2:トロールとの戦い、魔術という存在
「オォオオオオ――!」
トロールが雄たけびを上げる。推定7mはあるであろうその巨体から放たれる雄たけびは、周囲の空気をビリビリと振るわせる。
「ぬぅ、『火矢』、『風剣』!」
村長がさっきの火の魔術と、今度はその後から真空の刃を飛ばす。だが今度の魔術は先ほどまでの威力は無く、トロールの腕の一振りで簡単に掻き消えてしまう。
「むぅ、やはり杖なしじゃ無理かのぅ・・・」
さっきのコボルト程度なら今の杖無しの魔術でも十分だったかもしれない。だが、さすがにこの巨大な化け物には通じないようだった。このままでは恐らく村長に勝ち目は無いだろう。となれば逃げるしかないのだが、俺も村長を抱えながらこの巨体から逃げ切れる自信はあまり無い。それにここは村の近くだ。もしこんな化け物が村へ向かえばどんな被害が出るかわからない。
つまり、ここでこいつを倒すしか選択肢は無いのだ。
「ふぉふぉふぉ、わしもとうとう年貢の納め時かのぅ・・・」
何かを諦めたような目で村の方角を見る村長。相打ちを覚悟で戦いを挑むつもりなのだろう。だがおそらく、今の村長の力では相打ちにすら持っていくのは難しいだろう。
そう、ならば俺がやるしかないのだ――
「村長、ちょっと後ろに下がっていてください」
「ヤト・・・?何をするつもりじゃ?」
「いえ・・・魔物退治の続きに、ちょっと行ってくるだけですよ」
「!?、お主まさか・・・!」
村長が何か言おうとしていたが、その言葉を聞く前にトロールに向かって走り出す。トロールはその丸太のような腕で俺に殴りかかってくるが、はっきりいって力任せに殴ってきているだけで、どこを狙っているかはバレバレだった。俺はその場所を回避しつつすぐにトロールの足元に潜り込み・・・
「はっ!」
気合一閃、そのまま居合い切りを足に叩き込む。
「ギャァア――!」
さすがに今度は両断とは行かなかったが、剣はトロールの右足の半ばほどまで食い込んでいる。もしこれが刀だったなら両断できたかもしれないが、この剣ではこれくらいが限界だろう。
トロールは、今度は足元の俺を狙って拳を振り降ろしてくる。やはり今のでは致命傷にはならないようだ。
足では致命傷にならない、ならばどうするか。そう、なら致命傷になる場所・・・たとえば首や頭を狙えば良い。けれど俺の身長ではそこまで攻撃は届かない、ならばどうするか・・・
ドゴォ――!
トロールが振り下ろした拳が、地面を大きく抉った。その場に留まって居れば、恐らく俺はミンチになっていただろう。だがもちろん俺はそんな場所に留まってなど居ない。今度は左足側に回り込み、斬撃を叩き込む。
両足に大きな怪我を負ったトロールが、足で自分の体重を支え切れなくなり、たまらず地面に座り込む。これで奴の身長は小さくなった。今は大体5m位だろうか。だが、これでもまだ届かない。
トロールが今度はその腕を振り回してくる。丸太のような腕だ、かすっただけでも大変なことになるのだろう。
だが俺はすでにその場には居なかった。奴から見れば、急に消えたように見えたかもしれない。
ならば俺はどこに居るのか、それは――
「―――!」
目の前でトロールの顔が驚愕にゆがむ。そう、トロールの顔の前、地面から約5mの距離まで跳び上がっていたのだった。
もちろん普通にジャンプしてもこんな距離まで飛び上がることはできない。ならばどうしたかというと、答えは自分が唯一使える魔術を使ったからだ。
「『魔力爆発』・・・これで終わりだ!」
俺はトロールの頭を左手で鷲づかみにし、そこに魔力を集中させる。
そして集中させた魔力を一気に解き放つ。すると・・・
ドオオオォォォォン―――
そこには、首から上が消失した、かつてトロールだったものが、ただ立っていた―――
「なぁ、ヤトや・・・今のは・・・・何なんじゃ・・・?」
「今のって・・・俺の魔術のことですか?」
「うむ、まぁ、魔術というか・・・あれは・・・魔術・・・・なのかのぅ?」
「・・・だと一応思ってるんですが」
俺が使った魔術・・・魔術?は、『魔力爆発』と呼ばれるものだった。
これは魔力を一点に集め、それを一気に開放させ、爆発させる、という魔術・・・というか技術だ。
そもそも魔術とは何か?それは、体の奥底に眠る魔力を集め、超自然的な力に変換し、行使する技術のことだ。魔力というのは、気とか生命力とか、そういう物のイメージで大体あっているようだった。
発動までのプロセスは、まず魔力を一点に集中し、行使したい力を強くイメージし、それに対応した呪言を発することで魔術が発動する、というものだ。例えば村長が使った『火矢』は、杖の先に魔力を集中させ、火の矢をイメージし、『火矢』の呪言を発することで発動する。
このとき、術者のイメージ力や魔力で同じ呪言でも発動する魔術の威力は大きく変わるらしい。そのため同じ魔術師でも格差が発生するということだ。
また、魔術にはランクが存在し、大きく分けて下から初級魔術、中級魔術、上級魔術、対獣級魔術、対竜級魔術、対世界級魔術と分類されるらしい。例えば、村長が使っていた『火矢』などは初級魔術に分類される。
個人で扱えるのは一般的には上級までと言われており、対魔獣級魔術、対竜級魔術はそれぞれ魔獣、竜を倒せるほどの魔術、対世界級魔術は世界そのものに影響を及ぼすほどの魔術の事で、対魔獣級以上は個人ではなく、儀式を通して複数人で発動するのが主流となる。対世界級に関しては、歴史上でも数回しか発現していないほどの魔術なので、今の世界ではそもそも発動自体見たことのある人間がほぼ存在していないらしい。
一応対竜級までは個人で発動できる者も稀には居るらしいが、まぁそいつらはほぼ人外の存在と言って良いだろう。
そして個人が使える最上級の魔術のランクによって、魔術師はランク分けされている。ちなみに初級を3つしか使えない村長は当然のごとく初級魔術師となる。一般的には中級以上でエリート、上級で天才、対獣級で極一握りの超人、対竜級で人外の化け物、という認識のようだ。
さらに、ここであげたランク以外にも、竜王魔術と呼ばれるものも存在するらしいのだが・・・それは使えるようになる条件が特殊すぎて、詳しくはわかっていないらしい。ただ、その威力は対竜級に匹敵するとも、それ以上とも言われているそうだ。
・・・というのが、イリスから聞いたこの世界での魔術だった。では、俺が使えるようになった『魔力爆発』はどのランクに当てはまるのかというと・・・実はどれにも当てはまらない。
というのは、俺のこの『魔力爆発』は、集めた魔力を爆発させているだけで、超自然的な力に変換しているわけではないからだ。つまり、魔術以前の状態の魔力を、無理やり攻撃に使っている状態なのだ。
つまり魔術としては初級以前の状態で・・・なんというか、厳密には魔術とは呼べない代物だった。
普通はこの状態は、魔術の不発という現象で終わるらしいのだが、どうやら俺は持っている魔力量が人よりも多いらしく、強引に攻撃として成立させてしまっているらしい。そのため、これはほぼ俺オリジナルの魔術・・・というか技術になる。『魔力爆発』という名前はイリスが付けてくれた。もっとも、厳密には魔術ではないので呪言は必要ないのだが、便宜上そう呼んでいる。
威力は込める魔力によって調整でき、足の裏に少量使えば、爆発の威力でさっきのように5mの跳躍を可能にし、全力を出せばトロールの上半身を吹き飛ばすこともできる。使い勝手は案外良い技だ。ただ全力を出すと、爆発に巻き込まれて自分自身もダメージを受けるため、普段は最大でもさっきのトロールの頭を吹き飛ばした程度の威力までに抑えてはいるが。
そう、使い勝手のいい技なのだが、一つ欠点がある。それは、自分の体の一部を基点にしか、爆発を起こせないというものだ。直接触れずに基点に基点にできるのはせいぜい服や靴の裏からくらいで、村長のように杖を基点に発動とかはできない。
この技は魔力を魔力のまま使用しているので、コントロールするためには体内に納めたままで行わなければならないからだ。体から離れてしまえばそれはただの魔力の塊になってしまい、自分の意思で操作は出来なくなってしまうのだ。
だから例えば離れた相手を爆破する事はできないし、大きすぎる爆発は自分もダメージを受けてしまう。爆発にはある程度志向性を持たせることは出来るようになったので、今は威力をセーブすれば自分にダメージが来ないようには出来るのだが・・・その調整が出来るようになるまでは、かなりイリスの治癒魔術にお世話になってしまった。
この技術を身につけたとき、身体能力にせよ魔力量にせよ、あまりの規格外にイリスからは異世界人はみんなこうなのかと呆れられたが、他の例を知らないので何とも言えない所だ。身体能力は一応鍛えていたのと重力差のせいだろうし、魔力に関しては、聞いた感じ魔力量を増やすための鍛錬は、武道の稽古に近いようなので、似たようなことを小さいころからやっていたからなのかもしれない。
「しかし単純な魔力の爆発だけでこの威力とは・・・お主ちゃんと魔術が使えれば上級・・・いや、それこそ対獣級魔術師にだってなれるかもしれないのぅ・・・」
村長はどうやら今の技の構造に気がついたらしい。だが残念ながら、俺には大きな魔力はあっても魔術師としての才能は無いらしく、いまだに初級魔術すら使えなかった。というのも理由があり・・・
「残念だけど、どうやら俺には魔力の変換資質?ってのが無いらしいんですよ」
「なんと!そうか・・・すまぬな、ヤトよ、つらいことを聞いてしもうた・・・」
「いえ、気にしてないんで良いですよ」
魔力の変換資質、それをどれだけ持っているかによって使える魔術の幅が増えるらしい。たとえば炎の資質を持っていれば『火矢』等の火系統の魔術が使え、風の変換資質を持っていれば『風剣』が使えると言った具合だ。一般的には、火、風、水、土、光、闇の6種類に大別され、さらに氷や鋼等の特殊な資質が数種類あるという。特にはじめの6種類は6元素とも呼ばれ、高位の魔術師の中には6元素すべての変換資質を持つものも居たという。そうでなくとも、普通はこの中のどれかひとつかふたつ位は必ず持っているものらしい。
しかし、異世界人であるからか、俺はこのどれも持っては居なかった。イリスと魔術の練習を始めたとき、資質を計る器具で見てもらったが、何も反応しなかったのだ。
実はこういう人間はごく稀にだが、存在するらしい。そしてそういう人たちは、たいてい子供のころから忌み嫌われ、悲惨な人生を歩んでいるものだとか。何故嫌われるのかはよくわからないが、やはりどの世界にも差別や偏見というのは存在するという事か。
村長がすまなそうな態度をとっているのは、そういう理由からだろう。
(けど変換資質の事を聞いても拒む態度をとらないってのは、やっぱ良い人なんだな村長も・・・)
自分で言うのもあれだが、こんな得体の知れない人間を村に住まわせてくれているのだ。だから大丈夫だろうと思って軽い感じで話したのだが、やはり正解だった。イリスの時もそうだったが、やはり恩人には嘘をつきたくない。いずれは異世界のことも話すつもりだが、それはまた今度、落ち着いたときにでもしよう。
「さてと、それじゃあ仕事も終わったみたいだし、帰りましょうか」
「う、うむ、そうじゃの・・・」
とにかく今は村に帰ろう。村長の杖もどうにかしなければいけないし、用事が終わったのにいつまでも村の外に居る必要も無い。イリスも心配してるかもしれないし、早く帰って報告しよう
「しかしさっきのは北の山のトロールの主か・・・?あ奴は山からは出てこないはずじゃが・・・山に何かあったのかのぅ・・・まさか・・・奴が・・・目覚めたのか・・・・?」
後ろで村長が何か独り言を言っているようだったが、俺はこの時、気づかずに村へと歩き続けていた・・・