プロローグ
このジャンルに手を付けるのは初めてなのですが、結構楽しい物ですね
「すべての男がSEX以外に考えていること」という一冊の本がある。
その内容は200ページに渡って一切白紙、つまりすべての男はSEXしか考えていないという一種の皮肉なのだが、少なくとも牧原拓巳という少年をそこに含むのは失礼に当たるというものだろう。
彼は無論男子高校生らしく脳みその88%くらいはそのことで占められていたが、それ以外にも苦労せずに他人からもてはやされ将来社会的に成功すること、いかに自分を凄くてカッコいい人間に見せかけるかということも考えていたし、後ろ向きさとは無縁な自分自身への特に根拠の無い自信もその脳細胞には詰まっていた。
そんな彼が一年の後輩である望部瞳という少女をいたく気に入り、彼女と交際するためにわざわざ同じ文芸部に入部し、好みの本も徹底的にリサーチして一時的に脳のSEX率を60%にまで激減、着実に会話を重ねて好感度をあげようとして一ヶ月たった今日この日、拓巳はついに本来の目的を成就するべく勝負に出ようとしていた。
「瞳ちゃんさあ…ボクと付き合ってみない? ボクたちってその、すっごく趣味が合うみたいだしさ」
「ごめんなさい本当に無理です」
「えっ」
文芸部の部室で窓に肘をもたれかけさせ、哀愁とロマンを帯びたような瞳でなんとはなしに呟いた拓巳──なお、これは望部瞳の一番好きな恋愛小説の主人公の告白を真似したものであり、拓巳は数えきれぬほどのあくびを重ねて本書の内容を一言一句頭に叩き込んでいた──はその場で硬直し信じられないという顔をして食ってかかる。
「い、いやあれぇ!? おかしいな……ほら、ボクたち、読んでる本の趣味だってだいたい同じだし、その話で散々ここで盛り上がったじゃん!? それでてっきりボクは瞳ちゃんもボクのことが好きなもんだとばかり……「サーモンの森」とか「電磁道化」とか「初心な夏」とかの話で超ブックトークしたじゃん!?ボクのこと初心な夏の主人公に似てるとか言ってたじゃん!?」
口は勢いよく畳み掛けているがその初心な夏の主人公を猿真似したポーズは変わらず硬直しきっていて、威勢はいいものの内心ショックが結構あることを示していた。
「ひっ怖い……! で、でもそれは異性としてお付き合いできると考えていいかとは全然関係ないじゃないですか!本の話ができる先輩として話したら気晴らしが出来ていいなあ、と思っただけで、私、牧原先輩に恋愛的な意味で心惹かれたことは、ただの一度もありません! 実際私の方から誘ったこと一回もないでしょ!」
望部瞳は一瞬ビクついたもののわりと辛辣に現実を叩きつけてきて、拓巳はあれ、こんな子だっけ?と思いながら結構はためにわかるくらいキョドり始めた。自分自身への自信は等身大より遥か彼方巨大な拓巳だったが、残念ながらその自信に見合うほど堂々としたところは微塵もなかったのである。
「い、いやでもさぁ、そこをこうもっかい考えなおして……」
「だいたい、あの時はどこがかまでは言わなかったけど、私が初心な夏の主人公と似てるって言ったのは、「顔」とか「性格」じゃなくて、「名前」ですよ! 先輩は「牧原拓巳」! 初心な夏の方は「マキファリス・タッカー」!」
「言うほど似てねえじゃねえかこの野郎! そんなもんわかるか!」
「ひいっ、怖い顔しないで……だ、誰か! 誰かー!」
「えっちょっと待ってボクなにもそこまでぐふぅおっ!?」
「部長!」
「こぉら牧原ぁ!何瞳いじめてんのよ!」
「ありがとうございます部長、先輩が、先輩がおかしくなって……」
「大丈夫よ瞳ーもう私が来たからねー」
文芸部長が瞳をひしと抱き寄せる。部長のキックにより窓枠に頭を強打した拓巳は、こんなシーン初心な夏であったなあ……と思いながらなんとか立ち上がると逆恨みがムラムラと募ってきて捨て台詞を吐きまくった。
「くそっ、くそぅ、口下手なフリして思わせぶりな態度でボクをさんざん弄びやがって! ボクのことが好きでもなんでもない女しかいないんなら誰がこんな部いてやるかよ! 退部だ退部ぅ!」
「あーあー出ていきなさいよこのクソ野郎! 受理しましたっ!」
「出ていくよ!だいたい文芸部なんてクラスで地味で陰気な奴らが集まってゴソゴソ恥ずかしいポエムだの書くくらいしかやることがない底辺どもの集まりだろ! ボクちゃんがこんな部にいることが間違いだったんだよ! 何が初心な夏だ、ばっかじゃないの! 後でまたやっぱり付き合いたいって言っても遅いからね瞳ちゃん! じゃあな!」
「あっちょっと待ちなさい」
何かを思い出したように部長が拓巳を引き止めた。
「……何よ?」
「あんたが書いた恋愛系のポエム、うちの部のサイトに載せたまんまなんだけどあれ残しといていいの?」
「……削除しといてちょうだい!!」
拓巳は戸を叩きつけるようにそれだけ言って外に出た。後ろからありがとうございます部長……いえお姉さま……だの大丈夫瞳は男に触れさせたりなんか……だの聞こえてきたがそれは聞こえていないことにして家に帰り、悔しさを噛み締めながら呟く。
「これで何連敗目だろう……いや10からあとはもう数えたくなくなったんだった」
彼は振られることに関しては常人なら自分の魅力を根本的に否定したくなるほどに回数を重ねていたが、しかしどんなに打ちのめされても自分が悪いとは微塵も思わないポジティブさを持ち合わせていたのである。しかしそんな拓巳も流石に今日は少し堪えたようだ。
「やっぱ現実のつまらない女じゃボクには釣り合わないな……」
厭世すら微妙に前向きなのはさておき、そんな彼が交通事故により死んだのは翌日のことである。
「すべての男がSEX以外に考えていること」は実在するシェリダン・スモーヴ氏の著作ですが、本当に中身はただの白紙です。ご購入の際は気をつけましょう。私は1080円をドブに捨てました