3:帰還、傭兵という仕事
「お帰りなさい、ヤトさん」
村に帰ると、門の前でイリスが出迎えてくれた。どうやら少し前から待っていてくれたらしい。
「おお、戻ったか!無事で何よりだぜ」
そう言って、ほっとした顔でディドも出迎えてくれる。口は悪いが、なんだかんだでこいつも結構良い奴らしい。
「それで、どうでした?怪我とかは・・・」
「うん、大丈夫、あのくらいだったら俺一人でも何とかなりそうだったよ」
実際かなり余裕はあったし、村長がいなくともなんとかなっただろう。もちろん、今回は村長が居てくれたおかげで楽はできたが。
「うむ・・・確かにそうなのじゃが・・・あれを一人でも大丈夫とはのぅ・・・」
なんだか微妙な表情で村長がこちらを見てくる。何かおかしなことを言っただろうか。
「何かあったんですか・・・?」
「うむ、出てきた魔物なんじゃが・・・まぁほとんどはいつものコボルトだったんじゃが、最後にトロールが出おってな」
「トロール!?だ、大丈夫だったんですか?」
イリス達が改めて心配そうにこちらを見てくる。いや、特に危なげもなく倒せたんだけど・・・
「だってトロールだろ!?普通は熟練の兵が4~5人でようやく相手になるって言われてんのに・・・」
なんと、あいつはそんな大物だったのか。確かにデカイし、普通は一人だと対処が難しいのかもしれない。
「しかも、あやつはおそらく北の山の主じゃった・・・本当、よく生きて帰ってこれたものじゃわい・・・」
「なっ、そんな大物が・・・!?それでどうしたんだ?逃げ切れたのか?」
そう言ってディドが門の外を警戒している。どうやらまだ近くに居るかもしれないと思っているようだ。
「いやそれがのぅ・・・ヤトが倒してしまいおった・・・それも一瞬で・・・」
村長があきれたような顔でこちらを見てくる。いや、実際大したことないように感じたんだが・・・
「はぁ!?冗談だろう・・・?」
「いや、わしも信じられないんじゃが・・この目で見てしもうたしのぅ・・・」
「ヤトさん、もしかして・・・」
イリスだけが何かに気づいたようでこちらを見てくる。どうやら俺がどうやってトロールを倒したのかなんとなく想像がついたのだろう。
「ああ、魔力爆発で頭の位置まで跳んで、直接頭を吹き飛ばしたんだ」
「やっぱり・・・」
この中でイリスだけは魔力爆発の威力を知っている。そのためなんとか納得できたようだ。
「けどそれにしたってうまく行き過ぎな気が・・・一体どんな人生を送ってきたら初めての対魔物戦でそんな動きができるんですか・・・」
と思ったが、やっぱりおかしいということらしい。何故だ・・・
(正直強さで言えば爺さんの方がはるかに強いしなぁ・・・)
いくら魔物とはいえ、やはり訓練された人間のほうが素早いし攻撃も正確だ。それにフェイントも無いのだ、攻撃を回避するのは簡単だし、しかも剣道と同じように有効な一撃を入れれば終わりなのだ、感覚的には野良犬を追い払うよりも楽だった。
(というか野良犬って実はかなり手ごわいしな・・・)
昔田舎に遊びに行ったときに襲われて対峙したことがあるが、素早いし中々倒れないしでものすごく苦労した覚えがある。それに比べてコボルトやトロールは遥かにのろまだし、あの時感じた迫力も感じなかった。
普通は野生動物に襲われればどうしても怯んでしまうものなのだが・・・
(確かにトロールはデカかったけど・・・)
――それも、あの黒龍に比べたら全然だ。
もしかしたら、アレに出会ったせいで多少感覚は麻痺してるのかもしれない。
「ははは、まぁ、小さいころからずっと鍛錬は続けてきたからね・・・」
とりあえずそう曖昧な笑みを浮かべる。実際それが一番大きいのだ、間違ってはいない。
「それより、そろそろ帰ろうイリス、もうすぐ日も暮れるし」
魔物の死骸の処理などで結構時間を使ったせいで、昼過ぎに出たのに気がつけばもう夕方だ。死骸をほうっておくとほかの魔物を呼び寄せるということで、売れそうな部位を剥がした後は全部地面に埋めてきたのだが、正直退治よりもそっちのほうが大変だった。
「ええ、それじゃあ今日は初陣のお祝いって事で、少し豪勢な食事にしましょうか」
「お、楽しみにしてるよ」
イリスと暮らし始めてから、食事は基本的にイリスに任せている。というか、そもそも俺は料理が得意なほうではないし、食材が日本では見たことの無いものばかりなのだ、他の家事は分担できるが、これに関してはどうしようもなかった。
イリスの作る料理はやはり異世界だからか、俺にはなじみの無い料理ばかりだったが、どれもとても美味しかった。これは今晩も期待できるだろう。
「しかし、北の山の主か・・・なんだってそんな奴が・・・」
「うむ・・・確信は無いが・・・もしかするかもしれんのぅ・・・」
「な、それってまさか・・・!?」
「まだわからんがのぅ・・・準備だけはしておいたほうが良かろうて・・・」
だから、ディドと村長のそんな会話も、それを聞いてイリスが一瞬表情を変えたことにも、この時の俺は深く考えないでいた。
―――このことを、後で後悔するとは知らずに。
魔物退治が終わってから、しばらくは穏やかな日々を過ごしていた。特に事件も無く、俺自身は村での力仕事を手伝ったり、近所の子供たちに簡単な剣術を教えたりと、そんなことをしながら生活していた。
(そろそろ、ちゃんとした仕事も始めないといけないかな・・・)
いつまでもイリスの家のただの居候というのも気まずい。今のところ生活に困っているということは無いが、やはり少しでもお金は家に入れたい。
(一応イリスの菜園の手伝いとかはしてるけど、役に立ってるかは微妙だしなぁ・・・)
ちなみにイリスは裏庭の畑で取れた野菜を売ったり、物々交換したりといった方法で収入を得ていた。なので一応世話になってる身として手伝ってはいるのだが・・・
(ガーデニングなんてやったことないしな・・・)
作物によって世話がいろいろ違うらしく、ぶっちゃけ水やりくらいしか手伝えていない。その水やりも別に大きな畑ではないのでイリス一人でも特に問題なさそうなのだ。
考えてみれば俺が来るまではずっとイリスが一人でやっていた作業なのだし、当然といえば当然なのだろうが・・・
(そうなると他に仕事を探すしかないんだけど・・・)
果たして俺に何ができるのだろうか。こういうとき、漫画や小説の主人公なら現代日本の知識を生かして色々とするものなのだが・・・
(うん・・・特に思いつかないな)
日本に居たときから頭の出来は余り良いほうではなかったし、こういう時に役に立ちそうな知識なんて基本的に持っていない。確かにあれば便利だと思うものや、こうだったら良いのにと思う制度とか、そういうのはあるが、その作り方や行い方を知っているのはまた別の話なのだ。
たとえば今この場に稲の種籾があったとしても、それを育てて米を作る方法を俺は知らないし、炊飯器も無いのだ、どうやれば米を炊けるかも正直よくわかっていない。世紀末のヒャッハーなモヒカンよりもなお下だ。もしこの場にいるのが弟の優馬ならなんとかしそうなものだが・・・
いや、もしもの話を考えるのはよそう・・・うん・・・
それに、実際みんな同じような状況になったらそんなものではないだろうか。ただの人間がいきなり異世界に飛ばされて、その知識を生かして大活躍とか、そうそう都合よく行かないだろう。
そもそも日本でだって高校卒業したばかりの若造がすぐに社会で活躍なんて中々出来ないのだ。それをまったく違う文化の中でやれだなんてハードルが高すぎる。
(そうすると、やっぱ戦う事くらいか・・・)
そんな中で俺が役に立ちそうなことといえば、やはりこの前の魔物退治の時のように戦う事くらいだろう。この前の事で一応俺の戦闘能力は結構高いらしいというのもわかったし・・・
(気は進まないんだけどな・・・)
俺がやってきた武道は、やはりあくまでもスポーツとしてのものだ。実際に命を奪うために鍛えてきた訳じゃない。危険を覚悟で戦いの道を歩む覚悟なんて、はっきり言って出来ていない。
いくら相手が弱いといっても、この前の魔物退治で向けられた殺意は本物だし、持っていた武器も当たれば大怪我じゃ済まないものだった。つまり、一歩間違えれば死ぬ可能性があるということだ。
もちろんスポーツとしての武道だって危険はある。けれどそれはルールという安全を保障された中での危険だ。事故の確率は全然違うだろうし、やはり明確な殺意を向けられるというのは、どうしても恐怖を感じてしまう。
(けどまぁ、アレに比べたら大体は大丈夫かな・・・)
そう、あの黒龍の恐ろしさに比べたら、たいていの魔物なら恐怖は感じないかもしれない。ならば怯んで動けなくなったりとかは無いだろう。そう考えればあとは事故の確立だけだが、幸いこの世界には治癒魔術というものがある、多少の怪我ならむしろ現代日本よりも治るのは早いかもしれない。それにそもそも怪我自体はしなれているほうなのだ、そこに抵抗は少ない。
(それなら、やってみるのもアリかもしれないな・・・傭兵って奴・・・)
この世界には、戦いを生業にする職業が大きく分けて2つあるらしい。一つが、国に使える騎士、そしてもう一つが個人で毎回契約を結ぶ傭兵だ。
騎士になるためには、騎士団に入るための入団試験と、そしてある程度の家柄が必要らしい。なんでもこの世界には昔の地球のように貴族と呼ばれる存在がいて、騎士というのはその一種でもあるらしい。そのため代々続く貴族の家系であるとか、大商人の家だとか、そういう家からしかなれないらしい。
さらにその中から厳しい入団試験をくぐりぬけ、その後の過酷な訓練に耐え、正しい礼節を身に着けたものだけが名乗れる職業で、国のために戦う、まさにエリート中のエリートという存在らしい。
というわけで、入団試験は何とかなるかもしれないが、家柄なんてものは持っていない俺はこの職業を目指すことは出来ない。なので必然的に目指すのは傭兵ということになる。
傭兵というのは、個人や何人かの集団で傭兵ギルドを通し依頼を受け、戦争に参加したり魔物を退治したり、護衛を引き受けたりといった職業だ。地球で言うPMC(民間軍事会社)っていうのに近いだろうか。
(いや、ファンタジーモノでよくある冒険者って奴が近いのかな)
ギルドと呼ばれるものがあったりすることを考えると、そっちのほうがしっくり来る気もする。まぁとにかく何でも屋みたいな職業で、なるために特に資格とかは必要なく、仕事を請けるためにギルドに登録するだけで良いらしい。ファンタジーものだとこういうのに登録すると、Aランクとかランク分けされて、、主人公はそのランクを一気に駆け上ってく、というのがお約束なのだが、どうやらそういうのは無いらしく、ギルドは仕事を斡旋するだけで、実際に仕事を任せるかどうかは依頼人と傭兵本人が話し合って決めるそうだ。そしてギルドのほうは依頼人から紹介手数料を貰う、という仕組みらしい。
そう考えると傭兵ギルドというのはどちらかというと日本で言うハロワみたいなものだろうか・・・いや、毎回仕事が違うということを考えるとスポット派遣のバイトがそれに近かった気がする。まぁ、向こうは危険の無い仕事がほとんどだが。
一応こちらも登録するためには試験というか条件があって、それが一体以上魔物を討伐する事というものだ。魔物討伐の依頼がある以上、最低限戦える者だけが登録できるということらしい。
(まぁ誰でも登録できたら管理が大変だろうしなぁ・・・)
この条件をクリアしたと証明するためには、それを目撃した人間の証言か証書があればいいらしいので、村長に頼めばこの前の魔物退治の件で大丈夫だろう。
こんな簡単でいいのかとも思うが、そもそも嘘の証言を貰って登録したとしても、仕事が出来なければ意味が無いのだ。ギルドはあくまでも仕事を斡旋するだけで、依頼の成否には関わらないため、たとえ失敗したとしてもそれはギルドの責任ではなく契約を交わした当人同士の問題だ。実力が伴わないのに登録したとしても困るのは本人だけということらしい。
まぁそれでも、箔をつけるために適当に証言だけ貰って登録だけする、という者も一応は居るらしいが。
依頼を受けるかの交渉は一応誰でも出来るようになっているが、それだけでなく、依頼を成功させるとギルドで記録をつけてくれるらしく、特に難易度の高いと思われる依頼はその記録を見て優秀と思われる人物に優先的に紹介したりということもしてくれるらしい。そういう仕事は高報酬なので、依頼を成功させればさせるほどそういう仕事を請けやすくなり、逆もまた然りという事らしい。単純だが理にはかなっているだろうか。
また、ギルドを通さずに直接依頼を受けることも認められている。そのため、高名な傭兵なんかには直接依頼が来ることもあったりするらしい。それでは依頼が減ってギルドが困るのではないかとも思うが、そもそも難易度の高い依頼も低い依頼も紹介するための手数料は同じらしく、そういう依頼は受ける人が少なく扱いに困るため、逆に助かるらしい。ギルドとしてはそういう依頼にかかりきりになるよりも、簡単な依頼を出来るだけ多く紹介できるほうが利益になるということだとか。そもそも運営は基本的に国が行ってるらしく、利益に関してはあまり頓着していないらしい。
国には騎士団が居るが、その人員をすべて治安維持などに使うわけにはいかず、そのための下請けとして傭兵ギルドというシステムが生み出されたのだとか。日本の感覚で言うと、自衛隊が騎士、警察兼何でも屋が傭兵という感覚だろうか。
また、この村の魔物退治のように、村が直接依頼をわかりやすく広場などに掲示しているような場所も結構多いらしく、旅をしながらそういう仕事を請けながら生活している傭兵というのも、一定数居るのだとか。そういう依頼は直接の依頼でも簡単なものが多く、ある意味安定した暮らしが出来るものらしい。なんというか、まさに自由業という奴だろう。
騎士と違って仕事を選べるというのも魅力だ。例えば騎士なら国家間で戦争が起これば必ず参加しなければならないが、傭兵はそうではない。魔物退治はしても、人間相手に殺し合いをする気は無い俺にとって、これはありがたい。
(けど、そもそもその傭兵ギルドって・・・この村にないんだよな・・・)
そう、傭兵ギルドは隣の街にまで行かないと無いのだ。なので、登録のためには必然的にこの村を離れないといけない。
それに、そもそも傭兵の仕事自体この村にはたまにある魔物退治くらいしかないのだ、それだけで生活できるほどの稼ぎにはならない。それはつまり、少なくとも隣の街に拠点を移さなければならない、という事だ。
それはつまりこの家から離れるということで・・・
(まぁ、うん、のんびり考えようか・・・)
今のこの家での生活は居心地が良くて、ついそうやって先延ばしにしてしまうのだった――