕に言い聞かせるように心の中で言う。
「この女は俺がおいしくいただいておくさ」
よし、一歩でも動いたらあいつを殴り飛ばす。
心の中で言った瞬間に男は一歩動いた。それを確認した僕は立ち上がり、彼女の元へと駆ける。
「テメェら! 兄貴に何をした!!」
明らかに怒り狂っている女性の声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間に僕はある意味で絶望した。
「お前ら!! あいつらを殺れ!!」
その女性の声に従い背後にいた男たちが男共に向かって、集団で襲いかかる。
「殺すなよ!!」
僕は反射的にそう言ってしまった。それで、完全に僕と彼女たちが知り合いだと七姫にバラしてしまった。
「っ!? あれはリトルジャジだ!! お前ら逃げるぞ!!」
七姫の腕を離して男は恐怖で逃げていった。
ポカーンとしている七姫のところに向かう。
「おやおや? 兄貴の彼女さんですか?」
僕のことを兄貴と呼ぶ、僕たちと同い年の髪を赤色に染めている少女が近づいてくる。
仕方ないから、事実を言うか。
「うん。そうだよ」
「っ!?」
なぜか、僕の返答を聞いて赤髪の少女が顔を髪に負けないほど真っ赤に染める。
「夕彦くん。その怪我」
「あぁ、大丈夫大丈夫。これくらい。それよりも七姫に大事な話があるんだ。家まで送ってから、ついでにあげてくれないか?」
「わかった。なら、行きましょう」
「うん。あっ、それとお前ら。今回は助かった。ありがとう」
「いえいえ、お気になさらずに。巡回している途中に偶然発見しただけですから」
「そうか。でも、ありがとう」
「い、いえ」
顔を真っ赤に染めた赤髪の少女に軽く手を上げながら、僕は彼女たちと別れた。
しばらく歩くと、どうやら七姫の家に着いたようだ。一軒家なのでアパート暮らしの僕にしたらかなり大きく感じる。
「こんな大きな家だけど、ほとんど義父さんと義母さんは帰ってこないから」
「ん? 今、父と母とは別に聞こえたんだけど」
「わたしは本当の家族を知りませんから。今の家族は親戚です」
「そうですか。家族を知らないって僕と一緒ですね」
敬語で話されたので反射的に敬語で話してしまった。しかし、これから大事な話をするんだし、敬語の方が自然。
「それじゃあ遠慮なく入ってください」
「お邪魔します」
キチンと他人の家に来た時のマナーを守りながら、織川さんについていく。
「ここがわたしの部屋です。少し中で待っていてください」
「えっ? 中で?」
そう聞き返した時にはすでに織川さんはいなかった。
行動が早いな。さすがだな。
「あれ? どうして外で待っているんですか?」
「部屋の主がいないのに入るのはどうかと思いましたから」
「そうですか。なら、わたしが入ったら入るのですね?」
「はい」
僕の返事を聞くと頷いて中に入っていった。その時の織川さんの手には救急箱が握られているのが目に入る。とりあえず僕は部屋に入る。
中を見ると乙女という感じがする家具や雑貨が大量にあった。
やっぱり、隣の部屋の彼女とは違うな。
「星天くん。そこに座ってください」
そう言いポンポンと軽く叩いたのは織川さんのベットの上だった。
さすがにそのことには戸惑ったが、指示に従うことにする。
ベットに座ると織川さんが隣に座る。しかも、肩が触れるほど至近距離で。
何一つやましいことをするつもりなんてないのに、僕の心臓は織川さんにも聞こえてしまうかと思うほどに大きく鳴り始める。
しかし、次の瞬間に思わぬことが起きる。
織川さんが僕をベットに押し倒してきたのだ。全く力を入れてなかった僕は随分と簡単に倒れただろう。
すると、織川さんは僕の学ランのボタンを一つ一つ丁寧に外していき、脱がせる。そのため僕は上半身がワイシャツ一枚になる。さらに馬乗りにされている状態の僕の目の前で織川さんがブレザーを脱ぐ。さらにワイシャツすら脱ぎ始める。
放心状態の僕は下着姿になっている織川さんを見ていることしかできない。下着まで脱ごうとしたところで放心状態が解ける。
「ダメだ!! 僕はそんな関係をまだ築きたくない! 潔白で純粋な恋愛をしたいんだ!」
僕の言葉を聞いて織川さんの動きが止まる。あまりにも急に止まったので心配になったので声をかけようとしたところで、まるで動力を失った人形のように僕の方へと倒れてくる。しかし、途中で止まってくれた。
「まだ、付き合い始めたばかりだと言うのにわたし、星天くん……ううん。夕彦くんが赤髪の少女と仲良くしているところを見てヤキモチ焼いちゃった」
「ごめん。今回は僕が完全に悪い。でも、よかった。ヤキモチ焼いてくれて。僕は本当に好かれているということを実感したよ。それとさっき言った大事な話にその少女は関係があるよ」
そこで区切ったが、続きを早く言って欲しそうな顔を織川さん……ううん。七姫がした。
「彼女の名前は羽織沙姫と言う。そして、ここからが大事な話。昔、僕はタバコやお酒、薬物はしてないけど非行に走っていた。そんな時に作ったのがさっきのリトルジャジというグループなんだ。いや、作ったというより別の名前だったグループの長を殴り倒して乗っ取ったと言った方が正しいな。まぁ、要するに色々あって僕はリトルジャジというメンバーの長になったんだ」
色々あったですませるほど簡単で楽なことではなかった。むしろ、難しくて辛いことだった。
「リトルジャジというグループは巡回と言いながら何か困っている人に遭遇したらその相手に制裁を加えるという行動をしていたんだ。そのせいでリトルジャジは有名になったんだ。暴力団の団員に勧誘されるほどに」
「えっ?」
「はは。大丈夫大丈夫。誰一人として僕がいた時期は暴力団に加入させなかったさ。今はどうなっているか知らないけどね。まぁ、有名になったからこそ今まで僕が勧誘してきたメンバー以外に自らリトルジャジに入ってくる人も複数いたのさ。羽織沙姫はその自ら入ってきた人さ。そして、彼女はなぜか同い年の僕に教えを説いてきたんだ。それが僕と彼女の馴れ初め。僕から教えを説いたおかげで彼女は随分と強くなった。だからこそ彼女に長の座を譲って僕はあちらの世界から手を引いたということさ。別に恋愛なんてなかった、つまらない世界からね」
「どうしてその世界から手を引いたの?」
「ずっと家族だと思っていた、僕が住んでいるアパートの大家さんからアパート前で赤子の頃捨てられていたのを聞いたからさ。迷惑をかけれないと思って真っ当に生き始めたわけ」
「えっ? ということは中学にはほとんど行ってなかったのに難関として有名にうちに入ったの?」
「自分で言うとナルシだし恥ずかしいけど、勉強とかは自己流にやってできるようになったのさ。以上が僕の大事な話」
「どうしてわたしに言わなかったの?」
「言ったら嫌われるから。現に今も僕のことを嫌いになったでしょ?」
「いえ、全然」
「えっ?」
「そんなことがあったとはいえ、夕彦くんは夕彦くんだもん。嫌いになんかならない。むしろ、さらに好きになったよ」
「嘘だよね?」
「嘘じゃない」
「証明できないでしょ?」
「できるよ」
「どうやって?」
「わたしの全てを捧げる」
七姫は下着に手をかけながら言う。
「だから、僕はそんな関係まだ望んでないって!」
「そう。なら、わたしのせいで傷を負ったんだし手当てをしないとね」
そう言い七姫は救急箱を開けて、中から様々な医薬品などを取り出す。そして、治療を始める。つまり、下着姿のままでだ。
僕は抗った「動くと治療しにくい」という正論を貫き通されて完全に負けた。
七姫ってこんな性格だったんだ。初めて知ったな。
その後の日常は幸せだった。
七姫とは平日では必要最低限のみで接して、休日ではイチャイチャとしていた。しかし、それも長く続かなかった。
七月五日に僕は偶然、大家さんと男性の会話を耳にした。
「アパートの経営が不振ですね。そろそろこのアパートを我々にお売りいただけないでしょうか?」
「お断りします」
「どうしてですか?」
「ここは身寄りのない人たちが普通に暮らせるアパートにしたいのです」
「そうですか。それはいいことですね。でしたら、私に一つ提案があります。この方法だとこのアパートもお売りいただかなくて結構ですし、住人の方々も安全に暮らせます」
「その方法とはなんでしょうか?」
「星天夕彦くんを我々の会社で雇わせていただけないでしょうか? 約十七年分の家賃を払ってもらうために、もちろん無償でですけどね。ですが、安心してください生きるために必要な栄養はキチンと与えますから。死にませんよ」
「っ!? 夕彦はあたしの息子よ!! 誰があなたなんかに渡すものですか!!」
「息子? 何をおっしゃられているのですか? あなたの息子は十七年前の六月二日に亡くなったでしょう? ちょうどその年の七夕にアパートの前に捨てられていた星天夕彦くんを息子のように扱っただけのことでしょう? 何一つ血の繋がりのない子供のことを養子というんですよ?」
「もういい加減にして!!」
「今日のところはここで引き上げさせていただきます。お時間をいただきました」
そう言い男性の方が出てきた。にっこりと微笑んでから会釈して、男性はこのアパートから離れていった。
僕は泣いている大家さんの方へと行こうとしたが、すぐにやめて大家さんと話していた男性の方へと走る。
「あの、すみません!」
「はい? なんでしょうか?」
「僕の名前は星天夕彦と言います」
「ほう。君が星天夕彦くんですか。それで私に何か用事があるんですか?」
「はい。でも、その前に何個か質問に答えていただけないでしょうか?」
「私に答えられる範囲でならお答えします」
「助かります。まずは僕がそちらの会社に働きに行くとして、このアパートと大家さんと住人たちには何もしないでしょうか?」
「はい。しませんよ。このアパートが経営不振に陥った原因はあなただけですから」
「そうですか。なら、そちらの会社に働きに行くとして、どれくらいはここに帰ってこれるでしょうか?」
「年に一回ですね。日にちはあなたにお任せします」
「なら、かなり縁起が悪いですけど、もしそちらの会社が倒産した場合は僕はどうなるのでしょうか?」
「その倒産にあなたが関わっていなかったら自由です」
「もし、関わっていたらどうなるんですか?」
「営業妨害として訴えます」
「なら、最後に一つ。十七年間無償労働を終わった後はお給料をいただけるのでしょうか?」
「貰えますよ。しかし、値段は上司と相談なのでいくらになるかはわかりません」
「そうですか。ご質問に答えていただきありがとうございます。そこでですが、僕をそちらで働かせていただけないでしょうか?」
「それはこちらとしては願ったり叶ったりですが、本当によろしいのでしょうか?」
「もう、迷惑をかけれませんから。アパートにも。大家さんにも。アパートの住人の方々にも」
「かしこまりました。でしたら、明後日七月七日の首都圏行きの終電にお乗りください」
そう言い乗車券を渡される。僕は素直にそれを受け取り、一礼してから自室に戻る。
お風呂はすでに七姫の家で入ってきているため、いつもなら後は寝るだけだ。しかし、今日は違う。僕は退学届を書く。書き終えてから布団に入り、目をつむる。
いつもならこれだけで眠れるが、今日は寝付けなかった。そして、結局は徹夜した。しかし、徹夜した割には全く眠くない。むしろ、眠気が覚めている。
ダンボール箱に雑貨を何個か入れて大きな家具を紐で結ぶとちょうど学校に行く時間になる。
制服に着替えて昨晩に用意していた学生鞄を持ち、外に出るとちょうど沙織も出てきた。
僕はもう、彼女のことを沙織と呼び捨てにしている。七姫と本当に友達だったようで、自分も名前で呼んでくれないと不公平だとわけのわからないことを言い、結局は名前で呼ぶことをなった。
「おはよう。夕彦」
「あぁ、おはよう。本当にちゃんと学校に行くようになったんだな」
「だって、七姫との約束だもん」
「そうか。仲がよろしいことで」
「最近は夕彦も七姫と仲が良いよね。そのままくっついちゃえ」
当事者の僕と七姫以外は付き合っていることを知らないので、こんなからかいがちょくちょくある。その時の対処法は無視することにしようとお互いで決めたのだ。そのため今回も無視をする。
僕と沙織はずっと一緒に登校している。このことは七姫も了承済みだ。
「よう、おはよう。お二人さん。今日も仲がいいねー」
「あぁ、おはよう。仲がいいのか?」
「どうして夕彦が疑問系なんだよ」
「周りからどう思われているなんて僕にはわからないし」
「だろうな。夕彦は色々なことに対して鈍感だからな」
「鈍感なのかな?」
「鈍感さ。なっ、沙織ちゃん」
「な、なんであたしに話を振るのよ!!」
「お前らこそくっついちゃえ」
「「いや、無理無理。こいつは性格的に無理だし」」
「声を揃えるとか仲のよろしいことで」
「はい! 席に着け!」
教室の担任の先生が入ってきた瞬間にそう言ったかと思うとチャイムがなった。
『な、なんちゅうタイミングだよ』
クラス全員の声が揃った。仲がよろしいことで。
昼休みに僕は校長室に向かい退学届を渡した。止められたが「経済的に無理です」と答えて流した。
「「「あっ」」」
校長室を出た瞬間に七姫と沙織にバッタリ会った。どうやら、七姫は沙織と昼食を食べるようだ。
最後の学校生活くらい恋人と食べたいな。まぁ、そもそも誰にも今日が学校生活最後とは言う気ないし。もちろん、七姫にもだ。七姫に言ったら、何をするかわかったものではない。
自分で言うのもなんだが、それほど七姫は僕を溺愛している。放課後のイチャイチャタイムで鈍感だそう僕にもわかるくらいにあからさまに。
時間が経ち放課後になった。要するに僕にしたら好きな人とのイチャイチャタイムだ。イチャイチャする場所はいつも七姫の家だ。僕の部屋だと狭すぎてイチャイチャすらできないからだ。だから、必然的に七姫の家になる。
七姫の家の玄関の扉が完全に閉まった瞬間に七姫のスイッチが切り替わった。
「夕彦く〜ん」
かなり甘えた声で僕の右腕に胸を押し付ける風に抱きつきてきた。僕はちょうどいい高さにある頭を優しく撫でる。それだけで七姫は猫みたいにゴロゴロ言いだした。
「それじゃあ、そろそろ夕飯作るね」
七姫は嬉しそうにスキップをしながら自分の部屋に入っていく。どうやら僕はキッチンにいてということのようだ。
さて、いつも作らせているだけで悪いし、たまには僕も作るか。
そう思い冷蔵庫の中身を見ると食材がギッシリと詰まっていた。
どうしよう。ところどころにキャビアとか松茸とかフカヒレが見えんだけど。どんだけ、金持ちなんだよここは。
冷蔵庫の前で顎に指を当てて、レシピを考えていると突然、背後から衝撃に襲われた。
「な、なんだ!? って、うわぁ!?」
衝撃の原因を探っていると七姫が抱きついてきていた。そして、僕の体を撫でてくる。しかも、なめらかな手つきで。
「ちょっ!? こそばい! こそばい!」
僕はなんとか、もがいて七姫の抱きつきから解放された。
「ふぅ。なら、僕はお風呂に入ってくるね」
「なら、その行く前にこれの感想を言って」
「これ?」
疑問に思い七姫の方を見ると一回転した。それで七姫の格好が今、とんでもないことを知った。
「うん。似合ってるぞ」
グッと親指を立てて、似合っていることを証明する。ちなみに今の七姫の格好は裸エプロンだ。
「あっ、そうそう言うの忘れてたけど僕は今日、お風呂に入って夕食を食べたら帰るよ」
「えっ?」
僕は脱衣所で服を脱ぎ、中に入る。
お湯に少しだけ浸かってから、頭を洗い、体を洗い、顔を洗う。全てが終わりもう一度浸かっていると突然、扉が開いた。
「はぁはぁはぁ……もしかして、女でもできたの? ……はぁはぁはぁ」
「僕が好きなのは七姫。君だけだよ。でも、さすがにそこまでしていると嫌いにならざるおえないね」
そう告げると七姫はその場で崩れ落ちた。そして、手に持っていた僕のパンツを離した。つまり、彼女は僕のパンツを匂いはぁはぁと言っていたのだ。流石の僕でもそれは受け入れない。
「とりあえずはそこをどいてくれると助かるな」
優しい声で言うと七姫は悲壮感を漂わせながらキッチンへと帰っていった。
完全に戻ったことを確認した僕は脱衣所で服を着替えて、そして、七姫の元へと行く。
僕たちは食事を食べている時間はいつも騒がしいが、今回はお皿と食器が当たる音しかしない。
僕は食事を食べ終えてから、歯を磨く。そして、いつもならここからさらにイチャイチャタイムだが、今日はここでおさらばだ。
ずっとこの悲壮感のままいられるのも困るので僕は七姫に近づく。
そして、キスをする。さすがに唇にはする度胸がないので、頬と額だ。
「じゃあな。また」
「うん!! また明日!!」
七姫はまた明日と言ったが、僕はまたとしか言わない。いや、言えないんだ。
そして、家に帰り今度こそちゃんと寝た。
これで僕がこの街から去る前日の七月六日は終わった。
翌日、起きるとすでに学校に行く時間になっていたので、僕は軽く髪の毛を整えてから、今日で最後の学ランに身を包み、同じく今日で最後の学生鞄を持つ(といっても学生鞄には何も入ってないのだが)。
なんとなく感慨深く思ったので、鏡の前でじっとする。
今日でこれら一式ともおさらばか。全く実感がないな。でも、これは誰にも迷惑をかけない唯一の道だから。
今日は七月七日。彦星と織姫が会える一年に一度のチャンス。空を見ると快晴だった。
僕は学校に着くなりすぐに職員室に向かう。もちろん、お礼を言うためだ。僕は職員室に大きな声で「短い間でしたが、ありがとうございます!!」と言う。それには職員室にいる全教師が目を見開く。そんなことをしていると朝のショートホームルームが始まるチャイムが学校に鳴り響く。
僕はこれでこの学校ともおさらばだ。
「星天。ついてこい。クラスの連中にもお礼とお別れを言うぞ」
「わかりました」
僕もちょうど言いたいと思っていたのだ。
僕は先生についていき、まだ二ヶ月と少しだが、慣れているクラスに向かう。
「はい。お前ら席につけ。今日は悲しいお知らせがある。星天入って来い」
「はい」
先生の呼び出しに返事をして教室に入る。
「星天夕彦は今日からもう、学生ではない。社会人だ」
「正確には明日から社会人で今日はニートなんですけどね」
「そんな細かいところはどうでもいい」
細かいのか? まぁ、いいけど。
「星天、何か一言だけでもいいから言え」
「はい。先生がおっしゃった通り僕は今日からもう、この学校の生徒ではありません。このクラスとしては短い間でしたが、ありがとうございました。ちなみに僕がこの街に帰ってこれるのは一年後です。まるで彦星と織姫みたいですね。それではさようなら」
「おい! 夕彦! そんなこと俺は聞いてないぞ! なぁ! 沙織ちゃん!」
「うん。あたしも聞いてない」
「そりゃあ、だって誰にも話してないからな」
「それって、大家さんにも七姫にもってこと」
「うん。それじゃあ、学生生活を謳歌してくれ。みんな! ひきこもりに戻らないように沙織の面倒を任せたよ」
そう言い残して僕は問答無用で教室に背を向ける。
ひとまず授業中だということなんて関係なくお世話になった校舎内を見て回ることにする。
一時間後には全てを見終えた。
なんか、卒業するみたいだな。それほど悲しい。でも、僕はまだここに来て二年すら経ってないんだよね。はは。なのに卒業か。あぁ、もう! 我慢できない!
そう思い僕は情けないことくらいわかっているが、涙を流す。そうしないとまだ未練が残りそうだ。その未練を消し去るためにも涙を流す。僕はそのままアパートへと帰った。
アパートに着くとちょうど引越し業者の人達が来ていた。僕は頼んでいない。
「あっ! 星天夕彦さんですか?」
「はい」
「引越しのお手伝いをするために来ましたが、扉を開けてくれませんか?」
「いいですよ。けど、ほとんど家具なんてないですから」
僕は鍵を開けて引越し業者の方々を部屋に入れた。引越し業者の方々が手伝ってくれたためにあっという間に終わった。正直、三十分も経っているか経っていないか程度だった。
「ありがとうございます。助かりました」
引越し業者の方々にお礼を言ってから、僕は何もなくなった部屋に入った。
また、懐かしさを感じる。すると、死ぬわけではないのにこれまでの出来事が走馬灯のように流れる。そんな走馬灯をゆっくり見ているとバン! と勢いよく扉が開けられる音で意識を走馬灯から現実に戻される。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。夕彦!! これはどういうことなの!?」
「見たままです。僕は今日、引越しをするんです」
「何のために? 学校はどうなるの?」
「仕事のためです。そして、学校は退学してきました」
「っ!? どうしてそんなことを!!」
「僕のせいでこの素敵なアパートに迷惑をかけたくないからです」
「まさかあなた……。あの時の話を聞いたわけじゃないよね?」
「あの時じゃ、わかりませんが、五日の夜の話なら聞きましたよ」
「っ!? そんな……」
「とりあえず僕のことはキッパリと忘れてください」
「そんなの無理に決まっているじゃない。あたしの息子なんだし」
「息子じゃないでしょ。養子でしょ」
「うっ……」
僕の口から養子と言われたので大家さんは涙を浮かべ始める。
そんなにも真剣に僕のことを息子と思ってくれていたんだ。なんか、申し訳ないことしたな。
「ごめんなさい。ありがとうございます。そして、さようなら」
僕はそう言い、アパートか出て駅に向かった。
時刻はちょうど午後十時を回ったところだった。
はは。走馬灯を長い間見ていたようだな。よく死ななかったなと自分で自分を褒めてやりたいよ。
駅に着いたのは午後十一時くらいだ。ちなみに終電はその十分後の午後十一時十分だ。
「さてと、何して時間を潰そうかな?」
口に出して言うほど本当に何もすることがない。七姫の連絡先が入ったスマホは解約したし、暇潰しになるような本は全て引越し業者の方々に持っていってもらった。
あっ、そういえば今日は七夕だっけ?
そう思い空を見上げると都会から大分と離れたところにあるこの駅からは満天の星空が見える。つまり、天の川が見える。この駅はどういうわけか電気は全て消えている。
こんな星空を七姫と見上げれたらどれだけ楽しかったろうか。
「夕彦くん!!」
ほら、会いたいから幻聴が聞こえてきたし。
「夕彦くん!!」
二回も呼ばれたので、誰もいないことをわかっていながらも振り向くと唇に妙な暖かさが触れた。その暖かさは幻覚などではなく本当の暖かみ。
「んっ……んっ………」
幻覚ではない本物の七姫が口の中に舌を入れてきた。僕はその舌に自分の舌を絡める。
「はっ……んっ…………ちゅ………………」
僕と七姫は長く深い口づけをやめると唇をお互いのヨダレが糸のように伸びる。それだけで我慢できなくなった僕は思いっきり、抱きしめて唇を合わせる。
僕の行動によってかはわからないが、七姫はトロンとした目をしている。その表情は空に浮かぶ満天の星空によって照らし出される。七姫の表情を見た僕は気持ちが高揚して、さらに激しくて濃厚なキスを七姫にする。それはまるで舌で語っているかのように長い間。
そんなことをしていると電車が来た。僕が乗る電車だ。その電車の扉が開く。
「また、一年後に僕と君は会える。これは約束じゃない。定められた運命。二度と会えなくなるのではない。また、会うために僕は働く。そして、七姫も勉学に励んでくれ。そして、十七年後に僕と結婚しよう」
僕は返事を待たずに電車に乗ると、まるで車掌さんが僕を待っていたのかと思うくらい乗った瞬間に扉が閉まった。もう、君の声は僕には届かない。しかし、一年後にまた君の声が聞こえる。
そんなことを思っていると電車は進んでいく。七姫は別れを惜しむかのように追いつくはずがないのに電車を追いかける。そして、電車が完全に駅を出た時には彼女はホームの端まで来ていた。このホームは川の上に作られているため下には川が流れている。しかも、大きな川。
僕にはそれは空に浮かんでいる天の川のように僕と彼女を別つ存在のようにしか見えなかった。




