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双刻の竜王-異界迷子のドラゴンロード-  作者: 十六夜月音
1章:SIDE:Y 氷竜王ニコラエヴナ編
7/23

5:イリスの覚悟、氷竜王の思惑

 私、イリス=クレメンテの人生は、これでも幸せだったのだと思う。

 もう居ないとはいえ、ちゃんと両親に愛されて育ったし、その両親を失ったのも、彼らが私を愛してくれていたからなのだ。世間には両親に憎まれている子供や、そもそも両親を知らない子供だって居るのだ、その子達からすればきっとなんとも羨ましい話なのだろう。

 両親を失った後も、災厄を運んできた張本人だというのに、村の人達は私に居場所をくれた。ふさぎこんでいた私を励ましもしてくれた。そんな優しい人達に囲まれてここまで生きて来れたのだ、これで不幸せだなんて言ったら神様に怒られてしまう。

 そんなことを、山を登りながら考えていた。これから私はそんな優しい人達に恩を返しに行くのだ。そして同時に、本来は私が負うはずだった責任を、ようやく果たしに行くのだ。

 震えそうになる足を、そう鼓舞しながら前に進む。上に登るにつれ、周囲の気温がどんどん下がっているのがわかる。ちらつくだけだった雪は、すでに吹雪となっていた。きっと、もう近くにまで来たのだろう。

 この先に、アレが居る――そう考えるだけでどうしても震えてしまう。単純に気温が低くて寒いというのもあるが、それ以上にこれは、恐怖から来る震えだ。

 アレを直接この目で見たことはまだ一度も無い。その恐ろしさも人から伝え聞いただけだ。なのにどうしても恐怖を感じてしまう。アレが発する咆哮は、根源的な恐怖を呼び起こさせる類のものだ。弱者としての本能が、アレは危険だと告げてくる。アレに睨まれれば、命は無いと――

(それでも・・・)

 それでも私は行かないといけないのだ。でなければ村の人たちが危険にさらされてしまう。あの優しい人たちを、今度は私が守るのだ。

(ヤトさんも・・・ごめんなさい・・・)

 一番の心残りは、あの青年のことだろうか。異世界から来たというあの人・・・時折、昔の私と同じ、辛そうな表情を浮かべるあの人・・・彼を、また一人放り出してしまうことが心残りだった。

 頼るものも無く、一人で取り残される辛さは良く知っている。だからこそ彼の力になってあげたかった。私が村の人達にしてもらったように、彼に居場所をあげたかった。

(また、村の人たちに頼ることになりそうですね・・・)

 きっと村の人達なら、私の時と同じように彼に居場所を与えてくれるだろう。願わくば自分がその役を負いたかったが、叶わない今、またみんなに任せるしかないだろう。


 恐怖で止まりそうになる足を何とか奮い立たせながらも、ようやく山頂に着いた。山頂は開けた雪原になっていて、天気は激しく吹雪いていた。そして吹雪の中には大きな影が浮かんでいる。きっと・・・いや、間違いなくアレがそうなのだろう。

 近づくにつれ段々とその姿が露わになっていく。全身を覆う蒼い鱗、背中に生える2対の巨大な翼、すべてを喰らいつくすであろう、大きな顎に牙、そして爛々と輝く真紅の瞳・・・


「契約を果たしに来ました――氷竜王ニコラエヴナ様」


 目の前に君臨する、巨大な竜・・・私の両親のかたきでもあるソレに、そう告げた。








『クレメンテの娘か・・・』

「・・・!」

 返事が返ってくるとは思わなかったので驚いた。まさか竜が人の言葉を話せるとは思いもしなかった。

『何を驚いている。竜王たるこの身、人の言葉程度造作も無い。第一言葉がわからなければ貴様達との契約も交わせないだろう』

 言われてみればそうかもしれない。竜が人の言葉を喋るというのはなんだか妙な気分だが、言葉が通じるというのなら早い。

「それでは氷竜王様にお願いがあります。契約どおり私の体を捧げます。ですから、ふもとの村には手をださないで・・・」

『何を言っているのだ貴様は』

「え・・・?」

『狼達の国は滅んだと、そう聞いた。ならば我らの契約ももう終わりであろう』

「そんな、それじゃあ何故ここに!父と母を・・・どうして!?」

 どういう事だろうか、つまり氷竜王は契約とは関係なく私達を追ってきたと、そう言っているのだ。

『うむ、契約は破棄された。ならば我が誰を喰らおうとも、それは我の自由であろう?貴様ら親子は格別にうまそうだったので追ってきた、ただそれだけだ』

「そん・・・な・・・」

 確かに理屈にはかなっている。国が無いのだから狼人族そのものを狙うという事は無いが、それは狼人族の誰か個人を狙わないという事と同義ではない。ただ、誰もそこまで氷竜王が私達に執着すると思っていなかっただけだ。

『しばらく前に貴様の両親を喰らって、そのときは満足していたのだがな・・・また腹が減ってきたのでこうして目覚めたという訳だ。前回に続き今回もそちらから喰われに来てくれるとは、手間が省けてありがたいな』

 結局、父や母とここまで逃げてきたことは無駄だったと、そういう事だろうか。王家が続こうが続かまいが、私は狙われたと、そういう事だろうか。

「ならせめて、私の身を捧げますから村には手を・・・」

『だから何を言っているのだ貴様は。契約は終わったと、そう言ったであろう。ここからは、我は好きなように好きなものを喰らうだけだ。せっかく近くに手ごろな集落があるのだ、見逃すはずが無かろう』

「そん・・・な・・・」

『もちろん貴様もありがたく喰らわせて貰うがな。貴様を喰らい、村を喰らい、まだ腹が減っていれば、その後はそうだな・・・狼達は旨かったし、また北に戻って奴らを狩るのも良いかも知れぬな・・・』

 なんということだろうか・・・つまり、私がここに来た事も、両親がやってきた事も、すべてを無駄にすると、そう言っているのだ。


『では早速、貴様から頂こうか』

 そう言って竜はその大きな顎を開き、こちらに向かってくる。逃げなければと理性ではわかっているが、襲われる恐怖と、すべてが無駄だったという絶望で足が動かない。数秒後には、私は竜の腹の中なのだろう。


「ヤトさん――」


 最後に出てきた言葉は、なぜかあの青年の名前だった。助けに来てくれるだなんて思っていない。けれど、なぜかその名前が浮かんできた。だから・・・


「――イリス!」


そう答えてくれる彼の声も、きっと幻聴だと、そう思っていた・・・










「ヤト・・・さん・・・?」

 イリスが、俺の腕の中で不思議そうにこちらの顔を覗き込んでくる。どうやらまだ状況が掴めていないらしい。

 俺は今イリスを見つけると、魔力爆発エクスプロジオンを両足に使い一気に距離を詰め、そのままイリスを抱きかかえ、また同じようにして竜から離れたのだ。見つけたときの様子を見るに、後数秒でも遅かったら間に合わなかったかもしれない。間に合って本当に良かった・・・

 ここに来るまでも同じように魔力爆発エクスプロジオンを使って、文字通り飛び跳ねて移動してきた。ここまで連続して使用したことは無かったが、何とかなったようだ。

(ただ、もう足はボロボロだけどな・・・)

 ある程度指向性を持たせられるようになったとはいえ、やはりこの魔術、反動は結構大きい。ここに着く頃には、もうすでに両足の感覚は無くなっていた。それでもなんとかここまでこれたのは、本当に運が良かった。

(あとは、この足でアイツから逃げられるかだが・・・)

 向こうも始めは何が起きたか理解していなかったようだが、今はこちらに気づき向かってきている。かなり速い速度で追ってきているようだし、この足ではいずれ追いつかれるだろう。

「どうして・・・どうして来たんですか!私なんか放っておいて、早く逃げてください!」

 ようやくイリスも理解が追いついたらしい。あわてた顔で必死に懇願してくる。けれど、それは出来ない相談だ。

 この辺で良いだろうかと、森の中、大木の陰でイリスを腕の中から下ろす。

「そうだな・・・忘れ物を届けに・・・かな」

「忘れ物・・・?」

「ほら、これ」

 そう言って、イリスの首にペンダントをかける。我ながらクサい台詞だとは思うが、こんな時くらい良いだろう。

「これって・・・」

「大事なものなんだろう?狩りに行く時でも、やっぱ持ってた方が良いと思ってさ」

「な、これはあなたに・・・っ!」

「俺がこんなの持っててもしょうがないし、やっぱりイリスがつけてたほうが似合うって」

「だから、今はそんな場合じゃ・・・っ!」

「聞こえてた。アイツ、これから村も襲うつもりなんだろう?」

「・・・!」

 そう、イリスと竜の会話は、途中からだが聞こえていた。コイツは、どちらにせよここで食い止めないと俺達に未来は無いのだ。

「なら、ここで何とかするしか無いよな・・・」

「そんな!相手は竜王ですよ!無理に決まって・・・!」

「それでも、やらないとどちらにせよ終わりだ」

「なら、ならせめてヤトさんだけでも・・・!」

「残念だけど、ここに来るまで結構無茶しちゃってさ・・・足が、もうもうほとんど動かないんだよ。奴が見逃してくれるなら話は別かもしれないけど。」

「そんな・・・」

 イリスが、また絶望した表情を浮かべる。仕方ないとはいえ、イリスにはこんな表情はして欲しくないな・・・

「まぁ、なんとかしてみせるさ・・・、もしかしたら俺、異世界から来た勇者って奴かもしれないだろ?」

 だからか、そんな台詞が自然と出てきた。なるほど、自分を鼓舞するのには悪くないかもしれない。



『逃げるのはやめたのか?人の子よ』

 そんな会話をしているうちに、竜が追いついてきて声をかけてくる。俺はゆっくりとそちらを振り返り、じっと相手を睨み返す。

 ・・・それにしても、爬虫類みたいな見た目の奴が人の言葉を喋るってのは、なんだか不思議な気分だ。

「・・・狩りに来て、獲物から逃げてたら話しにならないだろうしな」

『ほほぅ、我を獲物と呼ぶか・・・中々威勢は良いようだな・・・』

「ああ、数少ない取り柄なんでね」

 そうやってせめてもの虚勢を張る。本当は今すぐ逃げ出してしまいたいくらい恐ろしい。何せ、コイツはあの黒龍と同種の存在だ。あのときのどうしようもない恐怖が蘇ってくる。

 けれどそれを悟らせないよう、目だけは逸らさないようにする。何せ俺はこのどうしようもない存在に、何とかして勝たなければならないのだから。

 それに、これでも全く勝機が無い訳ではないのだ。作戦と呼べるほどのものではないが、切り札になりそうな方法なら、一応は存在している。最も試したことの無いただの思いつきなので、成功するかどうかは分の悪い賭けになりそうだが。

 けれど、駄目で元々なのだ。戦わないでも死ぬと言うのなら、せめて戦って死んだほうが格好がつくだろう。確か曽祖父は戦時中、特攻隊員として戦死したらしいが、今の俺と同じような気持ちだったのだろうか。

(いや、多少なりとも勝機のある俺の方が全然マシか・・・)

 死なば諸共ではあるが、何も最初から死ぬつもりという訳でもない。それに、あの黒龍と同種の存在といっても、感じる威圧感はアイツほどでは無いような気もする。・・・もちろん、それでも十分以上に脅威なのだが。

『ならばその威勢が無くなる前に、貴様から先に喰ろうてやろう!』

竜がそう言って楽しそうに嗤う。獲物は新鮮なうちに食べたいと、そう意味だろうか。冗談じゃない。

「やれるものならな・・・!」



――こうして、氷竜王との戦いが幕を開けた。

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