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双刻の竜王-異界迷子のドラゴンロード-  作者: 十六夜月音
1章:SIDE:Y 氷竜王ニコラエヴナ編
3/23

1:流れ着いてからのそれから、初めての魔物退治

 ベルン大陸の端、アルテランド王国の西端アルカ村。そう呼ばれる場所に俺が流れ着いてから、約1ヶ月が過ぎた。

 正直、地球との差にまだ色々戸惑うことも多いが、なんとかここまで生活してくることが出来た。これもすべて――


「あ、おでかけですか?ヤトさん」


 あの時、ここに流れ着いた俺を助けてくれた彼女のおかげだろう。

 彼女の名前はイリス=クレメンテ、どうやら村のはずれにあるこの家で、一人で暮らしていたらしい。

「うん、ちょっと村長のところまで」

 困ったときは助け合わないと、そう言っていた彼女は、俺が目覚めた後も家に住まわせてくれている。年若い男女が一つ屋根の下というのはさすがに色々とアレだろうと、最初は断ったのだが、部屋は余っているし、一人で住むにはこの家は大きすぎるから、と、半ば強引に他の村人にも話を通してしまった。

 村の人達に了承を取って来る、と言い出した時は、恐らく良識ある人なら反対するだろうと思ってそのままにしておいたのだが、まさか本当に許可を取ってくるとは思わなかった。始めは彼女が村の皆から良く思われてないのかもと思ったのだが、特にそういう理由ではなく 

『あの子に襲いかかって無事で住む奴はそうそう居ないだろう』

 という見解かららしい。どうやらお淑やかな見た目に似合わず、そうとうお強いらしい。

 そう、この世界に来てまずはじめに驚いたのは、彼女の事だった。なんでも彼女はこの村にただ一人の、狼人族という種族らしい。ウィッグか何かだと思っていた犬耳は・・・どうやら本物らしい。

 はじめは意識していなかったが、スカートの後ろからは大きな尻尾も出てるし、さすがは異世界だ。こんなファンタジーな人間、地球だとまずお目にかかれないだろう。

 本物だと気付かずに何気なく尻尾を触ってしまい、なんだか凄い反応をされたのもいい思い出だ。その後しばらくお互い気まずい空気が流れることになったのも・・・良い・・・思い出ということに・・・しておこう。

「例の魔物退治の件ですか?私が行くって前言ったじゃないですか・・・」

「いや、みんなにはお世話になってるし、少しでも恩返しがしたいんだよ」

「・・・わかりました。聞いた話だとたいした魔物ではないようですから、ヤトさんなら心配ないでしょう。けど、無理はしたら駄目ですよ?」

「ああ、わかってるって」

「それでは、お気をつけて」

「うん、行ってきます」

 そんな種族である彼女は、どうやら一般的な人間に比べて高い身体能力を持っているらしい。・・・らしい、というのは、その高い身体能力というのが実は俺とそこまで変わらないように見えるからだ。確かに地球の女子の平均よりは遥かに高いようだが、そこまでいうほどには見えなかった。一応俺もインターハイで優勝できた程度には鍛えている自信はあったし、女の子に運動で負けるというのもちょっと微妙な気分なので、この前軽く短距離走で競争をしてみた。家の敷地周囲を1週、だいたい200m位だろうか。

 結果は・・・もう僅かの差で負けた。

 勝負の後俺ががっくりとうなだれていると、驚いた顔でイリスに詰め寄られた。なぜあんなに速く走れるのか、と。

 速くと言ってもイリスに負けたし、と言うと、どうやらそもそも普通の人間がイリスに迫るほどに速いという事がおかしいらしい。狼人族というのは特に走るのが速い種族で、たとえ熟練の傭兵でも追いつけることはまず無いらしい。それこそ勝てるのは一部の魔物位のものだと。

 そこでようやく気がついた。これは、俺が凄いのではなく、皆の身体能力の平均が低いのだ、と。

 そういえば動けるようになってからは随分と体が軽く感じるし、以前なら持つのに苦労しそうな物も軽く持ち上がるようになっていた。始めは物が見た目よりも軽かったりとか、気のせいだと思っていたのだが、他の村人はそれなりに苦労していた様子の覚えがある。その時は意外と皆腕力がないんだなくらいにしか思わなかったが・・・

(さっき走った時も前より少し速く走れたように感じるし・・・これはもしかして・・・重力が小さいって奴なんだろうか)

 そう考えると納得できる。低い重力下なら、必要な力もその分少なくて済むのだ。ならばそこに住む生物の、身体能力の平均も下がるのだろう。

 というようなことを、できるだけ噛み砕き、俺がどうやら異世界から来たらしいということを、イリスにはちゃんと説明をした。たとえわかってくれなくとも、お世話になっている以上嘘はつきたくなかった。

 始めはきょとんとした表情のイリスだったが、俺が真剣に話しているらしいことを理解すると、段々と神妙な顔になっていった。冗談だと思われて、ヘタしたら怒られるかもしれないと思っていたが、ちゃんと向き合ってくれたらしい。

 一通り話し終わった後、その話はあまり外でしないほうが良い、と言われた。それは当然だ、おそらくこんな話をしても冗談だと思われるだろう。だが、理由はそれだけではなかった。

 なんでも、ここから東に行った地では、異世界から召喚された勇者が、世界の危機を救うという伝承があるらしい。そちらのほうでは結構有名な伝承らしく、俺が異世界から来たと話すと、余計な騒ぎを起こす可能性がある、と。イリスがすぐに話を信じてくれたのもその伝承のためらしい。

 ただその勇者は光り輝く剣を持っているという話なので、異世界の話さえしなければ余計な勘ぐりを受けることもないだろう、とも教えてくれた。それに関しては大丈夫だろう。そんな格好いい武器、俺は持っていない。

 そして全てを話し終わり、沈黙が続く中・・・俺は、ひとつの事実に気がついてしまった。

(あれ、俺がこの家に居られるのって、イリスに身体的な自信があったからじゃ・・・)

 この身体的というのはもちろん運動能力、というより戦闘能力だ。いや、違う意味で捉えても十分に素晴らしすぎるモノを持っているのだが・・・

 彼女の豊かな胸のふくらみに行きそうになる視線をあわてて戻す。いかん、話が脱線した。

(と、とにかく俺の事がわかった以上、さすがに置いておいては貰えないよな・・・)

 自分よりも強いかもしれない、しかも異世界から来たという素性のしれない男、さすがにそんな奴置いておけないだろう。正直に話した結果出て行く羽目になってしまうが、助けてくれた恩人に嘘をつくよりはマシだろう。

 だが、意外にも彼女の反応は違ったものだった。出ていこうとする俺の事を不思議そうに見るのだ。なぜそんな必要があるのかわからないという様に。

 俺が理由を説明すると、彼女は笑ってこう言ったのだ

『そこまで考えてくれる人が、変な事する訳無いじゃないですか。それに、私の事もそこまで信用して話しをしてくれたんですから、私が信じないのはおかしいですよ』

 彼女からすると、自分だって十分俺にとって得体のしれない人間だろう、という話だ。村でただ一人の狼人族、しかもこんな村はずれの家で一人暮らし、普通なら警戒するだろう、と。

 確かに気になる事はあった。両親はどうしたのかということや、仲は悪くないようだが、村人たちに対してどこか一歩引いたような態度をとっている事など、気にならないといえば嘘になる。

 だが俺からしたらそれこそ些細な問題だった。そもそもここは異世界で、誰一人知ってる人間が居ないのだ。その中で流れ着いた俺を助けてくれた彼女、そんな人物さえ信用できなかったら、誰を信じればいいのかわからない。

 この時俺は誓ったのだ。彼女を裏切ることだけは絶対にしないと・・・



                    



「おお、よくいらっしゃった、ヤト殿」

 村長の家につくと、人の良さそうな老人が出迎えてくれた。彼がこの村の村長、レオナードさんだ。

 村長の家は普通の民家も少し大きいかな、というくらいの大きさだった。特に家政婦が居るとかそういう事も無い。村長だからといって、特別裕福な家という訳でもないらしい。

 奥の応接間に通された俺は、早速本題を切り出す

「それで、魔物退治って話ですけど」

「ああ、そのことじゃな・・・」

 この世界には、魔物と呼ばれる生物が存在する。平たく言えばゲームで言うモンスターのような存在だ。

 元は普通の動物が魔力によって変異した存在・・・らしい。どうやらそこまで詳しいことを知っている人間はこの村には居ないのだとか。ただわかるのは、その魔物が人を襲う、というその事実だけだった。

 そう、人を襲う。これは放って置く訳にはいかない。なのでこうして定期的に村の周囲の魔物を退治する人間が必要になるのだ。

 これは村の男達が志願してやっている。魔物の死骸から取れる素材は、いい武器や防具の素材になるため高値で売れるのだ。そのため腕に自信のある男たちが志願してくる。

 だがやはりそれなりに危険で、今は丁度農家は刈り入れ時ということもあり、志願してくる人間が居ないのだという。この村は農業が主産業なので、それも仕方がないだろう。

 なのでその間は旅の傭兵や、イリスが魔物の退治を行ってきたらしい。イリスが戦っている所というのは中々想像できないが、少なくとも村の人間の誰よりも強いらしいし、そうなのだろう。

 そして今は旅の傭兵も村に来ていないので、本来イリスが魔物退治に向かうはずなのだが、そこを俺が志願して代わってもらったということだ。

 この村の人達には良くしてもらっているし、何よりイリスには少しでも恩を返したい。幸い俺の身体能力はこの世界ではかなり高いらしいし、一応武道も習ってきたのだ、少しは戦えると思いたい。

 それに、実戦で試したいこともある。

「やはりこの時期は志願してくる者がおらんでのぅ・・・ヤト殿が行ってくれるというのならありがたい話なんじゃが・・・大丈夫かのぅ?」

「確かに魔物と戦うのは初めてですけど、やっぱり心配ですか?」

「いや、お主の話はイリスから多少聞いておるからのぅ、あの子に速さで迫るというのなら、何かあってもすぐに逃げられるじゃろうて。ただやはり相手は魔物、なにが起こるかわからんからのぅ・・・」

 普通の獣と違って、上位の存在なら時には魔術すら使ってくる、それが魔物だ。警戒するに越したことはない。

 そう、魔術。魔物を生み出す魔力という存在があるように、それを操る魔術もこの世界には存在していた。

 魔術を自在に使える人間は魔術師と呼ばれるが、実は魔術師じゃなくても1個か2個位の魔術を使える人間は多い。しかし、その大半は戦闘に使えるような強力なものではなく、せいぜい手品に使う程度らしい。

 ちなみにイリスは一応治癒の魔術を使えるそうだ。俺の怪我もどうやらそれで治してくれたらしく、本当に頭が上がらない。

 そして実戦に使えるような強力な魔術を3種類以上使える人間、そういう存在を魔術師と呼ぶらしい。そのため治癒の魔術しか使えないイリスは、たとえそれが有効な魔術であっても魔術師とは呼ばれないそうだ。

 魔術師と呼ばれる人間は強大な力を持っており、高い社会的地位も持っている。こと戦闘に関しては一般人が魔術師に挑むのは自殺行為と呼ばれるほどだ。そのため魔術師になれれば職には困らないし、強い力を持っていれば貴族のお抱えになったりもするらしい。

 (俺も一種類しか使えないから、そう呼ばれることはないだろうな・・・)

 そう、俺も実は一つ使えるようになったのだ。最も、魔術と呼べるのか微妙なラインの魔術なのだが・・・・

 今回志願したのは、それを実戦で試してみたい、という理由もあったりするのだ。

「報告じゃとコボルトということじゃが・・・ふむ・・・よしわかった、わしも一緒に行こう」

「村長がですか・・・?」

「うむ、わしとて一応は魔術師じゃしな、何かあった時のサポート位はできようて」

 そう、そしてこの村長は魔術を3種類使える、その魔術師と呼ばれる存在だった。衰えているとはいえ、そこそこの実力を持っているはずだ。

「とはいえもう老体じゃて、激しい動きはできんからのう・・・なにかあった時は迷わず逃げるのじゃぞ?」

「はい、そうしますよ」

 いくら村長が魔術師と言っても、例えば同時に複数の魔物に囲まれたり、一瞬で間合いを詰めてくるような素早い相手にはどうしようもない場合があるだろう。そういう時には俺の出番だ。最悪でも村長を担いで逃げるくらいならできるだろう。最も、最初から逃げるつもりはあまり無いのだが。

 志願者が居ない間、村長が自ら魔物退治に出なかったのは、恐らくそういう前衛になりうる人間が居なかったからなのだろう。それに一応村のトップなのだ、何かあるのはまずい。

「さてと、それでは早速出るとしようかの」

「はい!」

 そうして俺は村長と二人で魔物退治に村の外に向かうことになった。




「おぉ?村長に・・・ヤトじゃねーか、どこか出かけるのか?」

 村の入り口に差し掛かった所で、一人の男に声をかけられた。確か名前はディドと言ったか、この村の住民で、門番をしている男だった。

「うむ、ちょいと魔物退治にのぅ」

「村長がか!?いや、ヤトも居るのか・・・けど、うーん、大丈夫なのか?」

「なに、心配いらぬわ。老いたとはいえまだまだ低級の魔物程度に遅れは取らんよ。それに、こうして

 いざというときには守ってくれる者もおるしのぅ」

「なるほど、まぁ、いざって時は盾くらいにはなるか・・・」

「うむ、そういうことじゃ」

 何か酷い言われようだった。

「っておいおい、冗談だからそんな睨むなって」

「そうじゃて、なにも本気で盾にしようなんて考えてはおらぬよ」

 軽く睨むとそう弁解してくれたが、やはり二人とも俺が魔物をちゃんと狩れるとは思っていないのだろう。まぁ、そこそこ鍛えているとはいえ俺の見た目は普通の青年で、筋骨隆々というほどでは無い。それに・・・

「ところで、本当にそんなサーベルで戦いに行くのか?正直魔物相手には向かないと思うんだが・・・」

「心配いらないよ、コレが一番いいと思って持ってきたんだから」

 俺が持ってきた武器は、イリスの家の倉庫に眠っていた片刃の直剣だった。全体的に軽い作りで取り回しはしやすいが、重さが無い分威力はない。一般的に、危険な魔物相手には重い剣での一撃必殺で勝負を決めるのが基本で、軽い剣で何度も斬りつける攻撃法は相手の攻撃を受けやすい分悪手とされているらしい。

 確かに魔法まで使ってくるという魔物の攻撃だ、攻撃自体させないほうが良いし、一撃でも貰えば終わりかもしれないのだ、何度も攻撃を受けるのは愚策だろう。

 もちろん、俺もその方針だ。攻撃の方針としては示現流と同じ、一撃にすべてを賭ける気持ちで行うつもりだ。

 そう、そのための片刃直剣なのだが、刀というものが存在しないらしいこの世界の住民には、理解できないのだろう。同じ一撃でも、切り裂くのではなく、重さで叩き切るのが主流なのだ。

(一応村にも鍛冶師はいるし、作ってもらうのも手かな・・・)

 この剣はただの片刃の直剣というだけで、日本刀とはやはり違う。よく研いでいるとはいえ、やはり本物の日本刀とは比べるまでもないだろう。一応日本刀の大まかな製法は聞きかじったことがあるので、その辺を説明すればもしかしたら日本刀に近いものは手に入るかもしれない。

 そんな事を考えつつ、俺と村長は村の外へと出て行くのだった。






 村の外には広い草原が広がっていた。考えてみればこちらの世界に来てから村の中以外の光景を見たのは初めてかもしれない。

(落ち着いたらいずれ旅に出てみるのも良いかもしれないな・・・)

 せっかくの異世界だ、この小さな村だけで一生を過ごすのはもったいないと思う。ただ、その場合イリスとは恐らく離れなければならないのだが・・・。

 そう考えるとなぜか胸の奥がチクリと痛んだ。できれば一緒に来てくれれば嬉しいのだが・・・

(って、何考えてるんだ俺は・・・)

 「ヤトや、何をボーっとしておるのじゃ、出おったぞ」

 ぼんやりとそんな事を考えていたが、村長の一言で我に帰る。村長の指差すほうを見ると、周囲の地面がいくつか盛り上がり、何かが這いずり出てきていた。

 「報告どおりコボルトじゃな・・・では早速行くとするかのぅ」

 出てきたのは、犬に似た小さな人型の魔物だった。手には石斧や棍棒を持ち、こちらに敵意ある視線を向けてきている。なるほどこれが魔物か・・・確かにファンタジー映画とかに出てくるモンスターと同じような姿をしている。そんな怪物が気がつけば10数体、俺たちを包囲していた。

 「ふむ、思ったよりも数が多いが・・・ゆくぞ・・・『火矢フォイアプファイル』」

 村長がそう声を上げると、持っている杖から何本もの炎の矢が飛び出し、コボルトに向かっていく。それに当たったコボルトは悲鳴を上げながらも炎に飲み込まれていき、火が消えるころには黒焦げの死体になっていた。

 次々と放たれる炎の矢、そしてそれに当たり燃え盛るコボルト、気がつけば初めは10数体も居たコボルトも、残り数体にまで減っていた。

(これ、俺要らなかったんじゃ・・・)

 話には聞いていたが、やはり魔術師というものは凄まじいらしい。村長はあまり高位の魔術師ではないそうだが、それでもこの威力だ。少し武芸の嗜みがある程度の人間だと、勝負にすらならないだろう。

「ふぉふぉふぉ、ワシもまだまだ捨てたもんじゃないのぅ」

 村長は笑顔でどんどんコボルトたちを殲滅していく。完全に調子に乗っている顔だった。だからだろう、背後の地面が盛り上がり、そこから新たなコボルトが襲い掛かってきたことに気づかなかったのは。

「ふぉっ!」

 ようやく気がつきとっさに持っていた杖で振り下ろされた石剣をガードする村長、しかしコボルトの石剣は簡単に杖を両断してしまった

「しまった――!」

 たたらを踏みながら後退する村長、しかしすでにもうコボルトは次の攻撃態勢に移っている。村長の身体能力では恐らく次はかわせまい。

(まったく世話が焼ける――!)

 俺は村長のそばまで駆け寄り、腰に下げた直剣を鞘走らせ、抜刀し――そのまま薙ぎ払う。

「ギャ――!」

 コボルトは断末魔の悲鳴の最中、その途中で物言わぬ屍に変わった。悲鳴が途中で止まったのは、悲鳴を出すための、喉から上が体から離れてしまったからだ。

 抜刀術――祖父から習っていた居合い切りの技術がこんな形で役に立つとは思わなかった。やはり生物と藁束では切った感触は違うが、問題なく両断できて良かった。

 そのまま近くに居た残りのコボルトも皆直剣の餌食にしていく。武器を持っているとはいえ相手は人ではない、ちゃんとした戦闘の技術がある訳では無いのだ。一気に距離を詰め、急所である首、心臓を狙い、時には突きで、時には力任せに唐竹割りにと、どんどんコボルトたちを葬っていく。思ったよりも簡単に両断できたのは、やはり地球の生物に比べて骨なども脆いからなのだろう。特に苦労する事もなく、残りのコボルトたちをそのまま全て葬ってしまった。

「ふぅ・・・大丈夫でしたか?村長」

 剣にこびり付いた血糊を古布でぬぐった後鞘に収めながら、後ろに居る村長に振り返る。キンという音が懐かしく心地よい。

「う・・・うむ・・・」

 そう答える村長は、何かとんでもないものを見たような顔でこちらを見つめてくる。何かしでかしてしまっただろうか。

「どうかしましたか・・・?」

「い、いやの・・・おぬし、その技術、いったいどこで身につけたんじゃ・・・?見たことも無い剣術じゃったが・・・それにその細い剣でコボルトを一刀両断とか・・・どんだけ馬鹿力なんじゃお主・・・」

 なるほど、どうやら俺の剣道・・・というか剣術が珍しかったらしい。この世界では大剣での一撃必殺が主流、なら確かにこの世界には無い流派かもしれない。おまけに俺は祖父から居合道やらほかの武術も教わっていて、今のは剣道というよりも実践剣術に近い部類のものだ。たとえ地球でも珍しい部類に入るかもしれない。あと俺が馬鹿力なんじゃなくてこの世界の魔物が脆いだけなんだが、それは言ってもわかってもらえないだろう。

「ええまぁ、昔色々とあって・・・とにかく無事で良かったです村長。ところで魔物はこれで全部ですか?」

 とりあえず誤魔化し、強引に話題を変えることにした。

「うむ、報告じゃとコボルトの群れという事じゃし、これで終わりじゃと思うが・・・まぁどの道杖がこれじゃ、引き上げるしかないじゃろうて」

 どうやら村長の杖は魔術を増幅する効果があるらしく、杖が無ければさっきほどの威力の魔術は使えないらしい。なんだ、あの攻撃力は杖のおかげだったのか。

 けれど逆に言えばあの杖があればそれだけの魔術が使えるということで、やはり魔術師というのは一般人とは根本的に違う生き物なのだろう。魔術がひとつしか使えない身としては羨ましい限りだ。

「なるほど、それじゃあ撤退・・・と行きたい所ですけど、そうも言ってられないようですね・・・」

「むぅ、これは・・・」

 ズシン、ズシンと足音を立てて、何かがこちらに近づいてくる。足跡が地響きを上げる存在・・・そんな巨大な存在だ。本来ならもっと早く気付けただろうが、コボルトと戦っている間にいつの間にか接近されてしまったようだ。

「なんと・・・トロールじゃと!?あやつは山の魔物のはずじゃぞ!何でこんなところに・・・」

 


 足音が止まるとそこには、2階建ての家に届きそうな程巨大な、毛むくじゃらの怪物が立っていた。

  




本日中に後でもう1話更新予定です。1章はほぼ完成しているので、数日は毎日1~2話投稿予定です。

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