7:戦いの結末、新たな力
全てが凍てついた世界、そう呼べば良いのだろうか――
気がつけば、俺は氷の世界に立っていた。
地面も氷、壁も氷、屋根も全てが氷。昔RPGで見た氷のダンジョンが確かこんな感じだった気がする。
足元には道があり、俺はただまっすぐその道を進んでいく。
しばらく進むと、目の前に大きな扉が現れた。俺はその扉を開け、さらに進む。
すると、足元に何か大きな影がかかった。顔を上げると、そこには、あの氷竜が居た。
『来たか、忌々しい人の子よ』
氷竜は、そう苦々しい口調で声をかけてくる。何か気に触るようなことをしただろうか。
――ああ、そういえば、俺はコイツを殺したんだった。
どこか夢心地な気分のまま、ふと思い出す。だが俺もコイツに殺されたんだ、お互い様だろう。
『まさか、たった一人の人の子に倒されるとは、思いもしなかったぞ・・・』
「そうやって油断してるから、足元をすくわれたんじゃないか?」
今のヤツからは、あの時感じたような恐怖感は感じられない。だからか、俺もそんな軽口で返していた。
『クククッ、確かにそうかもしれないな・・・』
そう竜も返してくる。対等な立場であれば、案外悪い奴では無いのかも知れない。
『思えば我は長く生き過ぎた。そろそろ頃合だったのかも知れぬな・・・』
竜はそう言ってかぶりを振る。きっとこいつなりに何か思うところがあるのだろう。
『強いて言うなら轟竜の奴と決着をつけ、八竜の位を奪えなかったのが残念だが・・・まぁ、結局器ではなかったという事であろう。』
轟竜・・・?八竜・・・?何の事だろうか。
『では我はそろそろ去るとしよう人の子よ。出来れば貴様も道連れにと思ったが、残念ながら貴様の命運はまだ尽きてないようだ』
そう言って俺の足元を見つめてくる。俺も足元を見てみると、足先から体がどんどん透けて行くのが見えた。
『ではな、人の子・・・いや、新たな氷竜王よ、我から奪ったその力、思うが侭に振るうが良い!』
最後にそう言い残して竜は振り返り、ゆっくりと去っていった。新たな氷竜王とはどういう意味だろうか、薄れ行く意識の中、俺はぼんやりと考えていた・・・
「・・・・んっ・・・ここは・・・・」
目を覚ますと、そこは見知った場所だった。イリスの家の、今は俺が使っている部屋のベットの上だ。
見ると全身に包帯が巻かれていて・・・・ああ、俺が初めてここに来た時の事を思い出す。もっとも、あの時よりも随分たくさん包帯は巻かれていたが。
(俺は・・・確か・・・さっき氷竜と話していて・・・)
あれは夢だったのだろうか。新たな氷竜王がどうのこうのと、何か気になることを言っていた気がするが・・・
(ってそんな事より!)
どうして俺はここにいるのだろうか?いくらこの世界には治癒魔術があるといっても、あの怪我で助かるとは思っていなかったのだが・・・
見ると、左腕の傷はほぼ治っていた。床擦れの感じもしないし、恐らくはそんなに長期間意識を失っていた訳ではないはずだ。あの怪我がそんなに早く治るなんて、やはりこの部屋は俺の意識が作り出した幻で、俺はもう死んでいるのではないだろうか・・・
「ヤト様・・・!」
だから俺はとりあえず、ドアを開けてこちらに駆け寄ってきた獣耳娘の尻尾に、思いっきり顔をうずめてみる事にした。
「・・・あの、ヤト様・・・?」
うん、ふわふわして凄い心地良い。このままもう一回眠ってしまいそうだ。よく手入れされた毛並みは舐めらかで、獣臭さなんて全く無い。・・・うむ、すばらしい。
「・・・・・・ヤト様?」
「うん、ごめん、夢かと思って・・・イリス」
顔を上げると、そこには困惑した顔のイリスが居た。何というか・・・うん、ごめん、ちょっと取り乱した。
「いやだってさ、まさか助かるなんて思ってなかったし、怪我もほとんど治ってるし、イリスの言葉遣いも何か変だし・・・」
そう、なぜかイリスが俺の名前を様付けで呼んでくるのだ。以前はそんなことは無かったのだが、どうしたのだろうか・・・
「そうですね・・・色々と説明しなければなりませんね・・・」
イリスはそう言って改めてこちらに向き直る。
「まずは、村を・・・そして私を救ってくださって、ありがとうございます・・・」
そう言ってこちらにお辞儀をしてくる。そして、続けてこんな事を言い出した。
「新たな氷竜王様」
「・・・は?」
何でもイリスの説明によると、竜王というのは、単に強い竜という意味ではなく、先代の竜王を殺し、その断末魔の血を自らの血と混ぜて取り込むことで、力を受け継いでいくものらしい。そのため厳密には竜でなくともなれるものらしい。
確かにあの時、俺はアイツの最後の血を浴びていた。俺自身も大怪我をしていたし、状況的にはそうだろう。しかし、俺が竜王になったと言われてもいまいちピンと来ない。
「大体何の確証があって、俺が竜王になっただなんてわかるんだ?」
体に特に変わったところは無いと思うのだが・・・
「そうですね・・・・まず、ヤト様は大怪我をしてらっしゃいましたよね?」
「うん、そうだな・・・」
「その怪我に、私、治癒魔術を使っていないんです」
「・・・・え?」
どういうことだろうか?確かに治癒魔術にしても治りが早いとは思うのだが、それすら使ってないというのは・・・
「戦いの後、私が駆け寄った時には、左腕以外の小さな傷は出血が止まっていました。人間ではありえない早さです」
それは・・・見てはいないが、本当にそうなら確かにそんな気もする。
「後はそうですね・・・試しに、そこの花瓶の水に触れて、凍るようにイメージしてみてくれませんか?」
一体何をさせようというのだろうか?そんなことをしても魔術の変換資質が無い俺では何も・・・
「・・・あれ?」
どういうことだろうか、試しに言われた通りにやってみたら、一瞬で花瓶が凍りついてしまった。
「やっぱり・・・それが何よりの証拠です。氷雪を司る力・・・氷竜王の竜王魔術です」
「竜王魔術・・・」
聞いたことはあったが、これがそうなのか。イメージしただけで、魔力の流れを操作したり、呪言を発する必要も無く、思った通りに発動される魔術。俺が知っている魔術とは完全に一線を画す物だ。
「竜王魔術は、竜王のみが使える魔術ですから、これであなたが氷竜王様であることは、間違いありません」
イリスの説明では、何でも竜王魔術とは、その名が冠する属性ならば、イメージするだけでどんな事象でも起こせる可能性を持った魔術なのだという。この魔術こそが竜王たる所以だとか。王と呼ばれるだけあって、とんでもない能力だ。恐らく氷竜王の周りのあの吹雪もこの力なのだろう。おまけに竜としてのあの巨体と防御力、まともに戦って勝てる相手じゃない。俺が勝てたのは、相手が油断していたが故の本当に偶然だ。アイツがもし本気だったなら、この魔術でそもそも近づくことすら出来なかっただろう。
過去には、一応人間の身で竜王になった者もいるらしい。たとえば伝説ではこの国の初代国王がそうだったとか。だがそのために1万近い軍勢が全滅し、そうやってようやく手に入れた力も、王が死した後はそのまま失われてしまったそうだ。
だが王が健在の間は、今度は敵国の一万の兵を一人で滅ぼしたとも言われている。使いこなせればそれだけ強力な力という事だろう。
今の世にもそういう存在は、少数だが一応は居るらしい。例えばここから遠く離れた剣龍王国の国王は、剣龍王と呼ばれ、その力で国を興したのだという。だが竜王と呼ばれる誰もが、持っている力については詳しくは知られていないらしい。剣龍王以外、皆あまり人と関わらない生活をしているらしく、たまに噂に聞く程度だとか。わかっているのは皆強い治癒力と長い寿命を持ち、竜王魔術を扱えるという事だけだ。
(そういえば、夢でアイツも俺を新たな氷竜王だとかそんな事を言ってたような・・・)
あれは本当だったという事だろうか。異常な治癒能力に竜王魔術、俺は新しい氷竜王という存在になったと、そういう事か。
さっきの夢を思い出し、そこでふと気になった事をイリスに聞いてみた。
「なぁイリス、轟竜とか、八竜って、何のことかわかるか・・・?」
「轟竜に八竜・・・八大龍王の事でしょうか?」
「八大龍王?」
また別の知らない単語が出てきた。
「はい、この世界に存在する竜王、その上位八柱がそう呼ばれているんです。轟竜というのはその中の第六位、轟龍王グロザーの事ではないでしょうか」
何でも八大龍王というのは、竜王の中でもさらに隔絶した力を持った連中のことらしい。上から龍神王、闘龍王、天龍王、冥龍王、機龍王、轟龍王、魔龍王、剣龍王と続き、そのどれもが天災とまで呼ばれるほどの強大な力を持つ。八大龍王とは、そんなこの世界で最も力を持つ者達の総称らしい。
(アイツ、竜王の中でもそんな高位の奴だったのか)
確か六位たるその轟龍王と、決着がどうのこうのと言っていた気がする。本当に良く勝てたものだ・・・
まぁ今の話を聞く限り、八位の剣龍王が剣龍王国の国王だというなら、その八大龍王すら倒した人間も居るという事だ。はっきり言ってそんな奴こそ本当の人外って奴だろう。俺のように運よく竜王に勝ってしまう人間も居ない訳では無いのだろうし、今は素直に喜んでおこうか。
そして話してる内に、ある事に気がついた。
「あれ・・・俺が氷竜王になったってのはわかったけど、それと俺が様付けで呼ばれるのは関係ないような気が・・・」
そう、別に竜王になったからといって畏まる必要は無いのでは無いだろうか。
「いえ・・・だって、私は氷竜王様の所有物なんですから」
「・・・はい?」
何か斜め上の返答が帰ってきた。
なんでも、イリスの理屈では、新たな氷竜王たる自分が村や自分を守ってくれたという事は、つまり氷竜王との契約は終わっていないと、そういう事らしい。そして契約が終わっていない以上、自分は氷竜王に捧げられた生贄、つまり所有物であると。自らの所有者たる竜王・・・俺に敬意を払うのは当然だと、そういう理屈らしい。
正直、無理やりな理屈だと俺は思う。けれど、これがイリスなりの気持ちの整理のつけ方なのだろう。契約が続いているなら、両親の死にもちゃんと意味があったと思える、そういう事だろうか。
なら俺は出来る限りそれに協力してあげようと思う。話し方の特性上、少し距離を感じるようになってしまうのは寂しいが、本人にそいういう意図は無さそうだし、いずれ慣れるだろう。
「ですから何でもおっしゃってください、私は、貴方様のものなのですから」
・・・うん、けどそんな風に笑顔で言われてしまうと、男としては色々といけないことを考えてしまいそうになるので出来れば自重してほしいが。
「なにはともあれ、これからもよろしくお願いします・・・ヤトさん」
――そして、最後に、そうやっていつもの口調で満面の笑みを見せられてしまったら、もう俺には言えることは何も無かったのだ。
本日2度目の投稿です。明日の投稿で第1章が完結、次から2章SIDE:Sとなります。